第23話 戦いの後に
「担架を持ってこい!傷が開いてる」
ドルグの声に、近くの兵が走った。ライコを地面へ寝かせると、脇に巻かれた布から血がにじんでいる。傷を押さえようとしたドルグの手を、ライコがつかんだ。
「敵は?」
「引いた。もう追ってこねえよ」
「そっか」
それを聞いて、ライコの手から力が抜ける。
「三日も暴れ回れば倒れもする。まずはゆっくり休め」
言い終えた頃には、ライコの目は閉じていた。ドルグは担架を持ってきた第十小隊の兵たちとともに彼を運び、手当てをする者に預けた。
◇
援軍の指揮官が基地へ入ったとき、ユリスは荷馬車の脇で、まだ動ける兵を数えていた。
木の柵は何か所も破られている。その内側には、荷馬車を横に並べ、隙間を木箱と土嚢で塞いだ防壁が残っていた。荷台から運び出された矢の箱は開いたまま。防壁の奥では、負傷者が手当てを受けている。
「ここの指揮官は?」
援軍の指揮官が尋ねる。ユリスは手元の人数を兵に伝えてから、前へ出た。
「第十二中隊長、ユリスです。基地の指揮官は、我々が着く前に流れ矢で亡くなりました。以後は私が指揮を執っています」
「物資はどうだ」
「運び込んだ荷は、ここにあります。矢は相当使いましたが、残りも確認中です。負傷者の数は、まだ集計が終わっていません」
指揮官は並んだ荷馬車に目をやった。
「あれを防壁にしたのか」
「外の柵を守りきれなくなったので、兵を下げました。負傷者と物資を奥へ移し、防壁の内側で、乗り越えてくる敵を迎え撃ちました」
ユリスは一度、手当てを受ける兵たちを見た。間に合わなかった者もいる。その数を確かめずに、基地を守り抜いたとだけ報告する気にはなれない。
「第十小隊と、ドルグの小隊が最後まで前を支えました。特に第十小隊長のライコは、敵の騎士を倒しました。ただし、その後も戦い続けて倒れ、いま手当てを受けています」
「承知した。治療に人を回す。お前も報告が済んだら休め」
休めと言われても、ユリスにはまだやることがあった。兵の数を確かめ、残った荷を調べ、援軍に持ち場を渡さなければならない。だが、今度は一人で全部を引き受ける必要はない。
ユリスは積み荷の目録を援軍の兵に渡した。
◇
ライコが目を覚ますと、脇には新しい布が巻かれていた。身体を起こしかけて痛みに顔をしかめる。寝台の横にいたドルグが、その肩を押し戻した。
「起きるな。せっかく傷を縫ったんだ」
「……俺の剣は?」
「折れたほうは見つかってねえ。あの大きな曲がった剣なら、そこに置いてある」
壁際には、ロッコの大曲剣が立てかけてあった。ライコは刃先から柄まで目でたどる。
「あれ、普通の剣と間合いが違うんだ。振ると刃先が遅れて回ってくる。もう少し使ってみたい」
「使うのは傷が塞がってからだ」
戸口が騒がしくなった。第十小隊の兵が三人、顔をのぞかせる。
「ライ、へばったままかと思ったぜ」
「お前が倒れたせいで、こっちは運ぶのが大変だったんだぞ」
「そうだったんだ」
ライコは兵たちの顔を見た。三人とも、鎧には新しい傷が増えている。あの防壁の内側で、自分の横に並んでいた顔だった。
「うん。助かった」
兵の一人が、言いかけた軽口を飲み込む。
「……次は倒れる前に言えよ。運べる奴を呼ぶから」
「わかった」
「そこで素直に返事するなよ」
兵たちは笑い、ドルグに「長居するな」と追い出された。ライコは壁際の大曲剣をもう一度見たあと、目を閉じた。
◇
数日後、ユリスはルクシオンに呼ばれた。
戦功が認められれば、給金が上がるかもしれない。次こそ、もう少し安全な役職に就けるかもしれない。呼び出しを受けて、真っ先に浮かんだのはその二つだ。
だが、前線基地での働きがどう評価されたかは分からない。第十二中隊は戦えると判断され、また危険な場所へ送られる可能性もある。
(頼むから、次も最前線なんて話はやめてくれよ……)
部屋へ入ると、ルクシオンは机に広げた書類から顔を上げた。銀色の髪を肩の後ろへ流し、ユリスを見て微笑む。
「お呼び立てしてすみません。基地での働きについて、伺いたかったのです」
「報告書なら提出しましたが」
「ええ。戦いについては読みました。今日は、それ以外のことを」
ユリスが椅子に座ると、ルクシオンは別の紙を手に取った。
「輸送の途中で、荷車の積み荷を分け直しましたね」
「ええ。一台だけ重くて車輪がはまりました。後ろの荷車には余裕があったので、袋を移しました」
「休憩の取り方も変えたそうですね」
ユリスはルクシオンの顔を見た。聞かれると思っていたのは、敵が何人いたか、どの隊がどこを守ったかという話だ。坂道での休憩まで調べられているとは思わなかった。
「輸送隊長殿が狭い坂で休むとおっしゃって、荷車が詰まったんです。少し手前の広い場所なら馬に水を飲ませられるし、出発するときも手間がかからない。相談したら、任せると言われました。それで、次からは私が場所を選びました」
「その後は、隊列が詰まらずに進めた」
「はい。広い場所で荷車を脇へ止めれば、馬を休ませる間に積み荷も確認できますから」
ルクシオンは小さく頷き、今度は基地の見取り図をユリスの前へ置いた。
「負傷しても歩ける兵に、矢を運ばせたのもあなたですね。三日目には柵を守るのをやめ、荷馬車を並べて守る範囲を縮めた」
「あのまま四方へ兵を置いていたら、どこかを破られていました。荷も負傷者も、全部あの内側にあったので」
「兵が足りないときに、何を守るか決めたわけですね」
ユリスは図を見下ろした。荷馬車の周りに引かれた線を見ただけで、防壁の内側の狭さが思い出される。すぐ後ろに負傷者を寝かせ、もう退けない場所だった。
「……そこを評価されるとは思っていませんでした」
「敵の騎士を倒した働きは、ライコのものです。もちろん、それも正しく記します」
ルクシオンは紙を重ね、ユリスへ向き直った。
「ですが、荷が届かなければ基地はもっと早く落ちていたでしょう。届いた物資があっても、使う順番と守る場所を誤れば三日は持ちませんでした。私は、あなたがそこを見ていたことを評価しています」
給金の話は、まだ出ていない。だが、戦場で剣を振る以外の働きを、初めてまともに見てもらえた気がした。
ルクシオンが口を開く。
「ユリス殿。第十二中隊を離れ、兵站隊を率いていただきたい」
望んでいた話のはずだった。次の前線へ行けと言われたわけでもない。思わず顔が緩みかけ、ユリスは慌てて口元を引き締める。
それから、ひとつ気になった。
「……第十二中隊は、どうなるんです?」
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