最後の舟 1話 前王と救世主
◆◆◆
夢を見た。
また、夢を見た。
お父さんとお母さんの夢。
友達の夢。
私がもともといた場所の、夢。
(こんなところで止まってる場合じゃないのに、早く、早く戻らないとダメなのに!)
配給された腐りかけのみかんを持った時、ぐにゅりと柔らかい感触がしたのを覚えている。
(帰らないと、そもそもこんなことしてる場合じゃないのに……あれ? でも、私は旅をやりたくて……)
そのみかんの皮を、剥いて食べた。
(私ってなんで旅をしてるんだっけ?)
◆◆◆
「…………」
目覚めた。
知らない天井が広がっていた。
「……ッ!?」
思わずベッドから起き上がり、辺りを見渡す。
クラクラする頭の中で、最後の記憶を辿っていく。
確か私たちは、ナルミアとオウガに追われて、攻撃されて、それで迎え撃ちをしたけど、結局自爆されてしまって……。
「……ツクヴァル!!!」
そして、ツクヴァルが精霊通信を壊そうとして、爆発に吹き飛ばされた。
「ツクヴァル!! どこ!?」
部屋の中を見渡すけど、姿が無い。
「ツクヴァル……ッ!!」
ベッドから降りて歩こうとした時に、違和感に気がついた。
腕を上げるとじゃら、と金属音が鳴る。その方を見ると、私の片手には鍵付きの鎖が繋がれていた。
「な、なにこれ……」
そもそも、ツクヴァルを探す前に私はここがどこだかわからない。綺麗な部屋でベッドに寝かされてはいたけど、拘束されている。
部屋の中は異様に綺麗で、整っている。だけど、家具は少なくてガラガラの本棚や小さい机、人がひとり分座れるソファがあるくらいだ。窓の方に目を向けると、何本もの鉄格子がはめられていた。
「なんで、私こんな場所に……」
呟いた時、外から足音が聞こえた。
その足音に身構えて少し後ろへと下がると、ノックがされた。
「失礼」
その一言だけ。
銀色の髪の毛を編み込んだ、耳の長い男の人が武装した護衛らしき人を連れて部屋の中へ入ってくる。
そして私の姿をじっと見た後に、周りの人へ「下がれ」とだけ言った。その人達は言う通りに下がって敬礼をした後に、ドアを閉めた。
私はその男の人と二人きりになった。
何も言えなくて硬直していたら、先に向こうが話し出した。
「ようやく見つけました、救世主」
そう言って、私の方へと近づいてきた。
「そう身構えなくても、あなたが恐れるようなことはしません。白銀の残光も無事です」
男の人が、私の前へと立つ。私は逃げ場が無くて、ただベッドに座り込むしかできなかった。
「あの」
ようやく声が出た。
「ここって、どこですか。あとその、救世主、って」
私が聞くと、その男の人が淡々と答えた。
「読めたでしょう、前王のサインを。ニホンゴというらしいですね」
頭の整理が追いつかない。
前王が救世主と呼ばれていたとは聞いていたけど、日本語?
前王の人も、私と同じように日本からここに来てしまったということ?
『今から四十年前、血統によって王が決められていた体制は、市民の意志によって崩れました。代わりに……深い知恵があり、思いやりがあり、どのような人々とも対話し救いをもたらす〝救世主〟が、王となったのです』
前に話したハルパト教司祭……サルザさんの言葉を思い出す。
「申し遅れました。私は軍政長官のアーサードといいます。こちらは前王が使っていた部屋です」
汗が滲む。心臓がどくどくと鳴っている。
(軍政長官……やっぱり、国の人なんだ)
男の人は私の表情を伺ったあと、ゆっくりとまた説明を続けた。
「混乱していると思いますが、単刀直入に言いましょう。今、国は混乱に陥っています」
男の人はさっきから静かに、丁寧に説明をしようと話しているように見えたけど、それが何故か不気味だった。
「四年です。四年も王が決まらないまま、救世主が現れないままこの国は運営されてきました。その間、国をなんとか動かしているのはこの私です」
「…………」
「ですが、困ったことに前王が……前王の妻が、〝意志石〟と王権継承証を封印してしまったのですよ。前王の残した暗号を使って」
アーサードを名乗る男は、本当に困ったように大きくため息をついて項垂れた。
「そのせいで、早く国民を安心させてやりたいのに、思うように国を動かせない状態なんです。貴方がいなければ、その封印を解けません」
「……あの」
私が恐る恐る聞くと、アーサードは項垂れた頭を上げて私を見た。
「思うように、動かせないって? それと、その、意志石って?」
アーサードがその質問に対して、少し考えるような仕草をした後に、こう答えた。
「意志石というのは、国民の意志を反映する魔力です」
「国民の……意志ですか?」
「はい、昔は一年に二度、国民が意志石のかけらに想いを込めて反映所に集めていましたが……。そんなことをしていては、手間もかかりキリがないでしょう。ですから、国で全て預かり国民の意志を見ながら運営することになったのです」
アーサードはそれを懐かしそうな瞳で語った。だけど、その懐かしさには……あまり良い感情が含まれていないように見えた。
「国民は、いつまたヴィージが襲ってくるか不安でしょうがないと思うのです」
真っ直ぐに私を見た。
「ですから、私が安心させてやらねばなりません。貴方様の知恵を借りながら、このアーサードがヴィージという脅威を取り除いてみせます」
そう言いながら、ひとつの紙を出してきた。
私はその紙を見て、目を見開いた。
「こちらが暗号です。救世主、どうか次なる王となり力を────」
「…………できません」
言った途端、アーサードの表情が変わった。
びり、と空気が張り詰める。
「何故?」
アーサードが目を見開き、低い声で私に尋ねてくる。
怖い。怖いけど、それでも言い返すべきだと思った。
「……無理なものは、無理です」
「説明になっておりません。なにか不満があるのならば、何なりと仰ってください。私たちも、次期王となる貴方へ敬意を────」
「あなた、私を利用してまたヴィージと戦争をしたいだけですよね?」
その瞬間、また一気に空気が冷たくなった。
アーサードが私へと詰め寄るように近づいてきた。
「私が間違ったことをしていると?」
「そもそも、その、戦争で沢山人が死んで、沢山人が飢えたんですよね!? それなのにまたやるつもりなんですか!?」
前王が残した暗号の紙を握る。ここから一刻も早く帰りたい。だけど鎖がしっかりと腕に繋がれていて、ベッドから外へと行くことができない。
アーサードの落ち着いていた表情が、段々と私を睨むようなものに変わっていった。
「じゃあ貴方はヴィージが攻めてくるのを待てと言うのですか!? とんだ偽善者ですね!! これは国防ですよ、必要なことなんです!!」
「いっ……!!」
掴まれた腕が痛い。それでも、私はそれが正しいとは思えなかった。
だけど、ここで「あなたは正しくない」と言っても、どれだけ正当性があるかそうじゃないかの言い合いになるだけだ。
「……国民のために戦争をするんですか?」
「ええ、そうですよ!!」
「じゃあなんで、貴方たちはツクヴァルが差別されていても黙っていたんですか!? バツ印のせいで負けたって言われたのも放置して、自分たちに責任が向かないようにしただけですよね!!」
だからこそ、私は正しさという土台に立たないことにした。
代わりに、事実を突きつける。そうすることを選んだ。
アーサードが私の腕をさらに強く掴んだ。
「あの素行不良のことです、元々そうやって扱われるのが正しかったんじゃないでしょうか!? 育ちが悪い癖に偉そうにするからですよ!!」
「答えになっていませんよね!! そもそもあなた、国民のため国民のためって言ってるくせに、みんなが困っていることをずっと無視してるじゃないですか!!」
掴まれた腕からだんだんアザが滲んでくる。それが痛くて、少し涙が出てくる。
だけど、絶対にここで引きたくなかった。
「スラム街の人達は、マフィアの人に怯えて全然上手く生活できていなかった!! スラム街の人達だけじゃないです、町の人だって、治安帯の人達に理不尽なことをされて困っていた!!」
「ぐ……っ!!」
「それを四年も放置したのはあなたたちですよね!? 知らなかったわけがないと思います!! それに、戦争の時に人が死ぬのを見て傷ついた人だっていたんですよ!!」
ローロラさんのことを思い出す。
本当は自分に怒っていたんだと言って、泣いていたあの日。
「それにヴィージが脅威って言ってますけど、最初に戦争を始めたのはこの国なんですよね!! それに巻き込まれて、苦しんだ人だっていました!!」
パルヤのことを思い出す。
ツノをつけて隠れて生活している自分がバカみたいだって言っていた、あの日。
「────あなたは!!!」
そして、この紙。
「自分が不安だから!! ヴィージと戦争をして勝ちたいだけなんじゃないですか!?」
書かれているのは、暗号なんかじゃない。
単純な文章だった。
【見誤るな。騙されるな。】
【次は、誰も戦わないように。】
────そして、私がそこまで言った時、アーサードが私の頬を思い切り引っぱたいた。




