第一隻 5話 人は食べなきゃ生きていけない
町の端まで来ると、踏み固められていた土の道は少しずつ細くなっていった。
家の数も減っていく。
最後の一軒を通り過ぎた頃には、左右にあるのは石壁でも花壇でもなく、背の高い草と木ばかりだった。
ざく、ざくと足を進める。
「思ったより普通に山……」
さっきはうさぎ男に抱えられて飛んできたけど徒歩だとそれなりに登らなくてはならないようで、汗をダラダラに流しながら山小屋に到着した。
「…………帰って、来ましたよー」
ドアを開ける。
相変わらずうさぎ男が横たわっていた。そして私の方をギロリと見る。
「……逃げてねーのかよ」
「……ご飯買ってくるって言ったんで」
がさ、と紙袋を渡す。うさぎ男が何とか上体を起こしながら中身を見た。そして目を見開き、かぶりつくみたいに食べた。
レバーの串焼きがどんどんと彼の胃の中に入っていく。塩コショウの良い匂いが私の鼻をくすぐってきて、お腹が鳴りそうになった。
(私の分も買ってくれば良かった)
「食った」
ぺろりと舌で口周りを舐めてゴミを横に置いた。
「も、もう!? ゆっくり食べた方がいいですよ!?」
「腹減ってたんだよ」
男は食べ終わってすぐに寝そべり始めた。壁向きに寝転がっており、私に顔を見せないようにしていた。
さっきのことを思い出す。
祈祷師……治療する人からも嫌がられて、来て貰えなかった時のこと。
こんな態度じゃ多分、また体調崩して倒れることになりそうだと思った。
「……今度からはちゃんとしたご飯食べた方がいいですよ、祈祷師の人にも診てもらえないんじゃ自分で体調とかどうにかするしか」
「……メシなんて腹が膨れりゃ一緒───────」
「人は!!」
横向きになっている男の顔を無理やりこちらに向けさせ、睨みつけそうな勢いで言った。
「食べなきゃ、生きていけないんですよ!!」
そこまで言い切った時、男の表情が見えた。
何かを堪えるように男の顔が歪んだ。それでも、どこかバツが悪そうにも見えた。
「……うるせえ」
「えっ」
「うるせえんだよ!!」
男が思い切り紙袋を下に投げて私を睨みつけた。
牙が口元から見える。
「食わなきゃ生きてけない!? 知ってるわ!! けど金ねえ中でどれを、どんなちゃんとしたもの買えと!? やりたくもねえ死体漁りして、少ねぇ小銭で日持ちして膨れそうなもん買って!! 俺がバカだから食ってねえとでも思ったか!?」
叫ぶように怒鳴りつけて、息切れして、そしてまた叫んでいた。
「俺だってこんな傷跡なけりゃ、戦争で負けてなけりゃ、スラムで生まれてなけりゃ!!」
そこまで怒鳴ったあと、男が私の顔を見て静かになった。
俯いていた。
「……悪かった」
そうぽつりと呟いた。
俯いて表情を見せないまま、手でしっしと払うような仕草をしてきた。
「悪かった。色々と、ナイフ向けたのもそうだし脅したのもそうだしクソみてぇな態度とったのもそうだよ」
「…………」
「使わせた金はいつか返す、二度と来んな。ここに」
そこまで言われてまた沈黙が流れた。
そんな中、私が最初に考えていたのは、
(助けて貰っといてなんだこいつ、この態度)
そんなことだった。
そもそもそうだ、こいつが身体まさぐってきたりナイフで脅してきたりしたのが悪い。
おまけにこっちは指輪まで売ったのに食事を渡して説得したら怒鳴り散らしてくる。かなり腹立たしい。倒れた時点で逃げておけばこんなにイラついたり怖くなったりしなかったのに。
最悪の人間だ。
最悪の人間……だけど。
(この人って)
(こういう〝人〟なんだ)
人柄が少しだけ、分かってしまった。
人柄が少し分かってきたらまた分からないことも、疑問も、色んなことが増えてきて……。
それだけのことのはずなのに、もう少しだけ話をしてみようかなとか…………なんとなく、思ってしまった。
「……バツ印って、なんですか」
「あ? なんだ……突然……」
「町の人が言ってたんです、私知らないから」
「……戦争の事情すら知らねえのかよ、お嬢様」
男が吐き捨てるように言った。
その態度になんとなくカチンときて───────男の胸ぐらを掴んだ。
「なっ、テメ」
「バツ印って、なんですか!!!」
対抗するように叫んで聞き直した。
男は目を見開いたまま、私を見ていた。
そして、思い出した。
『ったく俺たちの管轄で好き勝手に漁りやがってあのラヴィ野郎』
『あそこのラヴィは乱暴でちょっと……』
(多分、ラヴィってこの人の名前じゃない。種族の名前なんだ)
だとしたら、この人。
誰かから一度も名前を呼ばれていないことを。
「…………」
「な……んだよ」
胸ぐらを掴んだまま、聞いた。
「あと」
「……貴方の名前って、なんですか」
「…………」
男が黙り、
「俺は」
言いかけた瞬間───────。
外で獣が叫ぶような大きな鳴き声が響き、その衝撃で家が小刻みに揺れた。
そして、響きと共に……
男の表情も、何かのスイッチが入ったように鋭くなった。




