第41話 筆頭将軍
ドエゴンは公爵を見つめたまま、開きかけた口を閉じた。
越境を禁じたのが公爵本人なら、「若造の策を現場で改善した」という言い訳は通らない。
「プライデル伯爵の件は、後日の軍議で扱う」
公爵はそれ以上、ドエゴンを問い詰めなかった。
「今は、戦った者たちの働きを称える場だ。クレイル伯爵、前へ」
ペドル・クレイルが進み出る。右軍が敵の攻勢を受け止め、最後には敵将を討ったことが読み上げられた。敵の将軍旗のもとまで斬り込んだ第十二中隊の名も、はっきりと呼ばれる。
ペドルは公爵から戦功を記した書面を受け取った。自分の兵が認められたことに、頬が緩む。だが、振り返った先にドエゴンの姿を見つけると、笑みを引っ込めた。
続いて、ほかの戦場でトロス軍を引きつけた部隊が呼ばれた。次には、長い対陣のあいだ補給を途切れさせなかった部隊の名が続く。左軍についても、白狼騎士団の猛攻を受けた兵たちの働きが読み上げられた。壇上へ進む将が代わるたび、会場には拍手が起きた。
ドエゴンは席に座り、俯いたまま、そのすべてを聞いた。
最後の表彰が終わり、公爵が会の終了を告げた。
◇
数日後、王都で軍議が開かれた。
長い卓を囲む席は、すべて埋まってはいない。公爵と筆頭将軍のほか、王都にいる各派の大将や、王都にいない大将の代理を務める将が数名、席に着いていた。各地の大将を、この件のために全員呼び戻すことはしなかった。
それぞれの椅子の後ろには副官や書記が立つ。ルクシオンも公爵の後方に控え、手にした書類を揃えていた。
卓の上座についたシルベイン公爵は、将軍ではない。軍務卿として軍をどこへ出し、何を目的に動かすかを定める。実際の戦場で兵を率いるのは将軍たちだ。国境へ軍を出し、越境を禁じた命令も、公爵が軍務卿として発したものだった。
公爵の隣には、レオニード・ホークガルドが座っていた。
年老いてなお大きな身体を持つ、王国の筆頭将軍。第一王子派にも第二王妃派にも与さず、王国の軍を長く支えてきた男だ。背を椅子へ預けず、卓上の報告書に目を落としている。席に着いた将の何人かは、彼と目が合う前に姿勢を正した。
公爵が一枚の命令書を卓の中央へ置く。
「トロス国境での任務は牽制。越境は禁じた。プライデル伯爵は、その命令を受けていたにもかかわらず、左軍から五百人を敵領へ送った」
公爵は地図の上に指を置いた。トロスと向き合っていたのは、ペドルとドエゴンの軍だけではない。ルミナスは複数の地点へ軍を出し、シーネルへ向かう敵兵を分散させていた。
「各軍が持ち場を守ることで成り立つ策だ。一軍だけが勝手に国境を越えれば、ほかの軍の動きにも影響する」
公爵が顎を上げると、ルクシオンは後ろに立ったまま別の書類を開いた。帰還兵の報告だ。村から食糧と家畜を奪ったこと。兵が家を焼き、村人を殺したこと。伏撃に遭って多くの兵を失い、生き残りが敵に追われて戻ったこと。ルクシオンは書かれた順に読み上げた。
ドエゴンは軍議の席にいない。ペドルもいない。二人の報告書と、表彰会でのドエゴンの弁明を記した書面が、卓に並べられていた。
公爵がその書面を取り上げた。
「伯爵は、物資を奪うよう命じたが、村人の殺害も敵との交戦も命じていないと述べている」
第二王妃派の将が口を開いた。
「殺害を命じた証言は、まだありません。命令違反は別として、村で起きたことのすべてを伯爵の責任と決めつけるのは早計です」
第一王子派の将が、村の被害を記した報告書を指した。
「では、焼かれた家や殺された者については、現場の兵だけを裁くのか」
「そうは申しません。何を命じたかは、引き続き調べるべきだと申し上げています」
レオニードが顔を上げた。
「村人を殺せと命じたかどうかは調べればよい。だが、越境を禁じられていたのに五百人を送り込んだ。これは伯爵自身が認めている」
卓を挟んで言い合っていた二人の将が、口を閉じた。
「兵には、他国の村から物資を奪えと命じた。その兵が村人を殺し、村を焼いた。命じておらんから自分には関係ないと、将が言えるものか」
第二王妃派の将が身を乗り出した。
「伯爵に責任がないとは申しません。しかし、左軍は白狼騎士団と戦い、戦果も挙げました。厳しい謹慎を命じ、しばらく兵の指揮から外せば――」
「しばらく、か」
レオニードはその言葉を遮った。
「戻したあと、また軍務卿の命令より自分の判断を優先したらどうする。そのときも勝ちさえすればよいと?」
「そのようなことは申し上げていません」
「だが、軍に残せば、いずれまた兵を預ける話になる」
レオニードは卓を囲む将たちを見渡した。
「私は、ドエゴン・プライデルを軍から除籍すべきだと考える」
「軍籍を剥奪するのですか」
第二王妃派の将の声が強張った。第一王子派の将は、公爵が中央に置いた命令書を指で叩く。
「禁じられた越境を独断で命じた将です。軍に残すなら、次の命令違反を誰が止めるのか」
「処分が必要なことは認めます。ですが、軍籍まで奪えば、将としての道を閉ざすことになります」
レオニードは命令書を見たまま答えた。
「だからこそ、除籍を求めている」
第二王妃派の将が口を閉じる。公爵の後ろで、ルクシオンが書類を揃える手を止めた。
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