第34話 白狼の狩り
五百騎がいっせいに駆け出した。蹄が地面を打つ音が重なり、戦場の怒号をのみ込んでいく。
白狼騎士団はトロス軍の歩兵の間には入らず、その右翼の外を回る。土煙を引き連れた白い上衣が、長い波となってルミナス左軍へ迫った。
「敵の騎兵だ!」
左軍の外側から騎兵五百人が動いた。部隊長は先頭に立ち、白狼騎士団の進路へ斜めに馬を走らせる。両隊がすれ違うときに槍を振るい、素早く旋回して白狼騎士団の背後を突くつもりだった。
ガスパールも向かってくる騎兵を見た。村で倒れていた人々の姿が脳裏に浮かぶ。握る槍に力がこもったが、馬を急がせすぎることはなかった。
「散れ!」
一塊で走るルミナス騎兵に対し、白狼騎士団は五つの隊に分かれた。ガスパールの隊が先頭へ迫り、ほかの隊は左右へ広がる。
ルミナス騎兵が槍を向ける。ガスパールは馬の進路を斜めに変え、その穂先の脇をすり抜けた。
互いの上衣が風にあおられた一瞬、ガスパールの槍が伸びる。揺れる馬上から放った穂先は、相手の鎧の脇を正確に捉えた。騎兵が鞍から落ちたときには、ガスパールの馬は駆け抜けている。左右の騎兵もすれ違いざまに槍を交え、落馬した者の馬だけが走り続けた。
左軍の部隊長も白騎兵の脇へ回り、一人を槍で突き落とした。隣の馬が驚いて跳ねる。部隊長はその隙間を抜け、ガスパールたちの背を追った。
「後ろを取れ!」
ルミナス騎兵が馬を旋回させ、ガスパールの隊を追う。だが、その横へ別の白騎兵が迫った。
「横から来るぞ!」
ルミナス騎兵は左右に分かれて回避する。空いた間を白狼騎士団が駆け抜け、逃げ遅れた騎兵を槍の一撃で落馬させた。
正面からすれ違ったかと思えば、別の隊が左右から襲いかかる。ルミナス騎兵が追われる鹿のように走る方向を変えると、その後ろへまた白い騎馬が迫った。最後尾の兵が振り返る。その胸へ穂先が食い込み、馬の背から叩き落とされた。
先頭が敵を追おうとしても、後ろの兵は追撃から逃れるために向きを変える。隣の隊へ合流しようとすれば、その間を別の白騎兵が走り抜けた。
五つの隊は大きく旋回しながら、次から次へと襲いかかる。一頭の鹿を取り囲み、逃げる方向を変えさせながら牙を立てる狼の群れ。その狩りから、ルミナス騎兵は抜け出せなかった。
回避しながら反撃の機会をうかがうルミナス騎兵だったが、白狼騎士団の連携に隊は引き裂かれていく。五百騎の塊は、いつしか散り散りになっていた。
「角笛を吹け!俺の旗の下へ集まれ!」
部隊長が旗手をそばへ呼び寄せる。角笛が鳴り、散り散りになった騎兵が部隊長の旗へ馬首を向けた。しかし合流のために走る騎兵へ、白い騎馬が横から襲いかかった。
ガスパールはその旗を見た。散った兵を一つの隊列に戻されれば、ここまで崩した意味がない。
白狼騎士団の一隊が戻ろうとした騎兵を再び外へ追いやった。別の隊は旗の後ろへ回る。
ガスパールも大きく馬を走らせ、部隊長が抜けようとする側へ先回りした。白い上衣があちらにも、こちらにも現れた。獲物の逃げ道を塞ぐ狼の群れのようだった。
「俺についてこい!」
部隊長は残った兵を連れ、後ろへ回った白騎兵の脇を抜けようとした。囲みを抜けて馬を走らせれば、散った仲間を呼び戻せる。
前方の白騎兵が左右へ開く。その向こうからガスパールが現れた。部隊長は馬首を変えようとしたが、左右から白狼騎士団が迫り、仲間も前へ追い込まれていた。部隊長にも、前へ進むほかに道はなかった。
「どけ!」
部隊長はガスパールへ槍を突き出す。穂先が白い上衣を裂いた。だがガスパールは馬を斜めに走らせ、上体をひねって槍先をかわしていた。その瞬間、ガスパールの槍が部隊長の脇腹へ伸びる。
馬が跳ね、景色が揺れる。それでもガスパールの槍先は一点からぶれなかった。突撃槍が狼の牙のように鎧の継ぎ目へ食い込む。部隊長の身体が鞍から跳ね上がり、地面へ落ちた。そのまま息絶え、馬だけが走り続けた。
「部隊長が!」
旗手が馬を止める。倒れた部隊長を見た兵の叫びが、散った仲間へ伝わった。指揮を失い、集まりかけていた兵の足並みも乱れる。そこへ白狼騎士団が再び襲いかかった。
騎兵を追い散らした白狼騎士団は、ドエゴン軍の歩兵へ向かった。歩兵は正面のトロス兵と戦っている。その横へ白い騎馬が迫った。
「槍をこっちへ向けろ!」
兵が振り向くより早く、突撃槍が盾の脇から兵の身体へ食い込んだ。馬が列を割って駆け抜ける。正面で踏みとどまっていた兵も、横から仲間を突き倒されると背を向けた。逃げる兵へトロスの歩兵が追いすがり、左軍の戦列がまた崩れていく。
生き残ったルミナス騎兵も、数騎ずつまとまって白狼騎士団を追った。だが、背後へ回る前に別の隊に狙われる。孤立した騎兵は、群れに取り囲まれた鹿のように次々と槍の餌食になった。
ペドルは兵を左へ送り続けた。ライコ隊も救援へ走り、どうにか崩れた列を支える。しかし右軍から送る兵が増えるほど、その正面を守る者も休む暇を失っていった。
日が暮れ、トロス軍が引き揚げたとき、ルミナスの兵には敵を追う力など残っていなかった。
ドエゴン軍は負傷者を担ぎ、折れた槍を杖にして陣へ戻る。救援に走り続けたペドル軍の兵も、疲れた身体を引きずるように歩いた。泥と血に汚れた兵の列から、負傷者のうめき声が途切れずに聞こえていた。
◇
「私の軍ばかりが狙われておるではないか!」
ドエゴンは天幕の中で杯を卓へ叩きつけた。損害を報告していた部下が口を閉じる。
「このままでは、私の兵がいなくなるぞ。ペドルは何をしておる!」
「右軍からも、何度も援軍が……」
「援軍の話など聞いておらん!なぜこちらばかりが損をせねばならんのだ!」
脇にいた部下が、卓の地図へ手を伸ばした。
「では明日、我が軍の戦列を後ろへ下げてはいかがでしょう。敵は先にペドル軍へ当たります。我々はその後ろから援護する形にすれば……」
ドエゴンの目が地図へ向く。
「ふむ。それなら、あちらにも働いてもらえるな」
「ペドル少将へは、今夜のうちに報告を?」
「なぜ奴に伺いを立てねばならん。私の軍の配置は、私が決める」
ドエゴンは鼻を鳴らし、杯へ酒を注がせた。
◇
三日目の朝、ペドルは兵を率いて戦場へ出た。
左へ目を向け、馬を止める。昨日まで隣にあったドエゴン軍の旗が、はるか後ろで揺れていた。左軍の先頭は、ペドル軍の後方とほとんど同じ位置にある。
「なんだこれは!」
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