第19話 大曲剣の騎士
基地へ入って二日目の朝、夜の間に打ち直した柵の向こうへ、またツヴェリア兵が集まった。
正面から、盾を構えた兵が進んでくる。ユリスが弓兵に射かけさせると、敵は盾を掲げて矢を防ぎ、柵へ届く前に引いた。
「また出てくるぞ。矢を無駄にするな」
ユリスの言葉が終わらないうちに、別の敵兵が前へ出た。昨日と同じだ。攻める気配を見せて正面の兵を動けなくし、その間に別の場所を狙う。
ユリスはほかの柵へ目を向けた。
木の割れる音が、基地の反対側から響いた。
「裏手です!黒い鎧の騎士が柵を破って入りました!エドラス殿が止めていますが……!」
駆けてきた兵が、息を切らして伝えた。
「エドラスが?ドルグ、正面は任せる。敵が引いても追うなよ」
「承知しました」
ドルグが答えると、ユリスは、次の指示を待っていたライコへ向き直った。
「第十小隊を連れて裏手へ行け。エドラスを助けろ。後続まで入られたら守りきれない」
「分かった!」
ライコが走りだし、第十小隊の兵も後を追った。
◇
その少し前、裏手の柵では、エドラスが近づいてくる黒い鎧の男を見据えていた。
背丈はエドラスとさほど変わらない。だが、首が太く、肩から腰まで横幅がある。その頑丈な身体を覆う全身鎧には、蛇の鱗のような模様が刻まれていた。
兜の前面は、大蛇が口を開いた形をしている。鉄の牙が上顎と下顎を縁取り、その奥から男がこちらを見ていた。
両手で握っているのは、弧を描く大きな剣だった。
男が大曲剣を振り上げ、柵へ叩きつける。夜の間に打ち足した板が砕け、木片が内側へ飛んだ。
守備兵が槍を突き出したが、男は大曲剣で払いのけた。割れ目を蹴り広げ、柵の内側へ足を踏み入れる。後ろの敵兵も続こうとした。
エドラスが、男の前へ出た。
「ここは通さん」
男は大曲剣を引き上げ、エドラスの頭へ振り下ろした。
エドラスは剣を斜めに合わせ、刃を横へ滑らせた。軌道を外しても、腕がしびれる。大曲剣は隣の板へ食い込み、乾いた音を立てた。
男が剣を引き抜こうとする。その脇へ、エドラスが斬り込んだ。
男は身体をひねり、引き戻した大曲剣の根元で受けた。ぶつかった刃が押し返され、エドラスの腕が外へ開く。
男はそのまま剣を横へ振った。
エドラスは剣を立てて受けた。重い。踏ん張った足が土を削り、身体が後ろへ押される。
それでも、ここを退けば男を奥へ通してしまう。エドラスは足を踏み直し、大曲剣を押し返した。空いた首元へ、自分の剣を突き出す。
男は大曲剣を胸元へ戻して突きを弾くと、そのまま踏み込んだ。柄でエドラスの剣を押し上げ、がら空きになった胸へ、鎧に覆われた肩を叩き込む。
まるで、疾走する馬に跳ね飛ばされたような衝撃だった。
エドラスの両足が地面を離れた。踏ん張る間もなく後方へ吹き飛ばされ、積み上げられた土嚢へ背中から激突する。袋が崩れ、身体ごと地面へ投げ出された。
息ができない。胸から脇腹へ鋭い痛みが走った。剣を地面に突いて起き上がろうとしたが、片膝をつくのが精いっぱいだった。
柵の割れ目では、守備兵が後続の敵へ槍を向けていた。だが、その内側へ入った男を止める者はいない。
男がエドラスへ歩み寄り、大曲剣を振り上げた。
「エドラス!」
駆けつけたライコが、二人の間へ入った。
振り下ろされる大曲剣を、両手で握った剣で受ける。鉄の鳴る音が響き、腕へ衝撃が走った。ライコの足元で土がえぐれる。
それでも、ライコは退かなかった。踏ん張って剣を押し上げると、男の大曲剣が浮いた。
その下へ踏み込み、胴を狙って剣を振るう。男は大曲剣を引き寄せ、刃を受けた。
今度は男が、ライコの胴へ剣を横に振った。ライコは一歩下がってかわし、剣を構え直す。
「エドラス、立てる?」
「ぐっ……俺に構うな。奴から目を離すな!」
男が間合いを詰めた。引き上げた大曲剣を、ライコの頭へ叩き下ろす。
ライコは剣で刃を横へ弾き、すぐに男の腕へ斬り返した。黒い鎧に火花が散る。
男は引かなかった。大曲剣を横から打ちつけ、ライコの剣を押しのける。続けて振り上げた刃が、守りの空いた頭へ落ちた。
ライコはとっさに体を反らせた。鼻先を大曲剣がかすめ、切られた前髪が数本、宙に舞う。
地を蹴って後ろへ跳ぶ。背筋に冷たいものが走った。それでも、男へ目を戻すと、思わず笑みがこぼれた。
目の前の男は、もう次の一撃に備えている。
「強いな、あんた!」
男は大曲剣を構え、ライコの足運びを見ていた。
ライコとともに来た第十小隊は、守備兵に加わって柵の割れ目を押さえていた。その向こうの敵兵も、二人へ目を向けている。
互いに槍を向けたまま、どちらの兵も二人の間へ入ろうとしない。ほかの柵からは、まだ戦いの声が届いていた。
ライコは剣を構え直し、ふと思い出した。アインゼルで戦った強い騎士の名前を、結局聞けずじまいだった。
「名前、教えてよ!」
「……名前?」
男が、わずかに首を傾けた。
「前は聞きそびれた。強い奴の名前は覚えておきたいんだ」
男はライコを見たまま、口を開いた。
「黒海蛇騎士団のロッコ・アナコンダだ。お前は?」
「俺はライコ!ロッコか、覚えた!」
ロッコが大曲剣を肩の横へ引く。ライコも剣先を向けた。
今度は、ライコが先に踏み込んだ。
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