最後の舟 4話 大切な友達
◇◇◇
私は、アーサードと話してからただずっとベットの中に籠っていた。
アーサードの言う通り、私が吐いてしまったものを片付けてくれる人が部屋の中に一人来て、先程からそれを拭く音がしていた。
「……大丈夫ですか? 救世主様」
その片付けてくれている人が声をかけてきたみたいだけど、私は返事はできなかった。
私は全部、思い出した。
私が元々いた場所は、第三次世界大戦により敗戦している。
第三次世界大戦は、急に……本当に急に始まった。いや、急じゃなかったかもしれない。少しずつ少しずつ近付いてくる戦争の足音を聞かないまま放置していたら、それが最終的には辿り着いた。
いつもしていた生活が段々とできなくなって、大学に行っても「勝つためだ」と言って本来の勉強とは関係の無いことばかりやらされて。
最初、配給を受け取って「大丈夫。頑張ろう」と言っていたお父さんは、なにかの紙を受け取った後にいつかから帰ってこなくなって。
そして、負けた。
そうして、ご飯すらちゃんと食べられなくなって、私は死んだ。
(お父さん、お母さん)
二人は今、あの世界で何をしてるんだろうか。
確かに、お父さんは私が生きている間に姿を見せなくなったけど、もしかしたら何とか家に帰れているかもしれない。
お母さんも、私に色々とご飯を譲ってくれたけど、元々逞しい人だったからまだ何とか頑張っているかもしれない。
だけど、私が確かめる術はもうない。
私はあの世界で役目を終えた人間だ。
そうして、たまたまここに来ただけだ。
(もう帰れないって自分でも分かってたから、旅をして人にご飯を食べさせてたの?)
ツクヴァルから言われた言葉を思い出した。
『お前ってなんか、飯食えなくなることに関して……すげえ焦るっていうか、放っとかなくなるよな』
『……いや、なんでもねーわ。とりあえずもうイカれた作戦はやめろ!』
ご飯のことになったら、異様に焦りだして、今思うと信じられないような作戦もやって、暴走して。
(なんかそれって、死者の無念ってやつみたいだね。馬鹿みたい)
結局、アーサードの言う通りなのかもしれない。
私は死んだ時のことに囚われて、衝動的に動いて……あれは私の本当の意思でやったことじゃなかったのかもしれない。
じゃあ、私の本当の意思ってなんなんだろうか。
わからない。自分のやりたいことが自分の意思じゃないかもしれないということが……
こんなに怖いものなんだって、今、初めて知った。
(ツクヴァルのやりたいことって何って、偉そうに聞いてたくせに私のやりたいことはただの執着かもしれないって、私って何様のつもりだったんだろ)
考えがぐるぐるとして、頭の中で止まらなくなった時。
「ヒロコ様」
また、さっき話しかけてきた使用人らしき人の声が聞こえた。
次は「救世主様」ではなく、私の名前を呼んで。
「…………」
私はそこでようやく起き上がることができた。視界がフラフラする中で、その人の顔を初めて見る。
長いメイド用のスカートを履いて、しゃんと背筋が伸びている金髪の女の人……多分、アノトだった。
その顔にはシワが刻まれている。腕は細くて、金色の髪の毛のところどころには白髪が見える。だけどそれでも、背筋はぴんと伸びていて所作が綺麗だった。
「こちらの片付けは終わりましたから、ご安心ください。食事を置いておきますから、私はここで」
「…………いりません、食べる気になりません」
「…………」
そして、その女の人が少し困った顔をした。
お盆にスープとパンと、焼かれてソースが塗られたお肉を持って私の方へと近づいてくる。
それを隣の机に置いたあと、私を見た。
「……アーサードは、元々ああいう方ではなかったんです」
そう、ぼそりとこぼした。
「…………」
「前王……ヨシヒトは、アーサードがよく色々なことに不安がる人間だとは分かっていました。だからこそサポートしていたのですが、最終的にはこうなってしまいましたね……」
言って、またドアの方へと向かった。
「……なんでそれを、私に話したんですか」
「…………何故でしょうか」
その女の人が、部屋を出る前にそう言った。
「ただ、私も思ったのです」
「アーサードを、本当にこのままにして良いのかと」
その女の人の後ろ姿は、少しだけ寂しそうに見えた。
だけど、アーサードのことなんて、私が知ったことではない。そもそも口ぶり的に、ナルミアさんを利用したりこの国で戦争を始めたり、ツクヴァルを処刑しようとしたのも全部、多分あの人が関わっていることだ。
それなら、それを止められなかった前王……前王のヨシヒトさんや、アーサードと知り合いみたいに話すこの女の人の責任でもある。私に話されたって、私はアーサードを可哀想だと思わない。なんなら、私だって今すごく辛いのに同情でもして欲しそうなことを言われてイライラしているまである。
「…………」
だけど。
それでも、この使用人の人は、私にアーサードのことを話した。
(この人は)
(アーサードに、どうなって欲しいんだろう?)
ふと、そう思った。
そして、今度こそ女の人が外へと出ようとしたその時だった。
「リーチェ様、大変です!!!」
外で若い女性の声が聞こえる。その名前に反応して、金髪の使用人の女性がすぐにドアの外に出て、そちらの方へと向かっていく様子が一瞬見えた。
「静かに!! 何があったのです……!?」
私はその内容を絶対に聞いてやると思って、ベッドから立ち上がり鎖で繋がれているギリギリのところまでなるべくドアに近づいた。そして運良く、その使用人の女性は相当慌てていたのか、注意されたにも関わらずその声のトーンのまま話し始めた。
「元ヴィージの兵士だって言っているアノトの男と、それを知って匿っていたというキャッツの女性が王都に出頭しているんです……!!!」
目を見開いた。
私は、それが誰のことだか、すぐに気がついた。




