第11話 最短の剣
ブライアンが踏み込むと、ライコの後ろに続いていた第十小隊の兵が足を止めた。向こうではアインゼル兵が槍を引いたまま待ち構えている。向かい合う盾の列の間で、二人だけが距離を詰めた。
その左右では、進んできたルミナス兵が敵の盾にぶつかった。叫び声と剣を打ち合わせる音が広がるなか、ブライアンが剣を振り上げる。
頭へ振り下ろされた刃を、ライコは両手で握った剣で受けた。腕が沈み、踏ん張った足が土を削った。
重い。
ライコが押し返しても、ブライアンの足は動かなかった。男は剣を引くと同時に半歩横へ移り、今度は顔の高さで剣を横に薙いだ。
ライコは身を引いた。剣先が頬をかすめ、細い痛みが走る。ブライアンは振り抜いた剣をすぐに戻し、次の攻撃に備えた。
頬に熱が残る。ライコは思わず笑った。
「強いな!」
ブライアンは表情を変えず、剣を構え直した。
今度はライコが踏み込んだ。頭を狙って斬り下ろすと、ブライアンは剣を斜めにかざして受ける。重い一撃に両腕が沈み、押し返そうと力を込めた。
だが、ライコはもう剣を引いている。ぶつかっていた刃の重みが消え、ブライアンの腕だけが前へ流れた。ライコは剣を返し、空いた脇腹へ斬り込む。
ブライアンは伸びた腕を引き戻し、脇腹へ迫る刃を剣で弾こうとした。だが、剣先までは逸らしきれず、鎧の隙間から脇腹を浅く斬られた。傷から血がにじむ。
ブライアンが斬り返そうと剣を引き上げる。そこへ、ライコの刃が剣を握る手を狙って走った。ブライアンは剣を下げて受ける。直後には、首筋を狙う一撃が続いた。
ブライアンは顎を引き、剣を上げてその刃を弾く。反撃に移ろうとしたときには、次の一撃が腹へ迫っていた。また守るしかなかった。
「速すぎる……!」
ブライアンの口から声が漏れる。
ライコの一撃は重い。しかも、大きく振りかぶることがない。受けられた瞬間には剣を引き戻し、そこから近い急所へ、最も短い軌道で斬り込んでくる。一撃を防いだときには、もう次の刃が迫っていた。
吹き荒ぶ嵐のように、無数の斬撃がブライアンを襲う。鋼が立て続けに鳴った。
手甲に傷が増え、鎧を留める革紐が切れた。防ぎきれなかった刃が鎧の継ぎ目を通り、腕や脇腹に浅い傷を増やしていく。それでもブライアンは退かなかった。すべては防げないと見切り、首や胸へ向かう刃だけは剣で受け続ける。
ブライアンが歯を食いしばった。守るだけでは、この鋼の嵐から抜け出せない。
首を狙ってきたライコの斬撃を剣で受け、そのまま両腕に力を込め、横へ強く弾いた。
ライコの剣が外へ流れる。胸元が空いた。
ブライアンは、ようやく剣を振り上げた。
ライコは剣を引き戻さなかった。弾かれた方向へ足を踏み替え、その勢いのまま身体を回転させる。ブライアンが振り下ろすより早く、振り向きざまの刃が走った。
雷光のような一閃が、ブライアンの首筋を切り裂いた。
ブライアンの剣は、振り上げられたまま止まった。首から血が噴き、膝をつく。そのままゆっくりと倒れた。
「うおおっ!ライが敵の騎士を討ったぞ!」
後ろから歓声が上がる。ライコは倒れた騎士を見た。頬の傷がまだ熱い。
「あの人、強かったな。……あ、名前聞いとけばよかった」
敵の列でも、騎士が倒れたのを見た兵たちが声を上げた。
「ブライアンが……?」
つぶやく声に、別の兵の叫びが重なる。
「あのブライアンがやられた!」
その声は味方の歓声にかき消され、ライコには届かなかった。
ライコはもう一度、騎士の顔を見た。その間にも後ろでドルグが叫ぶ。
「ライ、ぼさっとするな!戦いは終わってないぞ!」
「分かってる!」
ライコは剣を上げ、後ろから来た第十小隊に歩調を合わせた。倒れたブライアンを見て動けずにいる敵へ、仲間たちが踏み込む。ドルグの小隊も隣で敵の戦列を押した。
「盾を並べろ!下がるな!」
近くのアインゼル兵が叫ぶ。だが、前列の兵は倒れたブライアンへ目をやり、盾を寄せるのが遅れた。ライコは開いた隙間へ踏み込み、敵兵の喉を斬り裂く。第十小隊も続いた。立て直そうと後ろから兵が入ったが、その兵たちも、次々に押し寄せるライコの小隊を止められなかった。
「中央が押せてるぞ!第十二中隊、続け!」
ユリスの声に、後続の兵が前へ出る。ライコが開けた場所へ味方が流れ込み、敵の戦列が中央から押し割られていく。
アインゼル軍は中央を支えようと、左右の隊から兵を寄せた。すると、今度はその隣で盾の数が足りなくなる。ほかのルミナス兵もそこへ踏み込み、アインゼル軍は列を保つために、さらに兵を動かさなければならなかった。
前日までは、後ろの兵を補えば戦列が揃った。今日は兵を送っても、そこから再び押し破られる。左右の隊からも、後退を求める声が上がった。
それでもアインゼル軍は、盾を並べ直して踏みとどまった。押されながらも何度となく守りを立て直し、ルミナス軍の前進を食い止めようとする。
二日間は、敵を少し押し下げるのがやっとだった。だが、この日は違う。ルミナス軍は敵の抵抗を一つずつ破り、町の方へ押し進んだ。陽が傾くころには、アインゼル軍は多くの兵を失い、陣地まで押し戻されていた。
◇
アインゼル軍の指揮官は、戻った兵の数を聞いた。前日までは、各隊が戦列を保って陣地へ帰ってきた。今日は中央が押し破られ、左右の隊の陣形まで乱れている。戻った兵も少ない。ブライアンの姿はなかった。
「ブライアンはどうした」
「討たれました。中央を押してきた、あの少年に」
指揮官は答えず、町の方を見た。援軍が来るまで、町の外で持ちこたえるつもりだった。だが、今日の損害を埋められないまま明日も出れば、部隊が壊滅しかねない。
「町の中へ退く。負傷兵を先に運べ。後衛は、敵が追ってきたら、ほかの兵が城門をくぐるまで食い止めろ」
「町へ敵を近づけることになります」
「ここで全員を失うよりはましだ」
兵が命令を伝えに走る。日が落ちる前に、負傷兵から城門へ向かい始めた。
◇
翌日、ルミナス軍が町の前へ出たときには、アインゼル軍の後衛も城門をくぐり終えていた。
ライコが見上げると、城壁の上には、すでに弓兵が並んでいた。
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