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第25話 残る者たち

「お待ちください。平民の子供に、我々を従わせるおつもりですか」


 進み出た貴族の声が、広場に響いた。


 列の前に立つライコは、男を見た。第十二中隊で小隊を率いる貴族だ。前線基地でも見かけたが、話をしたことはない。男はライコには目を向けず、ユリスへ言った。


「ユリス殿は伯爵家のお方だ。名のある家の者が、平民の子供から命令を受ける。これがどれほどの恥か、お分かりでしょう」


 男の後ろで、ほかの貴族が数人頷(うなず)いた。前線基地でライコと戦った兵たちは黙っている。


 ユリスは手にした辞令をたたんだ。


「不満があるのは分かった。だが、今読み上げたのは正式な辞令だ」


「それでも、あの少年が私に命令すると?」


「中隊長なんだから、そうなる」


 男は口を開いたまま、ライコを見た。ライコは首を傾(かし)げる。


「俺が命令すると、何か困る?」


「困るに決まっている!お前は貴族の家で指揮を学んだこともないだろう」


「うん。まだ習ってない」


 あっさり認められ、男は一瞬、言葉に詰まった。ライコは続ける。


「だからドルグに教わるよ」


「ならばドルグ殿を中隊長にすればよいではないか!」


 男がドルグのほうを振り向いた。ドルグは兵の列から一歩だけ前へ出る。


「ライを推したのは俺です。あいつに足りないところは、俺が教えます」


「教わる側を、なぜ上に立たせる?」


「戦場で、俺には見えなかった敵の動きにライは気づきました。危ない場所を見つけて、そこへ走りました。教えられることは教えます。それでも、あいつに任せたいんです」


 男は納得した顔をしない。ユリスも、ドルグの言葉だけで全員を納得させられるとは思っていなかった。


「ライコに足りないところは、ドルグやほかの小隊長が支える。中隊の指揮も教えていく。だが、辞令は変わらない」


「ならば、異動を願い出ます」


「異動の申請を出すのは構わん。ただし、異動が認められるまでは、お前も第十二中隊の小隊長だ。新しい中隊長の命令に従え」


 男が唇を結び、列へ戻る。その後ろにも、不満げな顔は残っていた。


 ユリスはライコへ視線を移した。ライコは怒っている様子もなく、不思議そうに、列へ戻った貴族を見ていた。


「ライコ。お前から何かあるか」


「ううん。今はない」


 聞いていた兵の一部が、かすかに笑う。立派な訓示を待っていた者は肩透かしを食っただろう。ユリスはそれでいいと思った。急に隊長らしい言葉を並べても、この中隊の兵には見透かされる。


     ◇


 異動願いは、翌日から届き始めた。


 広場で抗議した貴族に続いて、同じ考えの者たちが異動を申請する。ユリスの兵站(へいたん)隊へ移りたいと言う者もいた。戦場でライコの下につくのは御免だと、はっきり告げる者までいる。


 一方、家から別の任地への異動を申請するよう言われた貴族もいた。残る者の中には、昨日の広場で顔をしかめていた者もいる。その一人がドルグに言った。


「あの少年を認めたわけではありません」


 前線基地では、その貴族が率いる兵もライコに助けられている。


「ただ、今ここを離れれば、私の兵まで散ります。少なくとも次の配置が決まるまでは残る」


 ドルグは頷(うなず)いた。賛辞より、その言葉のほうが頼りになった。


 異動が認められた貴族たちが隊を離れ、第十二中隊に残る貴族の数も減った。前線基地で戦死した兵も、負傷して当面戻れない兵もいる。


 第十二中隊は死傷者と貴族の離脱によって、もとの半数近くまで減っていた。


     ◇


 ユリスは最後に残った書類へ署名し、机の端へ置いた。


「よし。これで引き継ぎは終わりだ」


 向かいに座るドルグは、兵の名簿と物資の目録を重ねる。ライコは横から覗(のぞ)き込んでいたが、名簿に書かれた印の多さに眉を寄せた。


「こんなにいないの?」


「そういうことだ。小隊によっては、今の人数のままじゃ動かせん」


 ドルグが答える。ライコは名簿をもう一度見た。第十小隊だけを見ていたときには気づかなかった。知らない名前が並び、戦死した兵の名前には線が引かれている。


 ユリスが立ち上がると、扉のそばにいたエドラスが自分の荷物を持った。ユリスの側近であり護衛でもあるエドラスは、兵站隊へも同行する。胸を打たれた痛みはまだ残っているらしく、身体をひねるとわずかに顔をしかめた。


「エドラス、重いなら俺が持つぞ」


「私の荷までお持ちになっては、隊長の仕事が増えます」


「もう中隊長じゃないんだが」


「では、兵站隊長の仕事が」


 ユリスは苦笑し、それ以上は言わなかった。


 ライコはユリスを見上げる。


「兵站隊って、どこに行くの?」


「しばらくは後方の補給拠点だ。倉庫と帳簿が山ほどあるらしい。お前は頼むから、また担架で運ばれるような無茶はするなよ」


「敵が来たら、戦うよ」


「それは分かってる。だから心配してるんだ」


 ユリスは名簿の上を指で叩いた。


「お前の最初の仕事は兵の補充だ。今の人数じゃ、第十二中隊として戦場へ出してもらえない。兵が足りなければ、守る場所にも人を置ききれん」


「分かった。ドルグに聞きながらやる」


「そうしろ。あいつの話は、最後まで聞けよ」


 ユリスが扉へ向かう。エドラスが続き、廊下へ出る前に一度だけ振り返った。


「ライ。傷が治ったら、また剣を合わせよう」


「うん。次はもっと強くなってるよ」


 エドラスの口元がわずかに動く。


「それは楽しみだ」


 二人が出ていくと、部屋にはライコとドルグが残った。


「補充って、誰が来るの?」


「兵を募集する。だが、すぐに人数が揃うとは限らん」


 ドルグはユリスが置いていった補充候補の一覧を開いた。まだ行き先の決まっていない兵の名が並んでいる。ライコが横から覗(のぞ)くと、一人の名の脇だけ、赤い線が引かれていた。


「この人は?」


 ドルグの指が、その行で止まる。


「……軍では『人斬りラーヴァ』と呼ばれている男だ」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


久しぶりの小説執筆なので、誤字脱字や「ここが分かりにくい」「こうした方が読みやすい」と感じたところがあれば、気軽に教えていただけるとうれしいです。

「この部分が分からなかった」の一言だけでも、とても助かります!


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