第26話 人斬りラーヴァ
「……軍では『人斬りラーヴァ』と呼ばれている男だ」
ドルグが補充候補の名を指すと、ライコが顔を上げた。
「人斬りって、そんなに強いの?」
ドルグはすぐには答えなかった。
「俺も剣を合わせたことはない。元は傭兵で、貴族との決闘で相手に大怪我をさせた。ほかにも斬った相手がいるそうだ」
「じゃあ、会ってみたい」
「話を最後まで聞け。人斬りだぞ」
「聞いたよ。強いかどうかは、会えば分かる」
ドルグは名簿を閉じた。あの呼び名を聞いて目を輝かせる中隊長を、止める言葉が見つからなかった。
◇
前線基地での戦いから数日が過ぎていた。
募集に応じた兵と、所属先が決まっていない者を確かめるため、ライコとドルグは兵舎を回っていた。まだ第十二中隊の欠員を埋めるには遠い。ドルグが名簿に印をつけ、ライコは一人ずつ顔を見て名前を聞いた。
最後に向かった兵舎の裏手には、小さな訓練場があった。兵に連れられて現れた男を見て、近くにいた候補者が口をつぐむ。
背が高い。だが肩も胸も薄く、頬は痩せこけていた。背中まで伸びた黒髪の間から覗く目が、ライコをじっと見ている。目が合うと、男は口の端を大きく歪ませ、狂気じみた笑みを浮かべた。今にも誰かを斬ろうとしていると言われても納得する顔だった。
「お前がラーヴァ?」
「ヒッヒッ……ラーヴァニル。……ラーヴァでいいぜぇ」
声は小さく、語尾だけが妙に長い。そばで聞いていた兵が身を引く。ライコは構わず、男の手を見た。指の節が硬く、剣を握り慣れた手だった。
「剣、使えるんだよね」
「使えるさぁ」
「じゃあ、ちょっと試すだけ。俺とやろうよ」
ラーヴァの笑みが止まった。ライコの顔から身体へ視線を移し、腰の辺りで目を留める。
「ライ、待て」
ドルグが二人の間へ腕を差し入れた。
「お前はまだ怪我が治ってないだろう」
「もう治ってるよ」
「前線基地じゃ、立っていられなくなったんだぞ」
「あれから何日も経ったよ」
ライコは上着の裾を持ち上げた。脇に残る傷はまだ赤い。だが、数日前に血を流していた場所はすでに塞がっている。
ドルグは傷とライコの顔を見比べた。昨日も訓練場で動いているのを見たが、数日前に担架で運ばれた者とは思えない。
ライコは上着を戻すと、その場で身体をひねり、軽く跳ねてみせた。
「本当に、無茶はするなよ」
「うん。ちょっとだけ」
ラーヴァは二人のやり取りを黙って聞いていた。ライコが訓練場の木剣を二本取り、一本を差し出す。ラーヴァは受け取る前にもう一度、傷のある脇へ目を向けた。
「ヒッヒッ……俺とやり合うってのかぁ?構わないぜぇ」
ラーヴァは差し出された木剣を取った。ドルグが、その顔を見て念を押す。
「こいつが言い出したことだ。だが、傷を狙うな」
ラーヴァは答えず、木剣を無造作に下げたままライコを見ていた。
ドルグが二人を離し、周囲の兵を下がらせる。ライコは木剣を肩に担いだ。目の前の男がどう動くのか、早く見たかった。
ラーヴァは長い腕を下げたまま、身体を斜めに向ける。木剣の先は低い。構えの隙を探してライコが半歩踏み込むと、その先端がわずかに動いた。
間合いへ入る足を狙っている。
ライコが左へ跳ぶ。足のあった場所を木剣が払い、着地したライコは、ラーヴァの胸へ横に打ち込んだ。
ラーヴァは上体を後ろへ反らした。木剣が胸のすぐ前を抜けると、低い位置にあった剣先を返し、ライコの手首へ突き上げる。ライコは振り抜こうとした腕を引き、突きをかわした。
「今の、速いね!」
ライコは笑って距離を詰め、腹を狙って木剣を下から振り上げた。ラーヴァは右へ一歩踏み、半身になってかわす。続けてライコが頭へ打ち下ろすと、さらに右へ踏み出した。木剣は長い黒髪をかすめて落ちた。
ラーヴァの足は止まらない。ライコが踏み出そうとした足へ、低い突きを放った。ライコが足を引くと、剣先が地面すれすれを抜ける。
「キェエエエエッ!」
ラーヴァが甲高い声を張り上げた。低い突きから木剣を引き戻し、踏み込む。周囲の兵がたじろぐ中、今度は木剣の先がライコの胸へ迫った。
ライコはとっさに両手で木剣を握り、胸の前へ立てて受け止めた。乾いた音が響き、握る手に鋭い衝撃が走る。ラーヴァの顔から、先ほどの不気味な笑みが消えていた。木剣を握りしめ、ライコを射抜くように見据えている。
二人は木剣を引き、距離を取った。
ライコの目が輝いた。
「もう一回!」
「ちょっとだけと言っただろうが」
ドルグが割って入る。ライコは不満そうに木剣を下ろしたが、ラーヴァはすぐに一歩退いた。
「……終わりかぁ」
「ああ。十分だ」
ドルグは答えながら、ライコの脇を見た。上着に血はにじんでいない。それでも、続きを許す気にはなれなかった。
「ラーヴァ、強いね。俺の隊に来てよ」
ライコがまっすぐ言うと、ラーヴァは木剣を下ろしたまま動かなくなった。返事を待つ間、近くの兵が誰も口を開かない。
「……俺を、かぁ?」
ラーヴァは自分の背後にいる兵たちを振り返る。目が合った一人が、慌てて顔をそむけた。
「俺を入れたら……ほかの奴らが、嫌がるぜぇ」
「大丈夫!強い人ならみんな大歓迎だよ!」
周りの兵がぎょっとしてライコを見た。ラーヴァも、すぐには答えない。
「俺が入っても……いいのか?」
さっきまでのねっとりとした響きが消えた、小さな声だった。
「うん!よろしく!」
ライコが手を差し出す。ラーヴァはその手を見つめ、やがて木剣を持ち替えて握り返した。
◇
数日後。第十二中隊の兵舎で、ドルグは補充した兵の名を名簿へ書き加えていた。ラーヴァを迎え、募集にも何人かが応じたが、必要な人数にはまだ二十人足りない。
「あと二十人か」
「今日来た人を入れても?」
「入れて、だ」
ライコは名簿の空欄を覗き込んだ。
「ほかに誰かいないかな。強い人」
「強さだけで選ぶなよ。兵を任せられる奴も要る」
「うん。どうやって探そう?」
そこで扉が叩かれた。
「ライコ中隊長。面会を求める方が来ています」
ライコとドルグは顔を見合わせた。
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