第12話 城壁の下
野戦に敗れたアインゼル軍は、町の中へ退いていた。ルミナス軍は町を囲んだが、城門は固く閉ざされている。今度は高い城壁が敵を守り、その上には弓や槍を持つ兵が並んでいた。
だが、ルクシオンは敵が町に籠もる場合も想定していた。囲んで待てば済むよう、戦いが始まる前から町へ届く食料を減らしていたのだ。
主食となる穀物は、町へ届く前に商人に買い上げさせた。輸送に使われる橋も、いくつか壊してある。橋が一つ使えなくなっただけなら、荷は別の道から運べる。だが、穀物を買われ、複数の道まで塞がれれば、町へ届く量は減る。
住民だけなら、まだしばらくは食べていけた。そこへ敗れた軍が逃げ込み、兵の分まで賄うことになった。ルクシオンの計算では、一週間で食料は尽きる。
近隣の軍が異変に気づいても、援軍が着くまで十日から二週間。その道中にも手を回し、早く駆けつけられないようにしてあった。町を包囲していれば、援軍より先に籠城する側が行き詰まる。
総大将は陣幕の入り口から町を見やり、副官を呼んだ。
「あの公爵の腰巾着は、一週間待てと言ったな」
「はい。町を囲んでおくのが得策かと」
総大将は城壁へ目を戻した。
「昨日、我が軍はあれだけの敵を討った。逃げ込んだ連中に、まだまともに戦える力があると思うか?」
「城壁の上には兵が残っております。それに、我が軍は攻城の支度をしておりません」
「だから若造の言いつけどおり、ここで座っておれと?大勝の勢いがあるうちに町を落とせば、待つ必要などなくなる」
副官は何か言いかけたが、総大将は手を上げて遮った。破ったばかりの敵を前に、若い参謀の指図で待つつもりはなかった。
「明日は兵を休ませろ。その間に梯子を作る。明後日、城壁を攻めるぞ」
翌日、兵が休むかたわらで、大工仕事のできる者たちが材木を切った。急ごしらえの長い梯子は、数も長さも揃わない。それでも、その翌朝には城壁の前へ運び出された。
「梯子を掛けろ!」
数人がかりで梯子を担ぐ兵たちへ、城壁の上から矢が降った。盾を頭上に掲げれば、梯子を支える手が足りない。両手で梯子を持てば、腕や肩をさらすことになる。
ようやく壁に立て掛けると、一人目の兵が登り始めた。上から石が落ち、下で支える男たちが身を縮める。城壁の縁へ手を伸ばした兵は、肩を槍で突かれて梯子から落ちた。別の敵兵が梯子の上端を押し返す。壁から離れた梯子が傾き、後から登っていた兵まで地面へ投げ出された。
「もう一本だ!あそこへ掛けろ!」
場所を変えても、敵兵は城壁の上を移ってくる。下から登る者を、槍と石が待ち受けた。誰も壁の上へ出られないまま、負傷者だけが増えていった。
◇
第十二中隊にも前へ出る命令が来た。ユリスは運ばれてくる負傷兵を見送り、エドラスに言った。
「敵は町へ逃げ込んだんだよな。俺たちは攻城の支度もしてない。無策に壁へ突っ込めば、死にに行くようなもんじゃないか?」
「本来は町を囲んで兵糧攻めにする作戦だったようです。以前、部屋にいらしたルクシオン殿の策だと、小耳に挟みました」
「……あの人か」
ユリスは、銀髪の美しい青年を思い出した。穏やかに話しながら、こちらがライコの働きを隠そうとしていると見抜いた男だ。
あの頭脳で立てた策なら、総大将の思いつきより信じられる。ここで中隊の兵を減らせば、次の戦いも厳しくなる。給金のいい、できれば危険の少ない役職も遠のく。
「命令には従う。俺たちも城壁の前へ出るぞ。ただし、梯子には登るな。矢が届くところまで無理に近づくな。攻めるふりをして、危なくなったら下がれ」
「登らないの?」
ライコが聞いた。
「上で槍を構えて待ってる連中がいる。お前でも、梯子の途中じゃ剣を振れないだろ」
ライコは城壁を見上げた。敵を斬るには、まずあの上へたどり着かなければならない。
「ライ、今日は俺たちの後ろにいろ。勝手に走るなよ」
ドルグは自分の小隊を並ばせながら言った。
「分かってる」
二日目も、攻撃は続いた。梯子を掛ける場所が変わるたびに、アインゼル兵も城壁の上を移る。登ろうとする兵を増やしても、壁の下へ運び戻される兵が増えるばかりだった。
三日目、兵たちは梯子を担ぐ者に道を譲った。前へ出る列から、歓声は上がらなかった。
「昨日はあっちだったよな。今日はこっちか」
「どこへ掛けても、上に敵がいる」
前進の号令に、話していた二人も口を閉じて梯子を運んだ。
第十二中隊は城壁から距離を取って待っていた。正面では梯子が掛けられ、その下から負傷者が運ばれてくる。ユリスは壁を見上げた。
「梯子を増やしても、あの上から退かせない限り同じだな」
そばにいたライコが、町の横にそびえる崖を指した。
「あっちからなら登れるかもしれない」
「崖を登って、城壁の上へ回るってことか?」
ドルグが見上げる。岩肌には割れ目が走り、ところどころに石が突き出していた。
「城壁はつるつるで、つかめない。けど、崖には手をかけるところがあるから、登れると思う」
「お前が登れても、俺たちはついていけんぞ」
「上の敵をどかせば、みんなは梯子で登れるでしょ」
ユリスは崖と城壁を見比べた。ライコが上へ出て、梯子の上り口を守る敵を退かせる。その間に中隊を登らせられれば、門を開ける道もできる。
成功すれば大手柄だ。
(落ちても、死ぬのはこいつ一人だ。梯子に何人も兵を並べて失うより、よほど割がいい)
「本当に登れるのか?」
「うん、登れる!」
「……いいだろう。無理だと思ったら戻れよ」
ライコは頷き、崖の下へ歩いた。近づくと、岩の割れ目は遠くから見たときより細かった。指を掛けられる出っ張りを探し、少しだけ位置を変える。
ライコは崖に手をかけた。
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