第37話 白狼を越えて
突撃槍が、ライコの胸を狙って伸びた。
ライコは大曲剣を斜めに構え、槍を横へ逸らす。
凄まじい衝撃が腕を突き抜けた。
人間一人の突きではない。
疾走する馬の巨体が、そのまま一本の槍に乗っている。鉄の塊が坂を転がり落ちてきたような威力だった。大曲剣で受け流そうとしたが、耐えきれずライコは吹き飛ばされた。
ライコは宙で身体を丸める。
地面へ落ちると、自ら勢いに合わせて転がった。土を巻き上げながら衝撃を逃し、その反動で跳ね起きる。
白い騎士はすでに駆け抜けていた。
「すっごい……!こんなに違うんだ!」
痺れた手で大曲剣を握り直し、ライコが振り返る。
ガスパールはすでに旋回していた。土煙を尾のように引き、次の突撃へ向かう。
その後ろから、白狼騎士団の騎兵がライコ隊を襲った。
「槍を構えろ!盾の脇へ入れるな!」
バスティオンの声が飛ぶ。
だが、騎兵は並んだ槍へ正面から突っ込まない。横をすり抜け、盾の端へ突撃槍を叩き込む。盾を持った兵が転倒すると、その背後へ別の騎兵が迫った。
「こっちだ!間を空けるな!」
ドルグは盾の列へ兵を戻し、開いた間を埋めさせる。
精鋭たちも槍を突き出すが、届く前に馬は駆け去った。追って一歩前へ出た兵を、反対側から来た槍が突き倒す。
「キョエエエエッ!」
ラーヴァが剣を振るう。
味方へ伸びた槍を弾いたものの、馬上の騎士までは届かない。駆け抜ける馬を追おうとしたところへ、次の騎兵の槍が襲いかかった。
身を捻ってかわし、ラーヴァは味方の盾のそばへ戻る。
白い騎馬は牙を突き立てては離れ、息をつく間もなく別の牙が食い込んでくる。
ライコはガスパールを見た。
右手の突撃槍は、太い根元から切っ先へ向けて細くなる円錐形だった。
槍を持っていない側へ行けば。
ライコは向かってくる騎士の左手側へ走った。
槍を持つ右手から遠ざかり、馬の脇へ踏み込もうとする。
ガスパールの上体が捻れた。
突撃槍が馬の首の上を横切り、ライコへ振り回される。
「えっ――」
咄嗟に大曲剣を立てた。
槍の太い部分が刀身へ激突する。轟音とともにライコの両足が地面を離れた。
巨大な鉄の棍棒に殴られたように、身体が吹き飛ぶ。
背から落ち、地面を転がる。
ライコは大曲剣を握ったまま起き上がった。息が詰まり、すぐには吸えない。
「そっちにも……振れるのか!」
ガスパールは馬を回した。
あの一撃を受けて、まだ立つ。しかも、少年の目は怯えていなかった。
「名前、教えて!」
ライコが息を吐き、剣を構える。
「覚えておきたいんだ。あんたの名前!」
「白狼騎士団、ガスパール・ヴァラン!」
ガスパールが槍を構え直した。
敵は少年でも、見逃せる相手ではない。この先へ通せば、将軍が危ない。
ライコの胸は熱かった。
強い。打ち合うたびに、知らなかった戦い方を見せてくれる。
もっと戦いたい。
「ライ!敵の本陣が騒がしくなってるぞ!」
ドルグの声に、ライコの目がガスパールの向こうへ動いた。
将軍旗のそばから、伝令が左軍の方へ馬を走らせている。
敵は、将軍が狙われたことに気づいたようだ。このままでは兵が戻ってくるかもしれない。
今、抜けなければ。
ライコは大曲剣を握りしめた。
ガスパールが馬を走らせる。
蹄が地面を打ち、白い巨体が迫る。突撃槍の切っ先は、今度もライコの胸からぶれない。
ライコは腰を落とした。
槍先が迫る、その寸前。
地面を蹴った。
少年の身体が、騎士の頭上まで跳ね上がる。
ガスパールの目が見開かれた。
あの高さまで、跳ぶのか。
驚愕に息を呑む。しかし、鍛え抜いた技術は裏切らない。咄嗟に槍先を跳ね上げた。穂先がライコの右脚を裂き、血が散る。
ライコは止まらない。
大曲剣を頭の後ろまで振りかぶり、全身の力を叩き込んだ。
轟ッ!
大曲剣が突撃槍を打ち砕く。
折れた槍が宙へ舞った。その下へ、刃が落ちる。
白い兜も、分厚い鎧も、止められなかった。
雷が天から大地を貫くように、ライコの強撃がガスパールを斬り裂いた。
騎士の身体が両断され、血の雨とともに鞍から崩れ落ちる。
ライコは剣を振り抜き、馬の横へ降りた。
騎手を失った白い軍馬が数歩進み、足を止める。
「隊長が……!」
白狼騎士団の兵が叫んだ。
ライコは将軍旗へ走ろうとした。
右脚が崩れる。
「ぐっ!」
膝をつき、初めて脚を見る。
裂けた太腿から血が流れ、膝まで濡らしていた。踏み込もうとすると、鋭い痛みが脚を貫く。
ガスパールの最後の槍が、届いていた。
将軍の旗は、まだ遠い。
「くそっ……これじゃ、間に合わない!」
そのとき、すぐそばで馬が鼻を鳴らした。
ライコは顔を上げる。
白い軍馬へ手を伸ばし、手綱をつかむ。
大曲剣を片手に持ち、鞍へ身を引き上げた。右脚に痛みが走るが、歯を食いしばって馬の背をまたぐ。
「ライ!?」
ドルグが目を見張った。
「あの旗まで行く!みんなも来て!」
ライコは左の踵で馬の腹を蹴った。
白い軍馬が駆け出す。
「おい!一人で行くな!」
ドルグが叫び、兵を率いて後を追う。
「ライに続け!」
第十小隊の兵が声を張った。
白狼騎士団の突撃が乱れた隙に、ライコ隊が前へ出る。三日間、助けに走り続けた少年が、今度は血を流しながら敵の奥へ向かっていた。
「あいつ一人にやらせるな!行くぞ!」
初陣からライコと走ってきた仲間たちが、声を張り上げた。
盾がぶつかり、槍が突き出される。精鋭も第十二中隊も、押し返そうとする敵を踏み越えて進んだ。
◇
「ガスパール殿が討たれました!」
トロス軍の将軍が振り返る。
将軍旗の方へ、白い馬が駆けてくる。乗っているのは白狼騎士団の騎士ではない。
血に染まった巨大な剣を持つ、少年だった。
「閣下、お退きください!」
部下が将軍の馬へ駆け寄った。
護衛が前へ出る。
部下の叫びに、将軍は馬を返して退き始めた。しかし、その背後には――
「逃がさない!」
進路を塞ぐ護衛を剣の一振りで薙ぎ倒し、白い軍馬で駆け抜ける。
脚が痛む。鞍が揺れるたびに血が流れる。それでも、ライコは手綱を握る手を緩めなかった。
将軍の馬へ、追いつく。
将軍が振り返った。
ライコの馬がすぐ横に迫っている。
将軍が剣を抜こうとした瞬間、ライコは馬上で身体を捻った。
大曲剣が、将軍の胴めがけて横薙ぎに走る。
鎧が裂けた。
大曲剣は将軍の胴を断ち切り、その身体を上下に両断する。
上半身が宙へ投げ出され、地面へ落ちた。
「将軍が……将軍が討たれた!」
叫び声が、本陣を引き裂いた。
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