最後の舟 6話 私は兼々寛子である
◇◇◇
「ヒロコーーーッ!!! ツクヴァルーーーーッ!!!」
私は鎖で繋がれたベッドに座っていた時、窓の外からびり、と震えるくらいの大声が聞こえた。
鎖が私の手を引っ張って、窓の方へと近づけなくても、とにかく私はできるだけ窓の方へと近づいた。
「お前らは、このままだと利用される!! 道を見誤るな!!!!」
その声があんまりにも建物の中に響いていたから、急いでリーチェが部屋の中に入ってきた。そして、私の耳を塞ごうとした。
「聞かないでください!!」
リーチェが必死に私の耳へと手を当てようとする。私はそれを、とにかく力いっぱいに振り払った。リーチェはそれでも何回も私の耳を塞ごうとしたけれど、絶対に私はそれを払い除け続けた。
この声を聞くために。
聞き間違えるはずがない。
この、私の大事な友達の声を聞くために!!
「ヒロコ!!! ツクヴァル!!! 俺は、俺はだな!! お前らが救世主だとか、そうじゃないかだとかは、どうでもいいんだよ!!!」
「おい、こいつを黙らせろ!!」
外で、パルヤが必死に抵抗している声が聞こえる。
窓から外の景色は見えないけど、きっとそこにローロラさんもいる。
私たちに、こうやって語りかけるために。
そこに二人がいる!
「俺はッ!!」
「お前らが大切な友達で!! お前らに、色んなことを救われて!!」
「楽しかったんだよ、ヒロコ!! ツクヴァルーー!!!」
私は今、外の状況については全然詳しくなかった。
だけど、少なくともパルヤはヴィージからの逃亡兵だ。そんな人が、私やツクヴァルのために……王様がいた場所にまで来て、こんなことを叫んで。
相当な勇気が必要だっただろう。
相当な覚悟を、してきただろう。
「……パルヤ」
そうして、パルヤの声が途絶えた。
外は酷く騒がしかった。何人もの人が、バタバタと走り回る音がする。「こいつを牢屋に入れろ!!」と、そんな声も聞こえた。
パルヤの声が途絶えた時、横でリーチェが……真っ青な顔をしながら、爪を噛んでいた。
「なんてことを……!!」
その表情は、恐怖に満ち溢れていた。
「アーサード、作戦があるからと言ってこんな場所に救世主を置いておくから……!! ああ、彼の機嫌を損ねるようなことをするだなんて……!!」
私は、リーチェのその顔を見て不思議に思った。
この人は、話を聞く限りアーサードとは昔からの知り合いだったみたいなのに……何故、今こんなにアーサードのことを怖がっているのだろう。
この人だって、アーサードをこのままにして良いわけがないと分かっているはずなのに、何故こんなにも従おうとしているのだろう。
「…………」
私は思った。
多分、この人にも理由がわからないのかもしれない。
どうして、こんなにもアーサードに従っているのか。
リーチェの感じているようなこととは違うのかもしれないけど、私も自分でも分からない感情に突き動かされることが沢山あった。それが今では、トラウマのせいかもしれないとわかってしまって、自分の本当の意志というものがわからなくなった。
私はそれが凄く、怖かった。
今、リーチェが怖がっているのも、アーサードが怖いからだけではなく……。
自分がなぜ、こんなにも怖がっているのかわからないから、怖がっているのかもしれないと。
予想でしかないけれど、本当になんとなくそう感じた。
(この人は、さっき私に……アーサードのことを、話した)
(そして、前王のことも)
そしてふと、私が今感じていることは……本当に私の意思なのかとも、思った。
わからない。
私は、また、何かに突き動かされているだけなのかもしれない。
(……それでも)
それでも、だ。
『お前らが大切な友達で!! お前らに、色んなことを救われて!!』
『楽しかったんだよ、ヒロコ!! ツクヴァルーー!!!』
パルヤ。
ローロラさん。
そして、ツクヴァル。
私もすごく楽しかった。
そして、これからも楽しみたい。
『みんなに、ご飯を食べてもらうのが楽しかったから……!!』
……ああ、なんだ。私は既にあの時、答えを出していたんだ。
それを、トラウマとか無念とかいう言葉のせいで、自分の答えを信じられなくなってしまっていただけなんだ。
その時の感情を、本物ではない偽物だと定義されるならば、偽物のままで良い。
机に置かれた、パンを食べる。お腹が空かなくても、口に入れる、噛み締める!! そして、次にスープを口に入れる、飲み干す!!
「リーチェさん」
私は、それでも。
「私は、前王のようには……なれません」
それでも!!
「前王のように、アーサードさんを説得できません!!」
今、私がここで感じていること、過去に感じていたこと、それは確かに存在していて、確かに感じ取っていた!!
『せっかく神があなたを遣わしてくださったのですから、役目を果たせば良いのですよ。救世主様』
私は、〝救世主〟ではない。
────私は兼々寛子である。
普通に親から愛されて、普通に友達がいて、普通に……いや、普通よりちょっとだけお嬢様の私立大学に通っていた!!
ただの、兼々寛子であるのだから!!




