第一隻 6話 異音、ファイアベア。この男って何者?
腹の底まで震わせるような低い咆哮が、家の中に響き渡った。
それに合わせてガタガタと地震のように小屋へ衝撃が走って棚の中にある酒瓶が今にも倒れそうになっていた。
天井から細かな埃が落ちてきて次はズシン、ズシンと足音のような重さが外から響いてきた。
「えっあっ、何!? 今のなんですか!?」
「…………」
男は胸ぐらを掴む私の手を軽く払いのけると、ベッドから降りた。そしてそのまましゃがみ込み、ベッドの下へ腕を突っ込む。
「え、な、なにして」
ずるりとそこから引きずり出されたものを見て、言葉が止まった。
大剣だった。
私の腕なんかよりずっと幅のある、馬鹿みたいに大きな剣。
新品みたいに綺麗で、刃こぼれどころか錆ひとつない。
このボロボロの小屋に似合わない物がそこにあった。
「た、立って平気……なの……」
外の異音の恐怖に全身が固まりながらも男の行動を見て話しかけた。
「貧血……暫く休まないと……」
「はあ?」
男がひょいと片手で大剣を持ち上げ、そのまま外の方へ行こうとする。ドアの前へ来たところで怪訝な顔をした。
「食ったから治っただろ」
「そ、そんな早く────」
男の爪の色を見た。
ピンク色だ。
(……さっきまで真っ白だったよね?)
鉄を摂ったからってその場で血が増えるわけじゃない。水分と食事を摂って多少顔色が良くなることはあっても、これはいくらなんでも早すぎる。
が、さっきまで震えていた手も止まっている。
息も随分落ち着いていた。
(それに、こんなにおっきい音してるのに全然動じてない)
(何者なの? この人)
男がジロジロと見られて気まずそうにした後、窓の方を一度ちらりと見た。
「……ありゃ多分ファイアベアだろ」
「ファイアベア?」
復唱してしまった。
「ここにゃ来ねえはずなんだけど……な……」
「?」
次は男が私の方をジロジロと見た。
そして次に捨てられた紙袋を見る。
「お前さ」
「は、はい」
「メシ運ぶ時、紙袋二重とか三重にしたか?」
首を振る。すると少し呆れたようにため息をついてきた。
「だからだな」
「えっ」
「メシの匂い嗅いでくるんだよ、しかもお前女だしな。あいつ、女よく食うからな」
そう話して男がドアを開けて出ようとする。
「ま、待って────!!」
「んだよ、次は」
ギロリと嫌そうな顔を向けた。けれど真っ青になった私の顔と震えている身体を見て、男の表情が少しだけ変わったような気がした。
「わ」
「私のせい、です、よね、来たの」
男がじっと見た。
沈黙があった。
目線を少しキョロキョロさせて、眉をちょっと下げたり上げたりして困ったような顔をしたあと、口を開けた。
「メシ買わせた俺の責任だろ」
まさかそんな言葉をかけられるとは思ってなくて、私も上手く返事ができなかった。
てっきり「お前のせいだぞ」と怒鳴られると思っていた。
実際、私が食べ物の匂いをぶら下げて山を登ってきたせいなのだ。
知らなかったとはいえ、あの獣をここまで連れてきてしまったのは私で。
だけど、
「…………」
男はそれ以上何も言わなかった。
また外からズシンと重たい振動が響き、小屋の戸がガタンと揺れた。
男の表情が変わる。
さっきまでの気まずそうな顔が消えて、鋭い目がまっすぐ扉へ向いた。
「いざとなったら逃げれるように外出とけ」
今度こそ男がドアを開けた。
重そうな大剣を、軽々と持ちながら。




