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第21話 一騎打ち

 三日目の朝、基地の裏手に敵はいなかった。横手からも、戦いの声が聞こえない。


「引いたのか?」


 ユリスが見張りへ尋ねると、兵は入口を指した。


「正面に集まっています」


 扉の向こうにツヴェリア軍が並んでいた。四方を囲んでいた兵が、今はすべて正面にいる。


 その間を、ロッコが歩いてきた。


 ライコは扉のそばに立っていた。脇には手当ての布が巻かれている。ロッコが来ることは、正面へ敵が集まり始めたと聞いたときから分かっていた。


 板の隙間越しに、二人が互いを見る。ロッコが大曲剣を肩に担ぐと、敵兵が左右へ道を空けた。


「一騎打ちだ!」


 敵の列から声が上がり、歓声が続いた。


 ライコが扉へ向かう。


「待て」


 ユリスが腕を伸ばした。


 一騎打ちなら、その間は敵の攻撃が止まる。兵を休ませ、援軍までの時間を稼げる。ライコが勝てば、敵の士気も崩せるだろう。


 だが、負ければ頼みの剣を失い、味方まで気落ちする。普段の戦いなら助けを送れるが、敵の目の前へ一人で出した後では、それも難しい。


「……大丈夫なのか」


 ライコは力強くうなずいた。笑っているのに、目はロッコから離れない。闘気が燃え上がるような気迫に、ユリスは唾を飲んだ。


 ドルグがライコの肩を叩く。


「お前の隊は俺が見てる。戻ったら自分で指揮しろよ」


「うん」


 柵にもたれていたエドラスも、胸をかばって身体を起こした。


「あいつの剣は、もう届かないと思ってもまだ届く。最後まで見ろ」


「分かった」


「ライ、負けんなよ!」


 第十小隊の兵の声に、ライコは振り返って笑った。別の仲間が背中を軽く叩く。


 ユリスは扉の兵へ合図し、ライコを見た。


「ぶっ倒してこい」


 ライコは開いた扉から外へ歩いた。兵は閉め切らず、戻ってこられる隙間を残す。


 敵は誰も柵へ向かわなかった。ユリスは見張りを残し、ほかの兵を座らせた。武器を手元に置いたまま、水を飲む者や、巻いた布を締め直してもらう者がいる。


 外では、二人が向かい合っていた。


「昨日の続きだね」


 ロッコが大曲剣を肩から下ろす。


「ああ」


     ◇


 ロッコが大曲剣を振り上げた瞬間、ライコが右へ駆けた。すれ違いざまに胴を斬る。ロッコは腰をひねり、分厚い腰鎧で刃を受けた。


 背後へ回ろうとしたライコを、ロッコが足を踏み直して追う。巨体が回り、掲げていた大曲剣が横へ振り抜かれた。


 ライコは深くかがんだ。頭上を刃がうなり、起き上がる勢いで首へ剣を突き出す。ロッコは頭を後ろへ引き、口を開けた大蛇をかたどった兜(かぶと)の下顎(したあご)で切っ先を受けた。牙を模した鉄の突起に、浅い傷が刻まれる。


 ライコは剣を引き、すぐに斬り込んだ。だが、速さを上げても厚い鎧に阻まれる。胴へ剣を返すたび、脇の傷も痛んだ。


 また大曲剣が頭上から落ちる。ライコは横へ弾こうと剣を合わせた。ところがロッコが腰を回すと、反った切っ先が脇へ回り込んだ。


 ライコは両手で剣を握り、大曲剣を受け止めた。


 ロッコが全身の重さを乗せる。鋭い音が響いた。


 何度も打ち合って傷んでいた剣が、先から三分の一ほどのところで折れた。飛んだ剣先が地面を跳ねる。


 ライコは押されて数歩下がった。手に残った剣が、急に軽い。ロッコは折れた刃を見て、兜の奥で笑った。


(勝った)


 敵の歓声が膨らむ。ライコは、斜めに折れて鋭く残った先を見た。速く斬っても、届くのは厚い鎧ばかりだった。今は剣まで短い。


 村で木の枝を振っていた頃を、ふと思い出した。


 夢中で枝を振り、蜂の巣を叩いてしまった。飛び出した蜂へ枝を振ったが、一匹にも当たらない。腕や首を刺され、逃げるしかなかった。


 あれほど振ったのに、なぜ当たらなかったのか。


 ライコは大木の傷を目印に、同じ一点を枝先で叩き続けた。当たるようになると、風に舞う落ち葉を狙った。外すたび、次の葉を待つ。


 幾日も経った朝、一匹の蜂が目の前を飛んだ。


 枝を振ったのは、一度だけだった。枝先が蜂を打ち、草の中へ落とした。


 狙ったところへ当たった。


 思いどおりに枝を振れた喜びと、枝先に残った小さな手応えを、今も覚えている。


     ◇


 ライコは息を吐き、ロッコを見た。剣を握る手から余計な力が抜け、歓声が遠くなる。刃と相手の動きだけを、極限まで集中して見つめた。


 ロッコは次の連撃を待った。だが、ライコは動かない。


(折れた剣では、もう踏み込めないのか)


 ロッコが大曲剣を頭へ振り下ろした。


 ライコは半歩右へ踏み、刃先に近い一点を横から打った。


 わずかな接触で軌道がそれ、大曲剣が隣の地面を深く削った。ロッコの手には、強く弾き返された衝撃がない。自分の力のまま振り抜いたはずなのに、そこに少年はいなかった。


 ライコの剣先が、手甲(てっこう)と腕当て(うであて)の継ぎ目へ伸びる。


 ロッコは大曲剣を戻して受けた。間に合わなければ、剣を握る手を裂かれていた。


 今度は首へ、短い刃が迫る。ロッコが防ぐと、ライコは剣を引いた。昨日のように、続けざまには斬り込んでこない。


 だが、こちらが剣を動かすたび、急所へ切っ先が伸びる。狙いは見える。それでも鎧任せにはできなかった。受けなければ、どの一撃も命を奪う。


 ロッコは攻めようとした剣を、また守りへ戻した。柄を握る手に汗がにじむ。


(剣が折れたのに、なぜ)


 戸惑いを振り払うように踏み込み、大曲剣で腹を薙(な)いだ。ライコが一歩退くと、ロッコは足を入れ替えて腰を回す。反った刃先が、逃げた先へ回り込んだ。


 ライコはそれ以上退かなかった。迫る刃の一点へ、折れた剣を横から当てる。


 短く金属が鳴った。切っ先はライコの腹を外れたまま、重い刃が脇を通る。


 ロッコが上体をひねり、強引に剣を戻そうとした。


 初めに削った兜の下顎。その下と胴鎧の間に、喉が見えた。


 ライコは踏み込み、折れた剣を突き出した。


 鋭い折れ口が、ロッコの喉を貫いた。


 大曲剣が地面へ落ちる。ロッコが喉へ手を伸ばしたが、膝が折れ、巨体が前へ崩れた。ライコは剣から手を離す。折れた剣を喉に残したまま、黒い鎧が土の上へ倒れた。


 ライコは空になった手を下ろした。


 敵の歓声が途切れると、兵のざわめきが耳へ戻ってきた。指が震え、呼吸が急に荒くなる。脇の傷が熱い。


 柵の内側から、味方の歓声が上がった。


 最前列の敵兵は、倒れたロッコとライコを交互に見ている。やがて数人が盾を構え、ロッコへ駆け出した。


 ライコは空の手を握りしめた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


久しぶりの小説執筆なので、誤字脱字や「ここが分かりにくい」「こうした方が読みやすい」と感じたところがあれば、気軽に教えていただけるとうれしいです。

「この部分が分からなかった」の一言だけでも、とても助かります!


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