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第29話 未完成の道

 第十二中隊に出動命令が届く数日前。


 シルベイン公爵の執務室では、レグベル・シルベインとルクシオンが地図を挟んで向かい合っていた。


 北西のシーネル。その東のトロス。ルクシオンが置いた印は、シーネル東部に並んでいる。


「トロス軍は、ここまで出てきたか」


 レグベルが印の一つを押さえた。


「はい。シーネル東部へ侵攻し、攻撃を始めています」


「結んだばかりの同盟を、早々に失うわけにはいかんな」


 ルクシオンは、シーネルの南東を指した。


「ここを奪われれば、建設中の道も使えなくなります」


「道の出口か」


「ええ。ルミナスから山を抜けても、出口がトロスの手にあれば通れません」


 レグベルは、二国の間に横たわる山脈へ目を移した。ルミナスとシーネルは国境を接していない。この山脈を抜け、両国を直接結ぶ道を造っているところだった。


「その道を使って、先に兵を送れんか」


「山中の細い通路なら、兵は歩いて越えられます。ですが、荷車が通れません。大軍を送っても、食料や矢を運び続けられないのです」


 ルクシオンの指が、谷に沿って曲がる道筋をたどった。


「谷を縫えば、荷車が通る幅を取り、急な坂も避けられます。ただ、どうしても岩山を抜く場所が三か所ほどあります」


「シーネルが、その一つを引き受けると言っていたな」


「はい。そのトンネルの工事と費用を負担してくれます。ですが、今回の出兵には間に合いません」


 レグベルは山脈の向こうに並ぶ印を見た。道の完成を待っている間にも、トロス軍は進む。


「向こうに持ちこたえてもらうしかない、か」


「そのために、我々が動きます」


 ルクシオンはトロス南東部に面する国境へ、間隔を空けて幾つもの駒を置いた。すべて国境線のルミナス側だ。


「軍を分けるのか」


「一か所に集めれば、トロスもそこにだけ備えれば済みます。複数の地点へ軍を出し、どこも放置できないようにします」


「そのぶん、こちらの兵も散るぞ」


「戦いを始める配置ではありません。トロスに、南東部の守りを残させるための配置です」


 レグベルは、離れて並ぶ駒を目で追った。


「こちらの狙いは牽制(けんせい)だけだと、見抜かれたらどうする」


「見抜かれても、我々が退くわけではありません。いつ方針を変えるか分からない軍を前に、守りを空にはできないでしょう」


 シーネルへ向かうはずの兵を、トロスの南へ引きつける。山を越えて援軍を送れなくとも、敵の兵を減らすことはできる。


「どれだけ引きつけられる」


「分かりません。シーネルが守り切れるとも、お約束はできません。ただ、我々が動かなければ、トロスは南を気にせず兵を送れます」


 レグベルはしばらく黙り、山を挟んだ二国を見比べた。


「ともに道を造っている相手だ。見捨てるわけにはいかん」


 地図の脇にあった将たちの名簿を手に取り、開く。


「軍議を開こう。諸将への説明は、お前も一緒にしてくれ」


「承知しました」


 名簿をたどっていたレグベルの指が、途中で止まった。


「策は分かった。まずは、兵を出す連中を納得させねばならんな」


     ◇


 軍議の間では、卓いっぱいの地図を将たちが囲んでいた。


 トロス南東部に沿って、ルミナス側の国境に駒が並ぶ。一人の将が、その数を数えて顔を上げた。


「これほど軍を分けるのですか」


「トロスはシーネル東部を攻めている。我々は南東部の複数地点へ軍を出し、敵に守りの兵を残させる」


 軍務卿(ぐんむきょう)であるレグベルの説明に、別の将が尋ねた。


「こちらから攻め込むのでしょうか」


「いや。今回は牽制だ。国境を越えるな」


 将たちの目が地図へ戻った。兵を何か所にも出しながら戦わない。その意図を測りかねた顔もある。


 レグベルに促され、ルクシオンが山脈を指した。


「シーネルへの道は未完成で、まだ大軍を養う物資を運べません。そこで、トロスに南を警戒させ、シーネルへ向かう兵を減らします」


 指を国境へ移し、駒を順に示す。


「警戒する地点が増えれば、敵の報告も指示も増えます。伝令の到着にも差が出る。どこへ兵を回すか決めるだけでも、時間がかかるでしょう」


「敵が南へ兵を回さなければ?」


 問いを受け、ルクシオンは将たちを見渡した。


「守備隊だけで我々を止められると考えるなら、こちらもその配置を見て次の手を決めます。守りまで空けてくれるなら、ありがたく侵攻させていただきましょう」


 微笑むルクシオンの隣で、レグベルが口を開いた。


「ただし、今の命令は越境禁止だ。状況が変われば、そのとき改めて命令を出す。現場で勝手に決めるな」


 将たちが頷(うなず)くのを確かめ、レグベルは各地点へ送る将を指名し始めた。幾人かの名を呼んだ後、一つの駒に手を置く。


「ここには、クレイル伯爵を送る」


「承知しました!」


 席を立って礼をしたのは、ペドル・クレイル。公爵派の少将だった。短い黒髪に、日に焼けた顔。広い肩を包む軍服には、派手な飾りがない。


「お待ちいただきたい」


 ドエゴン・プライデルが声を上げた。第二王妃派に属する伯爵で、ペドルと同じ少将である。


「我が軍も兵を出しましょう。公爵閣下の軍だけに負担をかけるわけには参りませんからなぁ」


 ドエゴンが指したのは、ペドルに割り当てられた地点だった。


「ここなら、私の兵もすぐに動かせます」


 ペドルがドエゴンを見る。ドエゴンは公爵へ顔を向けたまま、その視線に応じなかった。


 レグベルは返事を急がず、二人を見た。兵が増えるのはありがたい。だが、同じ場所に同格の少将を置けば、一方が他方の部下を自由に動かすことはできない。


 隣のルクシオンへ声を落とす。


「二人の意見が割れたらどうする」


「持ち場を分け、兵への命令はそれぞれの少将から出してもらいます。こちらから戦いを仕掛ける任務ではありませんから」


「敵が攻めてきたら?」


「互いに伝令を出し、救援する手順を決めておきます。ただ、敵はシーネルを攻めている最中です。こちらへも戦いを広げる可能性は低いでしょう」


 レグベルは地図を見た後、二人の少将へ向き直った。


「クレイル伯爵の軍は東側、プライデル伯爵の軍は西側を受け持て。両軍とも国境を越えるな。トロス軍を南東部に引きつけるのが任務だ」


「承知しました、閣下」


 ドエゴンが頭を下げる。ペドルも続いて礼をした。


 ほかの地点へ送る将も決まり、将たちが席を立ち始めた。


 ドエゴンは地図の前に残り、東側のペドルの持ち場へ目をやった。


「国境に並んで帰るだけ、か」


 小さく鼻を鳴らし、軍議の間を出ていった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


久しぶりの小説執筆なので、誤字脱字や「ここが分かりにくい」「こうした方が読みやすい」と感じたところがあれば、気軽に教えていただけるとうれしいです。

「この部分が分からなかった」の一言だけでも、とても助かります!


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