最後の舟 10話 最強VS最強
「よう、因縁だとかはまた今度にしとくぜ。それより今は、ヒロコと一緒にいるからな」
女へと、その名前を言った。
「〝赤銀の十字〟」
「……久しいな。白銀の残光」
ツクヴァルが私を下ろして、「下がってろ」と一言話す。そして、その女の人を見た。
「おう。元気そうで何よりだわ」
ツクヴァルが軽く笑う。
だけど、赤銀の十字は笑わなかった。
────次の瞬間、女が地面を蹴った。
「ッと!!」
振り下ろされた大剣を、ツクヴァルが横へ跳んでかわす。その衝撃で、轟音が立つ。
さっきまでツクヴァルが足を置いていた地面が砕け、土煙が舞い上がった。赤銀の十字は止まらない。地面に叩きつけた大剣を引き上げ、その勢いのまま横薙ぎに振るう!!
そして、ツクヴァルは大剣を斜めに構え、その一撃を受け流していく! 甲高い金属音が響く!
「おいおい、死ぬほど攻撃してきてんじゃねえぞお前!!」
軽口を叩きながら、ツクヴァルが後ろへ跳ぶ。それでも、赤銀の十字は間合いを詰めてくる。
一撃、二撃、三撃。
炎をまとった刃が次々と振るわれる。そのたびにツクヴァルは身を捻り、剣を傾け、紙一重で攻撃をしのいでいた。
私は息を呑んだ。
ツクヴァルは、一度も剣を振り返していない。
「……お前も国に雇われここに来ただろうに、なぜ攻撃しない?」
「そもそも俺的には雇われたつもりがねーからな」
ツクヴァルが赤銀の十字と剣をぶつけ合いながら、目を細めた。
「俺はッ!!!」
そして、ぶつかり合った大剣を、渾身の力で押し込んだ!!
「クソバカみてーな戦争だとかをしたくねーから!! ここにいるだけなんだよなぁ!!!」
金属が軋む音が響く。
次の瞬間、赤銀の十字の身体が後方へと弾き飛ばされ、その衝撃でまた煙が立つ。
(す、すごい……)
ここまでが、本当に一瞬の攻防に見えた。
動きが速すぎる。これが、最強と呼ばれていたツクヴァルなんだと……今、噛み締めた。
そして、赤銀の十字がツクヴァルのことを強く睨んだ。
「……私はお前を恨んでいるさ」
ツクヴァルが、その言葉を聞いてまた大剣をただ前に置いた。
「おう、俺もお前のことは死ぬほど恨んでるな」
「ならば、なぜ────!!」
赤銀の十字が地面を蹴る。土煙を突き破るようにして、炎をまとった大剣がツクヴァルへと迫る!!
「何故、そのような顔をしている!! 白銀の残光!!!」
ツクヴァルが大剣を持ち上げ、迫り来る刃を受け止める。凄まじい金属音が響いた。
赤銀の十字は、そのまま剣を引くことなく、ツクヴァルの大剣へと何度も斬撃を叩き込んでいく!!
私は、思わずツクヴァルの顔を見た。
「…………」
ツクヴァルは、少しだけ笑っていた。
楽しんでいるような笑みではなかった。ただ、ツクヴァルは今「やりたいことをやっている」と、そう思っているような……。
うまく言い表せないけど、スッキリしたような顔をしていた。
「白銀の残光……私は、ずっとだ。私はずっと、次はいつ戦争になるかと……怯えていた。平和の空白が、ただ迫り来る戦火の余興としか思えなかった」
赤銀の十字が、大剣を掲げる。
瞬間、空間が次々と白銀の斬撃に刻まれていく。
「それが今、ようやく!! ようやく戦争の足音が聞こえてきたんだ!!」
その空間斬が、ツクヴァルへと迫る。
「ツクヴァルッ!!」
あれを食らったら、多分まずい。私でもわかった。
思わず名前を呼んだ、その瞬間────。
「ま、俺たちゃ死ぬほど殺してきたからな」
大剣を持つ片手を前へと突き出す。
カチリ、と。何かが噛み合うような、乾いた音がした。
次の瞬間、ツクヴァルの足元に、巨大な魔法陣が広がった。
白銀。
眩いほどの白銀の光が地面を走り、何重もの円を描いていく。その内側には、まるで時計のような十二の目盛りが刻まれていた。
「だからまた、恨まれてるから戦争になるに決まってんだろってのは……言いたいことは分かるぜ」
時計の針が、逆回転を始めた。
一周、二周、三周!!
白銀の光が一気に広がり、迫り来る十字の斬撃を包み込む!!
「なっ……!!」
私も赤銀の十字も、目を見開いた。
相手の白銀の攻撃を、全部白銀で打ち消した。
空間の中に、雪みたいなきらきらした粒子が沢山落ちていく。白くて、光っていて、そして……綺麗だった。
───そして、その攻撃が消えた瞬間、私はここがチャンスだと思った。
「赤銀の十字さん!!!」
私がその人に叫ぶ。赤銀の十字は、ゆっくりと私の方を見た。
「……違和感があるくらいに聞きやすいゲルヴィ語、まさかだけどお前が救世主?」
顔を歪めた。
「はっ、ゲルヴィが発表した特徴も当てはまってるしね。ただの付き添いの魔術師かと思ったら足手まといが来て────」
「あなたの名前って、なんですか!!」
赤銀の十字が、目を見開いて剣を持ち上げた。
「何故それを聞く必要がある?」
私はここまでで、色んなことを思い出していた。
『あの乱暴なラヴィの人は、ちょっと……』
『しかし、ここで会うとは思わなかったよ。久しぶり、白銀の残光』
『ようやく見つけました、救世主』
名前を呼ばれず、ただただ、ずっと……その人の〝役割〟で、呼ばれていた時の息苦しさを。
「私は……あなたの名前、知らない。だから教えてください」
赤銀の十字が、歯を食いしばった。
「腑抜けたことを……!!」
また、大きな剣を上げて攻撃の準備をした。
「お前が最も大きな火種になる、救世主!! 今ここでお前を殺さなければ、ヴィージは次こそ負けてしまう!!」
「私は!!」
空間が刻まれてるのを見た。
それでも、私は叫ぶのをやめなかった。
「みんなを、国の人を私だけじゃ助けられません。私だけが助けるつもりは、ありません!!!」
刻まれた空間の隙間から、赤銀の十字の顔が見えた。
彼女は、少しだけ……辛そうだった。
だからこそ、私は今ここで言うべきだと思った。私の感じていることを、やるべきことを!!
「私はただの一人の人間だから、みんなに戦争をしろって言うつもりはありません!! 何より私が、やりたくありません!!」
「私は、王になるつもりはありません!!!」
その瞬間だった。
剣を振り下ろす彼女の手が、一瞬だけ止まったような気がした。
────そして、ツクヴァルがその瞬間を見逃さず、割り込んでくる。
「聞いたか? 今の言葉よ」
次はツクヴァルが、大剣を振り上げた。
「信じらんねーよなぁ。俺は昔、偉いやつなんかみんなクソみてえなやつだと思ってたぜ」
「けどよ」
だけど振り下ろすその先は……彼女ではなく。
彼女の持っている、大剣。
「今回に関しては、ヒロコはただのフツーの女だってわかったんだよ。だからな」
「だから俺は、ヒロコを信頼する」
────ツクヴァルが、そのまま力いっぱいに彼女の武器を叩き割った。




