第40話 越境の命令
「白狼騎士団を全滅させたのは、我が左軍です!」
ドエゴンの声が会場に響いた。
何人かの将が頷く。白狼騎士団が滅んだのは事実だ。小さく拍手する者もいた。
壇上には戦功を記した書類が並び、将たちが会場の席を埋めている。
ドエゴンは得意げにペドルを見た。敵将を討ったのはペドルの右軍。だが、自分にも並ぶ戦功がある。白狼騎士団を全滅させたのは左軍だ。
上座のシルベイン公爵が立ち上がった。将たちの顔が、ドエゴンから公爵へ向く。
「プライデル伯爵。白狼騎士団を討ったのは、確かに左軍だ」
「はい、閣下」
ドエゴンの口元が緩む。
「だが、先ほどの報告にあった左軍の損害は、聞いておったか」
その笑みが消えた。
「精鋭を相手にしたのです。犠牲は避けられません」
「ペドルは追撃を止めた。その後、左軍だけが敵を追ったな」
「好機でした。あそこで追撃をやめるなど、臆病者のすることです」
ペドルの眉が動いた。反論しかけたが、公爵とドエゴンの会話を遮らぬよう、言葉を飲み込む。
公爵はドエゴンの言葉を受け流した。
「もともと、敵を追う必要があったのか」
ドエゴンは顔を上げた。ペドルが追撃を止めたあとも、自分は兵を進めた。そのために白狼騎士団とぶつかったのだ。
「敵が背を向けていたのですぞ。追撃して戦果を広げるのは、将として当然の判断でしょう」
公爵は答えず、手元の報告書へ目を向けた。
「では、その追撃より前の話をしよう。トロス軍が攻めてくる前、お前の左軍から五百人が国境を越えているな」
ドエゴンは上着の袖口を強く握った。
「牽制を強めただけです。敵の物資を減らせば、こちらを無視できなくなる」
「何を奪わせるつもりだった」
「食糧、家畜。戦を支える物資です」
「村にあった食糧と家畜か」
ドエゴンは返事をしなかった。公爵が次の言葉を続ける。
「出兵前に、越境を禁じられたはずだ」
「現場では状況が変わります。策を改善するのも将の務めでしょう」
上座の脇に控えるルクシオンが顔を上げた。だが、まだ口は開かない。
ペドルは戦場で救った兵を思い出していた。鎧に泥をつけたまま、目を伏せて村のことを話した兵だ。
「プライデル伯爵」
ペドルが声をかける。
「戻った兵から話を聞いた。あの五百人は、村の倉から食糧を運び出している。家を焼き、村人を殺した者もいた」
ざわめきが広がった。
ドエゴンは眉を寄せ、ペドルを睨む。
「敵の物資を減らすために兵を出したのだ。民を殺せとも、敵と戦えとも命じておらん!村で何が起きたかは、現場の隊長に聞け。私があの場にいたわけではない」
ペドルは声を荒らげなかった。
「村から食糧を奪わせようとしたのは、あなたでしょう」
「物資を奪えとは言った。殺せとは言っておらん!」
帰ってきた者たちは、奪った食糧を道に捨て、追われて逃げたのだ。村で殺された者は戻らない。
「では、村人が食糧を渡さなかったら、兵にどうしろと命じたのです」
「それは、現場の隊長が判断することだ」
その言葉に、公爵の目が細くなった。
「武装した五百人を他国の村へ送り、食糧を奪えと命じた。村人が黙って差し出すとでも思ったか」
公爵は報告書を指で押さえた。
「トロスの軍は、村での略奪を受け、越境したプライデル伯爵の五百人を伏撃し、生き残りを追って我が軍の前に現れた。やがて敵本隊と合流し、我々への攻撃が始まった。戦いが拡大した経緯は、報告のとおりだ」
「結果として敵は敗れたではありませんか。シーネルも守られた。それに、元の策はルクシオン殿のものでしょう」
ドエゴンはルクシオンへ視線を向けた。
「あの若造の考えたとおり、ただ国境に立っていればよかったと?私は現場で、より敵を引きつける方法を選んだのです」
誰もすぐには応じなかった。
ルクシオンは公爵を見たが、公爵の視線はドエゴンに向いたままだ。
「策を考えたのはルクシオンだ」
公爵がゆっくりと言う。
ドエゴンは、助け舟が出たと思ったのか、顎を上げた。
「だが、軍を国境に出し、越境を禁じたのは私だ」
公爵の言葉に、ドエゴンは恐怖と驚愕の入り混じった表情を浮かべた。
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