最後の舟 8話 リーチェの心
ピンク色の魔法陣。翡翠色の魔法陣。黄色の魔法陣。
魔法陣から、綺麗な光の粒がきらきらと落ちていく。
「ツクヴァル!!!」
────捕まっていたはずのツクヴァルが、今ここにいる。確かに、今ここにいる!!
「なっ……!! 白銀の残光……!!」
アーサードがツクヴァルの姿を見て目を剥く。蹴破られた扉と共に空気が押し込まれ、アーサードの服がばさりと大きくはためいた。
「あ〜〜〜あ」
そして、ツクヴァルがアーサードと私を見てニヤリと笑った。
「テメェ俺のこと良いように使おうとしてあんなところ閉じ込めやがって……ヴィージがいい感じに来たら俺をポイして戦わせる気だったんだろ!」
「何故ここに!!」
アーサードがツクヴァルを強く睨むと、ツクヴァルは笑ったまま……鍵らしきものを取り出してジャラ、と鳴らした。
◇◇◇
「パルヤ…………!?」
パルヤのデケェ声が響いた時、辺りがすげえザワザワし出した。
そのざわめきの中で、他の看守が外の方でヒソヒソ話してんのが聞こえた。
「おい、ヴィージが西方向から来てるらしいぞ……」
「アーサード様、本当に待機の指示で良いのか……?」
パルヤとかローロラの声聞いて、俺が檻ん中で暴れ回って看守にボコボコに殴られてる時だった。
「……おい、今の本当なのか?」
看守が振ってきた警棒をはたいて聞いてみると、そいつは一回舌打ちして、そのまま目を逸らした。
その反応で、多分マジで来てんだってことがわかった。
「……おいッ!! 今すぐ出せよテメェらァ!!」
もっかい檻を思いっきり蹴ると、看守の野郎が「静かにしろ!!」とかほざいて、檻の隙間からまた警棒でぶん殴ってきた。
全部ぶっ壊して今すぐ出てぇのに、クソみてえな制御装置が邪魔くさくてなんもできねえ。
「ヒロコが!! 危ねえだろうが!!」
俺が看守に叫ぶと、そいつは顔を顰めてまた警棒を振り上げる。
(クソ、クソ、クソ、こいつらも話が通じねえし、魔法も上手く使えねえ!!)
そろそろマジで限界だった。
(こいつがもっかい腕出してきた時に、へし折って────!!!)
そん時だった。
「おやめなさい!!」
奥の方から女の声が聞こえた。
こっちに近づいてくる足音に、看守が振り上げてた警棒を一旦下ろしてそっちを見る。
メイドっぽい金髪の女が歩いてきた。
その女が看守らをじっと見る。さっきまでクソほどぶん殴ってイラつくことばっか言ってた看守が黙った。
んで、次は俺の檻の前に来た。
「……おい、誰だテメェ────」
「白銀の残光……いや、ツクヴァルさん。お願いがあります」
俺が言い終わる前に、そいつが鍵を出してきた。
そんでその鍵で檻を開けると、看守らがザワザワ騒ぎ出した。
「リーチェ様!? アーサード様からは出すなと指示が……!!」
「ここの責任は私が全て負います!!」
ザワついてた看守らの声がピタッと止んだ。
「今では使用人ですが……私もかつて、ヨシヒトやアーサードと共にいた仲間です!! ギルドメンバーです!!」
檻を開けたあと、次は俺の魔法装置にパスワードみてえなのを打ち込んで……それまで解除してきた。
「今のアーサードが本当に正しいと思う者だけが私を捕まえなさい!! 相手をしましょう!!」
リーチェって女が俺の腕を引っ張ってくる。
俺の腕を掴んだ手が、なんつうか、震えてるように見えた。
「……お前」
俺がその女に話しかけようとすると、そいつは顔をぐしゃぐしゃにして、急に頭を下げてきた。
「はっ!? なんだよ!?」
「ツクヴァルさん、先程申した通りお願いがあるのです」
頭を下げたまま言ってきた。
看守の奴らは、それを見てビビったような顔はしてたけど……止めはしてなかった。
「ヴィージがこのままでは侵攻してきます。ですが、今はまだ、非領有地……誰も権利を所有していない土地にいます。そのうちゲルヴィ領内へ入り、この城にまで攻め込んでくるでしょう」
顔を上げねえまま、震える手でメイド服のスカートをぎゅっと掴んでる。
「そうなったら、我が国は確実に戦争になります……!! ですから、本来は死んだことになっている白銀の残光が、出撃し……彼らを止めてはくれないでしょうか!!」
牢屋ん中が、一瞬静まり返った。
誰もなんも言わねえ。
その中で、リーチェってやつの震えた声だけがまた聞こえた。
「国軍が行くよりは、衝突が少なく済むでしょう……!! 死んだことになっている人間を利用するなんて、卑怯で、くだらなくて、最低で……!! プライドを捨てて考えた末の、苦肉の策ですが!!」
リーチェが俺の顔を見た。
「それでも!!!」
「私の心が!! 最善を尽くすべきだと感じているのです!!」
看守らが顔を見合わせた。
けど、誰もリーチェを捕まえようとはしなかった。
さっきまで俺をぶん殴ってた奴まで、警棒を握ったまま黙り込んでる。
リーチェはそんな奴らを見ることもなく、ずっと俺を見てた。
震えてんのに、目だけは逸らしていなかった。
「…………」
一旦看守の野郎を一発ぶん殴ろうかと思ったけど、やめた。
「大剣貸せ」
俺が手ぇ横に出すと、リーチェが看守に大剣を持ってくるよう命令した。
看守の一人が奥へ走っていく。
「言っとくけどな、俺は国の事情とかマジで知らねーぞ。まあけどよ……」
戻ってきた看守から大剣を受け取って、リーチェが俺に渡してきた。
「ヒロコたちが危ねえし、あいつ戦争とかマジで嫌がるだろうし。さっさと行くか」
「それに俺も……あんなクソダリィこととか、もうやりたくねーしな」
◇◇◇
「クソッ!! リーチェが渡したとは……!!」
アーサードが爪を噛む。次の瞬間、私の方へ駆け寄ってきた。
アーサードが私の腕を掴もうとした瞬間────ツクヴァルが即座に割り込んできて、私を引き寄せる。そして、アーサードを突き飛ばす!!
「ツクヴァル!!!」
「ヒロコ、怪我ねーか!!」
私たちは、そのまま抱き合った。
じわ、と目から涙が滲んだのを感じた。
(リーチェさん)
リーチェさんが、ツクヴァルを出してくれた。
────あの人は、そう判断してくれた。
それだけで、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
「ツクヴァル、大変なの!! ヴィージが……!!」
「知ってる。あのリーチェって女に聞いたからな」
ツクヴァルが大剣を構え直す。
突き飛ばされたアーサードが、すごく悔しそうに顔を歪めながら立ち上がろうとするが……当たり所が悪かったのか、上手く立てていない。
私は、次にやりたいことが決まっていた。
「ツクヴァル、もしも止めに行くなら私も行かせて!!」
本当は、私は行かない方が良いのかもしれない。
ヴィージの狙いは多分、私だ。もしもパルヤやローロラさんも解放されているなら、そこで守ってもらった方が良いのかもしれない。
だけど私は、それでも行きたかった。ツクヴァルがヴィージを止めに行くなら、私も一緒にいたかった。
それに、彼らが狙っている〝救世主〟である私が直接話すことにも、何か意味があるんじゃないかと思った。
ツクヴァルが私の顔をじっと見る。
何も言わない。だけど今は、言葉にしなくてもお互いの思っていることが通じているような気がした。
この時間が長く感じた。きっとツクヴァルは私が感じていることがわかっているし、私もツクヴァルが感じている事がわかる。それは私が救世主だからでも、すごい人だからでもない。私たちは、ずっと一緒に話してきたからだ。話してきた積み重ねが、今ここで私たちを強く繋げている。
「ヒロコ」
ツクヴァルが私の手を握って、ドアの方へ歩いた。
「俺たちは一緒だ」
ツクヴァルが言った言葉に、私は頷いた。
「うん」
「ずーーっと、そうだったからね」
私たちは、ヴィージを止めに行く。
これからも平和に、ご飯を食べるために!!




