第1話 盗賊襲撃
その日の朝、村では家々の戸が開き、水を運ぶ桶の音がしていた。十四歳になったライコは、村外れで剣を振っている。旅の剣士を見て木の枝を振り始めた四歳の頃から続いていることだった。
剣を下ろし、足の位置を変えてもう一度振る。相手がいなければ思いどおりに動ける。だが、これで人と向き合ったときに、果たして自分の剣が届くのか。
「ライ!盗賊だ!」
村の方から声がした。ライコが駆け出すと、家の間から鍬を持った男が転がり出てきた。立とうとしているその先に、剣を抜いた見知らぬ男がいる。ほかにも、家の戸を蹴る男や、村人を追い回す男が見えた。
ライコは鍬を持った男の前へ出た。
「何だ、お前。剣を置け。痛い目に遭いたくなければ――」
盗賊は話し終える前に剣を振り上げた。
ライコは振り下ろされた剣を無造作に弾き、返す刀で盗賊の胴を薙いだ。
鮮血を噴きながら、盗賊は地面へ倒れ伏した。
「ライ。だ、大丈夫か?」
鍬を持った男が、引きつった顔で問いかける。
ライコは何の気負いもなく、にこりと笑った。
「大丈夫!下がってて」
言い終わる前に、別の盗賊が横から斬りかかってきた。
ライコは刃を受け流すと、そのまま相手の懐へ踏み込んだ。剣を返し、肩口から胸へ斬り下ろす。男は血を撒き散らしながら仰向けに倒れた。
家の前にいた二人が、左右に分かれて近づいてきた。挟まれる前に、ライコは右の男へ走った。
そちらの男が剣を出すより先に間合いへ入り、肩からぶつかる。男の背中が家の壁に当たり、剣が手から落ちた。
後ろで足音がした。ライコが身を低くすると、追ってきた男の剣が頭の上を通る。ライコは身を低くした姿勢から伸び上がるように剣を振り上げ、男の脇腹から肩口までを斬った。男は二、三歩よろめき、道へ倒れた。
「何なんだよ、お前……」
壁にたたきつけられた盗賊が、落とした剣を拾いもせずに後ずさった。
代わりに、もう一人、別の男が現れ前へ出てきた。この男は剣先をライコへ向けたまま、少しずつ距離を詰める。ライコが動けば、それに合わせて剣先も動く。
ライコは足を止めた。さっきまでの男たちより剣に慣れている。
相手が先に踏み込んだ。胸を狙ったように見えた剣が、途中で低くなる。ライコは出しかけた足を引いたが、ズボンの布が裂けた。
「あ」
ライコは裂けたところを見た。肌には届いていない。それでも、あと少し足を引くのが遅ければ斬られていた。
胸の奥が、大きく跳ねた。
ライコはすぐに男の剣へ目を戻した。今までの男とは違う。次はどう斬ってくるのか、それを見てみたい。
顔を上げたライコの口元に、笑みが浮かんだ。
「今の、もう一回やって」
「……何?」
「途中で狙うところを変えただろ。もう一回見たい」
男の顔が引きつった。
「ふざけやがって!」
男が怒声とともに斬りかかる。
ライコはその一撃を弾き、男の首へ向かって剣を振るった。
男はすぐさま剣を引き戻し、首を守る。二人の刃がぶつかる、その直前だった。
ライコの剣が途中で軌道を変えた。
首へ向かっていた刃が鋭く下がり、がら空きになった胴を横に斬り払う。
「かはっ……こいつ、たった一度で、俺の技を……」
傷口から血が噴き出した。男は剣を取り落とし、そのまま道へ崩れ落ちた。
ライコは剣を下げず、ほかの盗賊を見た。残っていた者たちは背を向け、家の向こうへ走っていく。
「追うな、ライ!」
鍬を持っていた男の声で、ライコは踏み出した足を止めた。
「もういい。もういいんだ」
「……うん」
ライコが剣を下げても、遠巻きに見ていた村人たちはすぐには近づいてこなかった。家の戸の隙間から、こちらを見ている者がいる。鍬を持った男も、まだ柄を握りしめていた。
ライコは赤く濡れた袖をつまんだ。
「お前、腕は?」
「俺の血じゃない」
男は口を閉じた。ライコは足元に落ちていた盗賊の剣を拾い、自分の剣と持ち比べる。少し振ってみたかったが、近くに村人がいたのでやめた。
「水、ある?剣を洗いたい」
「ああ……持ってくる」
一人が水を取りに行くと、村にも声が戻ってきた。怪我人を呼ぶ声、家族の無事を確かめる声が聞こえる。
「助かった」
鍬を持った男が言った。ライコは頷き、運ばれてきた水で手と剣を洗う。
裂けたズボンを見下ろした。あの男の剣は、確かに届いた。もっと速く振られていたら、足を引いても避けられなかったかもしれない。
ライコは倒れた男を見た。さっきの動きは、もう分かった。だが、ほかにも何かできたのかもしれない。もう少し戦ってみたかった。
手を開いて、もう一度握る。まだ剣を振れるし、息もほとんど乱れていない。自分はどこまで戦えるのか。今朝知りたかったことは、結局少ししか分からなかった。
村の外へ続く道に、盗賊たちの姿はもうない。
あの道の先には、自分より速く剣を振る人がいるだろうか。こちらの剣が届かないほど強い人が。
ライコは剣の柄を握った。
会ってみたい……。
◇
それから数時間後。
村の外から、馬の蹄が地面を打つ音がした。
振り向くと、鎧を着た男たちが道を上がってくる。兵の一人は、後ろ手に縛られた盗賊たちを引いていた。
先頭の男が馬を降りる。四十前後の、腰に剣を帯びた男だった。
「街道警備の途中で、こいつらを捕らえた」
男が縛られた盗賊たちを振り返る。
「話を聞けば、仲間とこの村を襲い、逃げてきたらしい。被害を確かめに来た」
縛られた盗賊の一人がライコを見た。その顔が強張り、慌てて目を逸らす。
男はその様子に気づき、ライコへ目を向けた。赤黒く乾いた血が袖に残り、腰には剣を差している。
「こいつらの仲間は、どうした」
鍬を持った村の男が、ライコを見た。
「この子が、村に残った連中を止めてくれました」
「この子が?」
男は道端へ並べられた盗賊の遺体を見た。それから、もう一度ライコを見る。話を信じるには、その身体はあまりに小さい。
「お前がやったのか」
「うん」
ライコは頷いた。男の視線は、ライコの裂けたズボンへ移る。
男は頷き、ライコへ向き直った。
「俺はドルグだ。軍で小隊を預かっている」
軍。その一言で、ライコはドルグの剣を見た。
「その剣、振るところを見てみたい」
「今か?」
「軍の人って、強いんでしょ?」
ドルグは答えず、ライコの裂けたズボンを指した。
「足は怪我をしているのか」
「ズボンが切れただけ」
ライコは腰の剣を抜いた。
ライコが足を動かして見せると、ドルグはその手にある剣へ目を移した。
「村の者は、お前が盗賊を倒したと言う。だが、話だけでは腕は分からん。俺と一合、立ち合ってみろ」
「いいよ」
「俺は受けるだけだ。身体を狙わず、俺の剣へ打ち込め。できるか」
「うん」
ドルグが道の広い方へ歩く。鍬を持った男がほかの村人を下がらせた。ライコはその後を追い、ドルグの前で足を止める。
剣を抜いたドルグは、ライコの正面に立った。肩の力を抜き、刃を斜めに構える。盗賊の誰とも違う構えだった。ライコが足を動かすと、ドルグもわずかに向きを変える。
ライコの口元が緩んだ。
「……よし、来い」
ライコが地面を蹴った。
ドルグは剣を合わせた。受け止めた瞬間、腕が外へ跳ねる。柄が手の中で滑った。落としかけた剣を慌てて握り直すと、ライコはもう一歩踏み込み、次の一撃を出せる距離にいる。
「待て。もういい」
「もう終わり?」
「十分だ」
ドルグは剣を下ろした。握った手には、まだ痺れが残っている。
「これからだと思ったのに」
ライコは残念そうに剣を下げた。
立ち合いが終わっても、村人たちは道の端に寄ったままだ。鍬を持った男が「ライ」と呼んだ。ライコが振り向くと、男は何か言いかけた口を閉じた。
ドルグはライコの袖に乾いた血が残っているのを見て、それから村人たちへ目を向けた。
「お前、名前は」
「ライコ」
「お前、剣は誰に習った」
「誰にも。自分で練習したんだ」
「……それで、あの一撃か」
ドルグは剣を鞘に収める。
「ライコ。軍に来るか?」
「軍に?」
「俺の小隊に、お前を入れたい。だが、兵になれば好きなときに剣を振っていればいいわけじゃない。命令を聞き、仲間と動く。戦になれば人を斬るし、お前が斬られることもある」
「分かった」
「まだ話は終わってない」
「軍には、強い人がいる?」
「聞いてたか、お前」
「聞いたよ。命令を聞いて、みんなと動くんだろ。それで、強い人もいる?」
「そこが一番気になるのか」
「うん。ドルグより強い人もいる?」
ドルグは呆れたように息を吐いた。
「いる。戦場にはわんさかいる。敵にも味方にもな」
ライコの顔が明るくなる。
「じゃあ行く」
「即答か」
「だって、もっと強い人と戦えるんだろ?」
「遊びに行くんじゃないぞ」
「分かってる。でも、戦ってみたい」
「待て。俺が連れていくだけで兵になれるわけじゃない。まずは上官に会ってもらう」
「うん。それでいい」
ライコは村の男を振り返った。男は鍬を道端に置き、ライコを見ている。ライコが目を合わせると、ようやく小さく頷いた。
ライコはドルグの腰の剣を見つめた。まだ一合しか交えていない。
軍へ行けば、ドルグより強い剣士にも会える。
その中には、自分の剣が届かない相手もいるかもしれない。
そう考えると、胸の奥がまた騒いだ。
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