第七隻 最終話 永遠にともに
◇◇◇
『ヒロコ、マジで迎え撃ちにするつもりか?』
作戦やる前、俺がヒロコに聞いたらすげーキョトンとした顔をしてきた。
『うん、やるよ。だってこのまま逃げても、どちらにせよそのうち捕まっちゃうでしょ?』
いつも通り話しながら歩いている。夜の土を踏んで、木についた真っ赤な実を見て『食べれんのかなぁ』とか言って。
けど、俺としちゃ、やっぱ言いてえこともあった。
『ヒロコ』
ヒロコが洞窟に向かいながら俺の方を振り向いた。
『なに?』
『お前だけギリギリまで逃がすこともできんぞ。俺なら』
ヒロコの足が止まった。
俺の方を振り向いたまま、また顔を見てきた。
ヒロコの顔をよく見ると、汗が滲んでた。まあ、あんなやべえやつらとこれから戦うかもしんねえってなってるから正直緊張してんだろうなと思った。
ヒロコは黙って俺の話を聞こうとした。続きを言えって目で見てくるから、俺も話した。
『お前がパルヤとかローロラんところまで逃げて、俺がその間にアイツら相手にしてぶん殴ることもできるぞ。どうする』
言い終わった直後に、ヒロコが俺に返事してきた。
『やらないよ』
もうちょい悩むかと思ったら、即答してきた。
『ツクヴァル、確かに私も一回隣町に逃げて立て直すのはアリかなって思ったけど……そしたら次は、そっちの町の人達に怖い思いもさせるかも』
『…………』
『それに、私たちが一番やりたいことがまだできてないから』
ヒロコが、目を細めて遠くの方を見た。
『ナルミアって人が支配しているスラム街、その人たちと話せていないし……ご飯も作れていない』
ヒロコがまた、歩き始めた。
『だから迎え撃つよ、ツクヴァル』
『私たちのやりたいことをやるために、一緒に旅をするために』
◇◇◇
轟音が私たちの前で響く。
左、上、下。ナルミアを中心にして周りで一斉に爆発が発生した。
「がはっ……!!」
爆発の衝撃で、ナルミアの身体が吹き飛ぶ。地面を何度も転がり、壁際まで弾き飛ばされて、オウガが倒れている近くに落ちて……ようやく止まった。
土煙が晴れる。
ナルミアが口から血を流して倒れている。服もボロボロで、身体中が傷だらけになっていた。
……あれで死んでいないのも、なかなか凄いけれど。
「ナル……ミア、さん……」
オウガがそれを見て、這いつくばりながらナルミアへ近付く。ツクヴァルがそれに対して一瞬、剣を向けたが……。
「…………」
一度黙って、眉間に皺を寄せたあとに、刃先を少し下ろした。
「まあ、お前から魔力は感じねえしもう戦えねえか。けど変なことしたら斬るからな」
ツクヴァルがオウガを見て言う。そして、剣は持ちつつもオウガがナルミアの近くに寄っていくのを止めなかった。
「ナルミア」
ナルミアがツクヴァルに名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げた。
「お前、焦ってただろ」
私がナルミアとオウガを見ると、二人はただ黙ってツクヴァルを見ていた。
ナルミアは相変わらず感情を見せず、オウガはさっき見せた悔しそうな顔よりも……落ち着いた表情をしていた。
ツクヴァルがまた、話し始める。
「お前があそこで白銀使ったって思い込んだの、前ならやんなかったと思うぞ」
「……そうかな?」
ツクヴァルの腕からじわ、と血が滲む。大剣で攻撃を受け止める代わりに自分の腕を使ったようで、彼もかなり消耗していた。
「…………お前は相変わらずクソみてえに冷てえやつだと思ってたけど」
ツクヴァルがオウガを指す。
「そいつがやられたの、思ったより響いてただろ。お前」
そして、ナルミアがまた目を見開いた。
「……ぷふっ」
「んだよ」
「あははっ、いや。白銀の残光、君がそんなふうに言うやつだったっけなって思って」
ナルミアが笑った。
ツクヴァルがそれを見て、大きくため息をついた。
「……なんで国から頼み事された? なんで大人しく従ってんだ?」
「…………」
ナルミアが、目を細めた。
「なんでかと言われると、なんでだろうね?」
「…………」
「ああ、けどそうだね。せっかく死ぬ前だし、教えてあげるよ。この勝負には〝私たち〟が勝っているしね」
「……あぁ?」
そして、次はツクヴァルが思い切り顔を顰めた。
私も、疑問だった。
ナルミアはボロボロで動けそうにない、オウガも魔力を使い切っていると言われている。
どう見ても私たちの勝ちだ。少なくとも、この人たちに勝機というものは見えなかったけど────。
彼女の一言で、全てがひっくり返った。
「……詠唱だけじゃなくてダンジョンの暗号まで解けていたから、薄々察していたけどね。見つけたよ、《《救世主》》」
「素質あるものにしか読めない文字……前王のサインを読めたんだからね」
ナルミアが、私を見た。
そして、一枚の紙を取り出した。
【アキジマ ヨシヒト】
「────ッ!!」
しまった。
やられた。
完全に、やられた。
『私には全て日本語に見えるが、みんなが見られる掲示板に貼ってあったのに、彼が読めなかったということは恐らくゲルヴィ語だろう』
私は、文字が。
全て、日本語にしか見えない。だからこそ、だからこその弱点があった。
そしてツクヴァルは文字が読めない。彼にとって読めない文字は全て「癖のある文字」にしか見えない。だからこそ、気が付かなかった。失敗した、失敗した、失敗した!!!
そして何よりも、いちばん失敗したのは。
「救世……主……」
────私が、この世界に来たイレギュラーな存在であることの自覚が、薄くなっていたことだ!!
ツクヴァルの表情も大きく変わった。
あの時、ハルパト教の司祭の話を聞いていたからか、事の重大さをその瞬間に理解していた。
「テメェ、それが目的で────!!!」
「言ったでしょ、私たちの勝ちって」
そして、ナルミアが。
精霊通信を取り出して私たちに見せた。
「国に今情報を送っているよ。だから私たちの役割は終わり、あとは好きにやるだけ」
精霊通信の光がチャージされていくのを見て────ツクヴァルが大剣を持って走り出す!!
「テメェ!! 今それをぶっ壊して────」
だけど、それは悪手だ!!!
「ツクヴァルッ!! だめ!!!」
精霊通信の光。そのすぐ横に、一枚の紙が見えた。
ツクヴァルをすぐに追いかける!!
「自爆用の札がある!!!」
【心臓部分爆発】
文字を読んだ瞬間、全身から血の気が引いた。
心臓、心臓部分爆発。
────ナルミア自身を中心に、爆発させるつもりだ!!
だけどツクヴァルはもう、ナルミアのすぐ近くまで走っている。このままじゃ、巻き込まれる!!
「オウガ」
ナルミアの声が聞こえた。
「約束通りだね。生まれも何も選べなかった私たちだけど、死に方は選べた」
「……はい、ナルミアさん」
オウガは笑っていた。
「俺ぁ、もうこれで、全部満足です」
二人が目を瞑った。
そして、静かに唇を合わせていた。
「ツクヴァル!!」
手を伸ばす。
指先が服を掴んだ。
思い切り、とにかく思い切りこっちへ引っ張る。
だけど、遅かった。
────視界が、真っ白になる。
次の瞬間。爆音と熱が、私たちを呑み込んだ。
私とツクヴァルは別方向に吹き飛ばされた。ツクヴァルを掴んでいた私の手が、彼の服から思い切り離れたのを感じて、そうわかった。
耳鳴りがひどい。ツクヴァルの名前を叫びたいけど、自分の声すら聞こえない。
視界が白と黒でちかちかとして、何も見えなかったけれど、私は手を伸ばした。
「────」
だけど、その手は結局何にも届かなくて、何も掴めなくて。
私はそこで意識を失った。
◆◆◆
…………。
争い満ち、人々が己が道を失いし時。
遠き地より、救世の者は降り立つ。
その者、人々と共に立ち、人々と共に選び、
やがて新たなる世を導かん。
そして人々、その者の役目は終えられたと定めし時。
救世の者はその地を離れ、神域へと還らん。
────ハルパト教聖典『救世の章』より。
◆◆◆
【第七隻 完】
【最終隻が旅立つ】




