第28話 盾の稽古
バスティオンの二十人を迎えた翌日、ライコは机の上に広げられた配置図を見つめていた。
「ここへ十人、こっちにも十人置けば、両方守れるよね?」
ライコが指さした二か所を見て、バスティオンは首を振った。
「数だけならな。でも、あいつらは二十人で動くよう鍛えてある。半分に分けたら、盾の間を埋める兵が足りなくなる」
「じゃあ、どっちかだけ?」
「盾が必要な場所へ二十人まとめて入れる。ほかの場所は、別の小隊に任せよう」
ドルグが配置図の右端を叩いた。
「お前が敵の中へ飛び込めば、残った兵が横から攻められることもある。ここをバスティオンたちに任せれば、ほかの小隊はお前について動ける」
ライコは、自分が指した二か所とドルグが叩いた場所を見比べた。自分がどこへ走るかだけでは、中隊の配置は決まらない。
「分かった。バスティオンたちは、ここ」
ライコは配置図の端を押さえた。
「よし。実際に動かしてみるぞ。図のとおりに兵を動かせるか、確かめよう」
そう言って、ドルグが立ち上がる。ライコもすぐに腰を上げ、バスティオンを見た。
「その前に、約束!」
「覚えてるよ。やろうか」
◇
訓練場の中央で、バスティオンが盾と木剣を構えた。ライコも木剣を握る。周りには第十二中隊の兵が集まり、その中には昨日来たばかりの二十人もいた。
「始め!」
ドルグの声と同時に、ライコが踏み込み、バスティオンの胴へ木剣を斜めに打ち下ろした。
バスティオンは盾を斜めに構えて受ける。ライコの木剣が盾の面を滑り、横へそれた。その瞬間、バスティオンが一歩前へ出る。盾がライコの胸元へ迫った。
ライコは後ろへ跳んで間を空ける。
「盾って、攻めるのにも使えるんだ!」
「近づかれたら、剣だけじゃ守りきれないからな」
ライコが再び駆ける。バスティオンの右へ回ろうとすると、盾がそちらを向いた。ライコは踏み出した足で地面を蹴り、左へ切り返す。
バスティオンも足を踏み替え、身体を回した。向け直した盾の横から、ライコの腹へ木剣を突き出す。ライコは身体をひねり、切っ先をかわした。
「すごい!危なかったー!」
ライコの顔が明るくなる。バスティオンは返事をせず、盾越しにライコの足運びを見ていた。
ライコの足が土を蹴った。右へ踏み込んで盾に木剣を打ちつけ、バスティオンが受けた瞬間には、もう左へ回っている。バスティオンが盾を向け直せば、その外側へ。木剣で打ち込みを払っても、ライコはその剣が戻る前に別の角度から斬り込んだ。
盾と木剣が、ライコの攻撃を何度も防ぐ。だが、木の打ち合う音は途切れなくなった。ライコはバスティオンの周りを駆け、息をつく暇も与えずに剣を振るう。
バスティオンが盾で一撃を受け、次の一撃を払おうと木剣を上げた。盾と木剣の間に開いた隙間へ、ライコの剣先が伸びる。
木剣の先が、バスティオンの胸を軽く突いた。
「……参った」
バスティオンが盾を下ろすと、見守っていた兵が声を上げた。ライコは木剣を引き、すぐにバスティオンの盾へ目を戻す。
「もう一回やろうよ。さっき、全然中に入れなかった」
「今入っただろ」
「その前は入れなかった!」
バスティオンが笑う。ライコもつられて笑ったが、ドルグは二人の間に入った。
「続きは後だ。中隊を動かすぞ」
◇
訓練場の片側に、バスティオンが率いる二十人が盾を並べた。ライコは盾の列の右後方に立ち、その後ろに小隊を控えさせる。ドルグは残りの兵を率い、攻める側に回った。
「俺たちがどこから来ても、後ろへ通すな。ライ、指示を出せ」
ドルグが片手を上げた。攻め手が正面から押し寄せ、バスティオンの二十人とぶつかる。盾に木剣が打ちつけられ、兵たちの掛け声が重なった。
バスティオンの隊は一歩も退かない。前の兵の盾が押されれば、隣の兵が盾を重ねて支える。正面の攻め手は、その場に押しとどめられた。
ライコはドルグの兵を見ていた。攻め手の後列にいた数人が、正面の兵の陰を抜け、こちらの右側へ回り始める。盾を構えて正面を押さえるバスティオンたちには、兵の列に隠れて見えていない。
「後ろの兵が動いた!」
バスティオンが盾を構えたまま聞き返す。
「どっちだ、ライ!」
「右!」
「俺たちを右へ動かすか?」
「違う!バスティオンたちは正面を押さえて!後ろの小隊、右へ行って、回り込む奴らを止めて!」
ライコの後ろにいた小隊が右へ駆け、回り込もうとする兵の前に立った。木剣を構えて進路を塞ぎ、正面ではバスティオンの盾が攻め手を食い止めている。
ドルグが腕を上げ、そこで稽古は終わった。
「気づくのは早かった。だが、最初の『後ろの兵が動いた』だけでは、誰も動けんぞ」
「うん。誰に行ってほしいか、言わないと駄目なんだね」
ライコは、右から戻ってくる兵たちを見た。自分には敵の動きが見えていても、そのままでは仲間に伝わらない。
「次は最初から言う」
「それでいい」
バスティオンが盾を下ろし、ドルグのそばへ来た。
「あの小隊が間に合わなければ、私の隊から数人を右へ回すつもりでした。ですが、二十人を崩さずに済みましたね」
「お前さんの盾が正面を止めたからだ。これならライも、ほかへ兵を回せる」
ライコは二人の顔を交互に見た。バスティオンたちが正面に残ったから、後ろの小隊を右へ回せた。さっきまでの自分なら、右へ走る兵にバスティオンも加えていただろう。
訓練場の入口から、兵が駆け込んできた。
「中隊長、出動命令です!」
差し出された命令書を、ライコはドルグと一緒に読む。ルミナス王国の新たな同盟国が、別の国から侵攻を受けたという。
「助けに行くの?」
「山脈が間にある。向こうへ抜ける道はまだ造りかけで、大軍を直接送れん」
ドルグが命令書を指で押さえる。
「だから俺たちは、侵攻している国の南東部に面した国境、そのルミナス側へ出る」
「そっちで戦うってこと?」
「戦わずに済むなら、その方がいい」
バスティオンの答えに、ライコは首を傾げた。
「戦わないのに、軍が行くの?」
バスティオンが頷く。
「俺たちが国境に並べば、相手は南から攻められるかもしれないと思う。そこへ兵を残さなきゃならない。そうすれば、同盟国を攻める兵を減らせる」
「……剣を振らなくても、助けられるんだ」
ライコは初めて聞く戦い方を、もう一度考えた。ドルグは命令書の末尾で指を止めた。
「だが、ここを忘れるなよ」
ドルグは最後の一行を読み上げた。
「敵領への侵入を禁ずる」
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