第22話 仲間の背中
盾を構えたツヴェリア兵が、倒れたロッコに近づいた。
喉には、折れたライコの剣が刺さったままだ。兵が二人がかりで黒い鎧を抱え起こし、盾の向こうへ運んでいく。大曲剣だけが、ライコの少し先に残された。
柵の内側から上がっていた歓声が、静まっていく。
「ロッコ様が……」
敵の列で兵がつぶやいた。その隣の男が、ライコを指さす。
「あいつを殺せ!ロッコ様の仇だ!」
一人が走り出す。続く足音が重なり、一騎打ちを見守っていた兵たちが押し寄せた。
ライコは空の手を見た。基地の入口まで走っても、追いつかれる。
目の前の柄を両手でつかみ、引き上げた。幅のある刃が大きく反り、いつもの剣よりずっと先まで伸びている。試しに横へ振ると、踏み込んできた敵兵の盾に当たった。鈍い音とともに盾が外へ弾かれ、男の身体まで半回転する。
思ったよりも遠くを、切っ先が走った。足を踏み直し、握る位置を変えてもう一度振る。今度は狙ったところへ刃が通った。
「うん、いいね!」
柵の内側で、一人の兵が口を開けた。
「嘘だろ。あの剣を……」
「軽々と振ってやがる」
隣の兵も、ライコを見つめていた。
敵が槍を突き出す。ライコは大曲剣で柄を打ち、相手の腕ごとはね上げた。横から迫る別の男へ切っ先を向ける。男が足を止めた隙に、基地へ駆けた。
「ライ!こっちだ!」
ドルグが入口で待っていた。ライコが開けてあった隙間を抜けると、兵たちが扉を閉める。追ってきた敵は扉を叩き、柵の破れ目へ回った。
ドルグの小隊が盾を並べる。ライコもその隣で大曲剣を構え、柵を越えてきた敵の盾を打った。体勢の崩れた敵へ、ドルグの兵が槍を突く。
一騎打ちの間、止まっていた戦いが戻ってきた。
ライコはいつものように前へ出かけた。だが、この長い剣を横へ振れば、隣の仲間まで巻き込んでしまう。半歩下がり、頭上から敵の盾へ振り下ろす。盾が下がったところへ、第十小隊の兵が槍を向けた。
「そこ、空いたぞ!」
その兵の声に、隣の仲間が応じる。
「見えた!」
ライコが剣を戻すと、二本の槍が並んで突き出された。
敵を押し返しても、休む間はない。ツヴェリア兵は別の破れ目へ向かった。ライコも追おうとして、足を止める。
脇の傷が、焼けるように痛み出した。剣を受け続けた腕は痺れ、息を吸うたび胸の奥が痛む。ロッコを倒してからも戦い続け、気づかなかった疲労が一気に押し寄せた。
大曲剣の切っ先が下がる。踏ん張ろうとした足がもつれ、片膝をついた。
「ライ!」
柵を越えてきた敵が、ライコに気づく。二人、三人と迫ってきた。剣を上げようとしても、腕が思うように動かない。
その前へ、味方の盾が飛び込んだ。
「ライ!へばってんのか!?」
兵舎で喧嘩を売ってきた、第十小隊の男だった。敵の槍を盾で受け、足を踏ん張る。もう一人が横から槍を突き、続いて二人がライコの前に並んだ。
「へっへっへっ。ここは俺たちが全部ぶっ倒してやるぜ」
「ガキは引っ込んでやがれ!」
隣の男も怒鳴った。盾の縁は欠け、鎧にも傷がある。それでも四人は退かず、ライコへ向かった敵を押しとどめた。
ライコは、並んだ背中を見上げた。
いつも自分が先に走り、振り返ると仲間がついてきた。誰かが自分の前に立つとは思っていなかった。
「……なんで?」
「俺たちの隊長だろうが!」
盾を構えた兵が、振り向きもせずに答えた。
腕の痺れも、脇の痛みも消えない。それでも、ライコは剣の柄を握り直した。地面に剣をつき、身体を起こす。
「待って。俺も戦う」
「無茶すんなよ、ライ!」
「うん。さっきみたいには走れない。でも、なんか分かんないけど力が湧いてきた」
仲間の隣へ立った。敵の槍が盾に当たり、引かれていく。ライコはその柄を大曲剣ではね上げた。すかさず隣の兵が前へ出る。
ライコは深追いしなかった。仲間が押されれば代わりに受け、戻ってくれば場所を譲る。ひとりで駆け回ったときとは違う速さで、彼らと並んで剣を振るった。
◇
「入口の柵も、もう長くはもちません!」
伝令の声に、ユリスは周囲を見た。柵の破れ目が増え、そこを守る兵も減っている。
守るべきものは基地と物資だ。外の柵にこだわって、両方失うわけにはいかない。
「守る範囲を縮める。物資のところまで兵を下げろ。退く順番は俺が指示する。勝手に走るな!」
荷馬車を横に並べさせ、間を木箱と土嚢で塞いで、一続きの防壁にした。その内側の奥へ物資と負傷者を移し、柵を守る兵を順に下げる。残った兵が敵を食い止める間に、下がった兵は防壁の内側に並び、槍や剣を構えた。
破れ目から敵が基地へ入り、荷馬車や木箱によじ登る。内側で待つ兵が槍で突き落とし、乗り越えてくる敵を剣で斬り倒した。ユリスは荷を運ぶ者にも武器を持たせ、防壁の内側へ集める。
補給任務を果たせば、給金のいい仕事に近づける。そう思ったのは数日前だ。今は荷を囲み、千人近い敵から命まで守っている。
「……こんなはずじゃなかったんだがな」
ぼやきながらも伝令を呼び、兵の足りない場所へ走らせた。
ドルグも小隊を率いて防壁の内側へ下がってきた。隣では第十小隊が、木箱と荷馬車を乗り越えようとする敵を迎え撃っている。その中にライコがいた。
以前なら、真っ先に敵陣へ消えていた。今は仲間が木箱を越えようとする敵を槍で突き返すと、隣の荷馬車へ這い上がる別の敵を大曲剣で斬り落とす。兵が槍を突くときには剣を引き、邪魔をしない。
ドルグの口元に笑みが浮かんだ。
だが、木箱に膝をかけた敵が、盾で第十小隊の一人を押し込んだ。ドルグは防壁の内側を駆け、自分の兵とともに横から割って入った。
「押し返せ!」
ライコが顔を上げた。
「ドルグ!」
「俺たちもいる。前を見ろ、ライ!」
「うん!」
日が傾いても、攻撃はやまなかった。これ以上は退けない。防壁を守る兵たちの後ろには物資があり、負傷者が横たわっている。
「中隊長、また来ます!」
「分かってる。動ける奴は前へ――」
ユリスの声を、基地の外から響いた角笛が遮った。
ツヴェリア兵の動きが止まる。再び角笛が鳴り、敵の列の向こうにルミナス軍の旗が見えた。後方へ出した伝令が、援軍を呼んできたのだ。
「来た……!」
ユリスの声に兵たちが顔を上げる。敵はもう一度押し込もうとしたが、背後へ迫る軍を見て攻撃をやめた。基地の中の兵から順に退き、ツヴェリア軍は離れていく。
「追うな!荷を守れ。負傷者を見ろ!」
味方は武器を下ろし、座り込む者を支えた。笑う声と、泣く声が重なる。
ライコは遠ざかる敵を見送った。もう剣を振らなくていい。そう分かった途端、握る手から力が抜けた。
重い刃が地面につく。
「ライ?」
答えようとして、膝から崩れた。ドルグが駆け寄り、倒れかけた肩を受け止める。脇に巻いた布が、赤く染まっていた。
「ライ!」
歓声の中で、ユリスが振り向いた。
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