第0話
とある村にライコという子供がいた。
ライコは四歳の頃から、よく一人で村の外へ出ていた。木があれば登り、川があれば飛び越える。知らない虫を見つければ追いかけ、獣の足跡を見つければ、その先に何がいるのか確かめたくなった。まさに好奇心の塊といった様子。
大人たちが慌てて探していると、ライコは小さな獲物を抱えて村へ帰ってくることもあった。心配した村人に「どこへ行っていた?」と聞かれても、本人は無垢な笑顔で「もり!!」と答える。いくら言っても聞かないライコに困ったものだと苦笑いをする村人達。
ある日の早朝、ライコは目を覚ますと、いつものように村の外へ出た。どこかへ行くつもりがあったわけではない。ただ歩きたかった。
朝露に濡れた草を踏んでいると、村外れから音が聞こえた。
ヒュッ。
ライコは足を止めた。少しして、また同じ音がする。鳥の声でも風の音でもない。何の音か知りたくなって、そちらへ向かった。
開けた場所で、一人の男が剣を振っていた。昨日から村に泊まっている旅人だ。腰に剣を下げているので、村の大人たちは剣士だと言っていた。
ライコは少し離れたところに立った。男が剣を構える。しばらく動かなかったが、次の瞬間、剣を振り下ろした。
ヒュン、と音がした。
男はもう一度構え、今度は横へ振った。朝日を受けた銀色の剣が、オレンジに閃いた。
綺麗だった。
ライコには、剣の振り方が正しいのか、この男が強いのかは分からない。それでも、剣が振られるたびに目で追った。いつもなら気になるものを見つけると近づいてしまうのに、このときはその場から動かなかった。
男が何度か剣を振り、ようやく手を止める。額の汗を拭って横を見ると、ライコが立っていた。
「……いつからいた?」
ライコは答えず、男の剣を見ていた。
「剣が珍しいか?」
「うん」
「触りたいのか?」
ライコが頷くと、男は少し笑った。
「駄目だ。危ないからな」
「おじさんはさわってる」
「俺は大人だからな」
ライコは男の顔と剣を交互に見た。
「大人になったらさわれる?」
「まあ、触れるだろうな」
「つよくなれる?」
「練習すれば、今よりはな」
ライコは黙って剣を見つめた。
その日の昼、ライコは村外れで木の枝を振っていた。朝に見た剣士の真似だ。両手で枝を握り、振り上げてから下ろす。
身体がふらつき、枝は地面を叩いた。もう一度振っても、うまくいかない。何度も振ううちに、手のひらが赤くなったが、ライコは枝を握り直した。朝の剣はもっと速く、まっすぐに動いていた。
ライコは何度も枝を振った。日が傾いても、まだやめなかった。
翌朝、剣士が村外れへ行くと、昨日の少年が木の枝を持っていた。
「……何してる?」
「剣」
ライコは胸を張って木の枝を見せた。
男は枝を見て、しばらく黙った。それから肩を揺らして笑った。
「そうか」
旅人が村にいる間、ライコは毎朝その場所へ通った。男が剣を振るのを見て、後から自分も枝を振る。教えてくれと頼むことも、男が進んで教えることもなかった。
やがて旅人が村を出る日が来た。ライコは村の入口までついていく。
「じゃあな」
「どこいくの?」
「いろんなところだ」
「つよい人、いる?」
「そりゃいるだろうな」
「おじさんより?」
「いくらでもいる」
ライコの目が輝いた。剣士は、怖がるどころか嬉しそうにするライコを見て、少し不思議そうな顔をした。
村の方からライコを呼ぶ声がする。ライコは一度振り返り、また剣士を見た。
「ボクもつよい剣士になる!」
男は笑って、「頑張れ」と言った。ライコはその背中が見えなくなるまで見送った。
旅人がいなくなっても、ライコは剣を振り続けた。あの朝に見た剣が綺麗で、格好よかった。自分でも、あんなふうに振ってみたかった。
昨日より速く、昨日よりうまく。
それから十年たった今も、ライコは剣を振っている。自分がどこまで強くなれるのか、まだ知らない。
その答えを求めて、いつか数え切れない戦場へ向かうことも。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
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