最後の舟 11話 異世界転移で栄養満点メシ
────ツクヴァルが、そのまま力いっぱいに彼女の大剣を叩き割った。
砕けた刃の破片が四方へと飛び散る。あまりにも重い一撃に、赤銀の十字の手がびりびりと震えていた。
砕けた刃にまとわりついていた炎が、少しずつ弱まっていく。
そして、最後の火の粉が散り、消えた。
「…………」
一瞬、彼女が拳を握ったから、まだ攻撃してくるのかと思って身構えたけど……。
その拳からも、やがて力が抜けていった。
「終わりにしとこうぜ」
俯いたまま、自分の手を見つめている赤銀の十字に、ツクヴァルが言った。
「ヴィージには帰れっか?」
赤銀の十字が、ゆっくりとツクヴァルの方へ顔を向けた。
「……無事に帰れるかは、わからないな」
彼女の深緑色の髪が、風に揺れた。
「救世主を殺すことができず、のこのこと引き返すことになるのだからな……」
「…………」
その言葉を聞いて、私は理解した。
この人はもう、これ以上攻撃してこない。争うつもりはないんだと。
私はここから、どうするべきなんだろうと考えていた。
私は、この世界ではイレギュラーな存在の……〝救世主〟であり、国の人もアーサードも、新しい王がいなくなって不安がっている。
私は確かに、私一人でみんなを救うことはできないし……王になるつもりも、全然なかったけれど。
それでも、みんなの不安を放置したくはなかった。
「……お前がヴィージに帰れねえなら、俺がなんとか匿って────」
「それはやめておけ、白銀の残光……いや」
彼女が、私たちをじっと見た。
「ツクヴァル」
そして、そう名前を呼んだ。
「…………」
「私がゲルヴィの領地に入れば、さらに混乱が起こるぞ。侵入してきたと言われて、また攻撃が始まるかもしれない。だから私は……ヴィージに帰る」
「それに私は……私自身の責任を、取りたいから」
そう言って、彼女はゆっくりと背を向けた。
赤い軍服の裾が、風に揺れる。長い深緑色の髪がその背中を流れた。それが陽の光を受けて、わずかに明るい色を落としていた。
彼女は足元に落ちていた大剣の残骸を見下ろした。
「…………」
少しだけ立ち止まったあと、折れた剣の柄を拾い上げる。
もう、そこに炎はなかった。
「ああ、そうだ救世主。私の名前は……」
彼女はそれを片手に持ったまま、歩き出した。
「リュウジョウだ。君の名前は?」
「……私は、兼々寛子です」
「そうか」
軍服の背中が、少しずつ遠ざかっていく。
その足取りは決して軽くなかった。けれど、立ち止まることも、振り返ることもなかった。
私は、ただその背中を見つめていた。
あの人は、これからどうなるんだろう。
本当に無事に、ヴィージで暮らしていけるんだろうか。
「…………」
ぎゅ、と自分のスカートを掴んだ。
「────あの!!」
そして私は、次にやるべきことを決めた。
「私は、王になるつもりがないですけど!!」
リュウジョウが、私の方をゆっくり振り返った。
「私が脅威だと思われているから、ヴィージから行けって命令されたんですよね。それなら、私、やれるだけやってみますから!!」
「…………」
「私は脅威じゃないって、証明して!! それで平和に過ごせたら……その時は、一緒にご飯を食べませんか!!」
私がそこまで言って、初めてリュウジョウが……小さく笑った。
「ふはっ、お前。救世主が敵国と食事か」
そして、またリュウジョウが歩いていく。
ゲルヴィの領地とは、反対方向に。
「またいつか、ツクヴァル。ヒロコ」
「恨みは簡単に消えないだろうが……それでも今、こうすると決めたからな」
深緑色の髪が揺れ、赤い軍服の裾がひらりとなびく。
私はその背中を、ずっと見つめていた。
《────ヒロコさん!! ツクヴァルさん!! 無事ですか!!》
突然、精霊通信からリーチェの声が響いた。
「リーチェさん……!! はい、私たちは無事です!!」
《良かった……!! こちらのマップで様子を見ていましたが、撤退する様子が確認できたので、念のため連絡を……!!》
「……はい。もう、戦わなくて大丈夫だと思います」
私は、遠ざかっていくリュウジョウの背中を見つめた。
そして、私はいつも通りに。
自分がやりたいと思ったことを、やる。
「リーチェさん、お願いがあるんです」
ツクヴァルは隣で腕を組み、私が次に何を言うのかを待っていた。
「国の人たちに、これから救世主が演説をするって伝えてください。それから────」
私がその続きを告げた瞬間、通信の向こうでリーチェが息を呑む気配がした。
ツクヴァルも驚いたように目を見開いたけれど、「マジか」と呟きながら、ニヤニヤと笑っていた。
しばらくの沈黙の後、通信の向こうから返事があった。
《…………分かりました》
《やってみてください、ヒロコさん》
《あなたが、やるべきだと思ったことを》
…………。
転移装置を借りて城へもどり、窓から外を覗くと、そこには大勢の人が集まっていた。
広場を埋め尽くすほどの人、人、人。
ざわざわとした声が、ここまで聞こえてきていた。
「ヴィージが攻めてきたって、本当なのか!?」
「戦争になるんじゃないだろうな!?」
「新しい王様はどうなったんだよ!!」
「救世主様がいるんだろ!? だったら、なんとかしてくれよ!!」
あちこちから不安そうな声が上がっている。中には小さな子供を抱きかかえた人や、泣きそうな顔で城を見上げている人もいる。
「…………」
私は、思わず息を呑んだ。
こんなにたくさんの人が、不安になっている。
戦争になるかもしれない。王様がいなくなった。これからどうなるのか、誰にも分からない。
きっと、みんな怖いんだ。
「ヒロコ」
隣に立っていたツクヴァルが、私を見た。
そして、
「────いった!!」
突然、私の背中をバンッ!! 叩いてきた。
「びっくりしたんだけど!!」
「ヒロコ、ビビんじゃねーぞ。こっからが本番だからな」
ツクヴァルが、笑いながら拳を前に出してきた。
「いってこい」
「…………」
少し目をぱちぱちさせたあとに。
「うん」
私も、差し出された拳に自分の拳をこつんとぶつけた。
「いってくる」
私は、大きく息を吸い込んだ。
そして、城の窓から一歩、身を乗り出した。
「────みなさん!!」
私の声が、広場に響いた。
ざわざわと騒いでいた人たちが、一人、また一人と顔を上げていく。
「……救世主様だ」
下にいる誰かが、そう呟いたのが聞こえた。
そして、広場に集まった人たちの視線が、一斉に私へと向けられた。
「…………」
私は傍らに置いてあった箱を持ち上げ、胸元に抱えた。
リーチェが拡声魔法陣を展開してくれたので、私はそれに向かって話し始めた。
「まず、ヴィージの者がここに攻めてきそうだったというのは────事実です」
ここで、嘘をついちゃダメだと思った。
みんなが不安になっていることは、分かっている。それでも私は、本当のことを伝えたかった。
案の定、広場が再びざわめき始めた。
「それなら────」
「ですが!!!」
私はまだ、言いたいことがある。
私の声に、広場のざわめきがぴたりと止まった。
「私は、その者に対して戦争をしたくないと伝えたら、攻撃をやめてヴィージへ帰っていきました!!」
「それも、事実です!!!」
「…………」
広場が、しんと静まり返った。
さっきまであんなに騒がしかったのに、今は誰も声を上げない。
みんな、ぽかんとした顔で私を見上げていた。
「……私が」
喋り続ける。
「もしもここで、事実を伝えずに皆さんに戦争をしようと言ったら……皆さんは従っていたと思います」
「私が救世主だから。次の王だから」
景色が、城から見える景色が。ゲルヴィの広い大地が私の前に広がっている。それが本当に目眩がするほど広くて、様々な町の色が彩りを作っていた。
「じゃあ私がここで……戦争をしませんと伝えても、納得いかない人もいただろうし、安心した人もいると思います」
「だから!!」
ここまで話して、私はローロラさんやパルヤ……スラム街の人達の顔を思い出した。
そして、
手に持っている箱を、開いた。
「私に全てを任せるのではなく、皆さんが明日を決めてください。皆さんの明日を、そして、皆さんがこれからどうやって生きていくか────どうやって、ご飯を食べていくか!!! その意志を、自分自身に委ねて、自分自身を信じるんです!!」
「人は!!」
────箱の中身を、みんなの〝意志石〟を外へとばらまいた。
「食べなきゃ、生きていけないから!!!」
次の瞬間、無数の光が一斉に空へと飛び出した。
きらきらと輝く石たちが、城の上空へと舞い上がっていく。
ひとつひとつが太陽の光を反射して、青い空いっぱいに色とりどりの光を散らして……人々の胸へと帰っていく。
私は……
前王が封じていた意志石を、みんなに返した。
この国で生きる、一人ひとりに。




