第24話 次の中隊長
「……第十二中隊は、どうなるんです?」
「後任は、まだ決まっていません」
ユリスの問いに、ルクシオンが答えた。
ユリスは椅子に座り直す。兵站隊を率いる話には、もちろん飛びつきたい。だが、自分が出ていけば第十二中隊長の席が空く。ライコをはじめ、前線基地から生きて戻った兵たちを、誰に引き継ぐのか。
「ドルグならどうです。同じ第十二中隊で別の小隊を率いています。ライコのことも、兵たちのこともよく知っています」
「私も考えました。ですが、本人の考えを聞いていません」
ユリスは、机の上の書類へ目を落とした。これから自分が扱うのは、こうした紙と荷と人の配置だ。剣を握って敵に向かうよりは性に合っている。
(給金も上がるだろう。あとは、次の護衛任務まで任されなければ……)
そこで第十二中隊のことを思い出し、顔を上げた。
「ドルグを呼んでみます」
◇
ドルグは話を聞き終えると、腕を組んだ。
「俺が、中隊長になるんですか?」
「経験なら十分あるだろう。兵もお前の命令なら聞く」
ユリスが言うと、ドルグはすぐには答えず、ルクシオンのほうを見た。
「俺から推薦してもいいですか」
「ええ。聞かせてください」
「ライコです」
ユリスは思わず椅子の背から身体を離した。
「待て。あいつは確かに強いが、中隊長だぞ。小隊を持たせたときでさえ、一人で敵の中へ消えたじゃないか」
「前はそうでした。ですが、基地で最後に戦ったときは違います」
ドルグは、荷馬車と木箱の防壁の内側で戦った第十小隊の姿を話した。ロッコとの一騎打ちを終えたライコは、いつものように敵の奥へ駆けていかなかった。疲れて走れなかったのもある。それでも、仲間のいる場所で剣を振り、兵たちもその横へ入った。
「ライが強いのは前からです。ですが今は、仲間と並んで戦えるようになりました。そこは見てやってください」
「見ている。だからこそ、任せていいのか迷うんだ」
ユリスは机を指で叩いた。ライコが中隊の先頭に立てば、敵を破る力はある。だが、命令を伝える順番を間違えれば、十人では済まない数の兵が被害に遭う。
「お前も第十二中隊の小隊長だ。ライコを推すなら、どう支えるつもりだ?」
「俺はこれまでどおり自分の小隊を率います。その上で、ライに兵の動かし方を教えます。足りないところは俺たちで支えます」
ルクシオンは二人の話を聞いていた。やがてドルグへ尋ねる。
「第十二中隊には貴族もいます。全員がライコに従うとは思えませんが」
「でしょうな。ですが、俺を据えたところで、ライが前に出れば兵はあいつを見ます。それなら、誰が指揮するのか、はっきりさせたほうがいいと思います」
ドルグは言い切ったが、ユリスにはまだ気になることがあった。
「お前が支えると言っても、兵がついてこなきゃ中隊にはならん。まず本人と兵の話を聞こう」
◇
第十小隊の兵たちは、ライコを中隊長にするという話を聞いて、しばらく顔を見合わせた。
「あいつに書類を渡すのか?」
「戦場の地図ならともかく、字だらけの紙を見せたら逃げるぞ」
一人が笑い、別の兵が肩をすくめる。
「戦うときはライについていく。それは今までと同じだ。面倒な仕事は、分かる奴が教えるしかねえだろ」
ドルグは口元を緩めかけたが、すぐに引き締めた。
「教えるだけじゃねえ。間違えたら止めろ。お前らも、あいつに命を預けることになるんだからな」
「分かってるよ。俺らだって、基地であいつを運んだんだ」
ほかの小隊にも話は広まった。渋い顔をする者はいたが、基地で共に戦った古参兵の中には「ドルグがつくなら」と頷く者もいた。貴族の一人は、腕を組んだまま言った。
「私の兵も、あの少年が突破口を開いたから生き延びた。それは否定しない」
賛成する者ばかりではない。それでも、話を聞いたユリスは、最初に思ったよりは中隊を任せられるかもしれないと考えた。
◇
傷が塞がるまで剣を振るなと言われ、ライコは寝台の上で退屈していた。部屋へ入ってきたユリスとドルグを見るなり、壁際の大曲剣へ目をやる。
「まだ触ってないよ」
「剣の話をしに来たんじゃない」
ユリスは椅子を引いて座った。
「俺は兵站隊へ移る話をもらった。第十二中隊の隊長を、お前に任せたいという話が出ている」
「中隊長?」
「十人の隊長じゃない。第十二中隊を率いるんだ」
ライコは少し考えたあと、ドルグに聞いた。
「中隊長になったら、強い奴と戦えなくなる?」
ユリスは思わずドルグを見る。自分なら真っ先に給金を聞く。ライコには、そんなものは頭にないらしい。
「戦うなとは言わん。だが、強そうな敵を見つけて、勝手に中隊を置いていくなよ。今度は第十小隊だけじゃない。中隊の兵を見ろ」
ドルグが答えた。
「……みんな、ついてこられないもんね」
「それもある。お前を追って前へ出る兵もいる。どこまで進ませるか、誰を下げるか、お前が考えるんだ」
ライコは視線を落とした。前線基地で膝をついたとき、兵たちは自分の前に出た。あの場では立ち上がって一緒に戦ったが、今度はその兵たちの動きを自分が決めるらしい。
簡単そうではなかった。
「ドルグもいる?」
「ああ。お前が分からねえことは教える。だから、分からねえまま命令するな」
ライコは頷き、壁際に立てかけた大曲剣を見た。
「分かった。やってみる。強い奴が出てきたら、俺も戦うからね」
「そこは譲らねえんだな……」
ドルグが額を押さえる。ユリスは苦笑した。先のことは心配だが、兵站隊へ移れる喜びまで消えたわけではない。ライコの返事をルクシオンへ伝えよう。ドルグも、兵たちも、支えると言っている。
◇
数日後、第十二中隊の兵が軍営の広場に集められた。ユリスが辞令を読み上げる。
「ライコを、第十二中隊長に任ずる」
前へ出たライコを見て、第十小隊の兵たちがにやつく。ほかの小隊からも、前線基地で戦った兵が頷いた。だが、列の中ほどでは、家紋をつけた貴族たちの顔が険しくなる。
一人が列を離れ、ユリスの前へ進み出た。
「お待ちください。平民の子供に、我々を従わせるおつもりですか」
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