第七隻 6話 VSナルミア
「てん……めえ……っ」
「沈まれて死なれちゃ困るんだよなぁ、お前らがなんのために国に雇われてるか聞かなきゃいけねーからな!」
ツクヴァルが水の中に沈んだオウガを拾い上げて、もう片腕で抱えた。
オウガは貧血症状が酷いのか抵抗できないようで、ただツクヴァルの腕の中で悔しそうに顔を歪めていた。
「さて、こいつは一旦片付けたし……次はナルミア────」
その時だった。
隠し扉の入り口で轟音が鳴る。
岩の一部が崩れるような音が空間内に響き、私たちはその正体がすぐにわかった、
「……チッ、思ったより早くこられたな」
ナルミアだ。
崩れた入口の向こうから、土煙を押し分けるように人影が現れる。
コツン、コツンと前と同じようにハイヒールの音が響いた。その音がやっぱり恐ろしくて、威厳があって……これからこの人と戦うんだという緊張感が増した。
「やられたか、オウガ」
「……申し訳ありません」
ナルミアは時間をかけて、正確に隠し扉のみを破壊していた。洞窟が崩れないように威力を抑えて、丁寧にやるように。
……少なくとも、オウガという人を見捨てて大きな爆発を起こして埋めたり、私ごと巻き込むことはしないんだと改めて確信した。
「大丈夫。この勝負は私たちが勝てるよ、オウガ」
ナルミアが吸いかけのタバコを、携帯用灰皿に入れた。
そしていくつかの詠唱札を取り出す。
それを見て、オウガが確かにニヤリと笑ったのを見逃さなかった。
「……ツクヴァル、まずいのが来るかも」
「まずいのが?」
ツクヴァルが笑った。
「ナルミア、このオウガってやつは俺ん腕の中にいるぞ? あんまり乱暴にされたくなきゃテメェも……」
その瞬間だった。
ナルミアが、地面を蹴った。
「大人しく交渉して───ッ!?」
詠唱札を片手に、一直線にツクヴァルへと突っ込んでくる!!
「おいテメェ!! こいつ見えてんだろ!!」
「うん見えてるよ」
ナルミアが腕を振る。
詠唱札が飛ぶ!!
「チッ!!」
ツクヴァルが咄嗟にオウガを横へ放り投げる。オウガの身体が地面を転がり、うめき声が聞こえる。だけどその瞬間にはもう、ナルミアがツクヴァルの懐まで入り込んでいた。
大剣を横薙ぎに振るう。ナルミアが身を屈めて思い切りツクヴァルを蹴りあげると同時に、その手から札が離れ、私たちの足元へと落ちる!!
【上方爆発】
だけど私は、詠唱札が読める!!
「ツクヴァル!! 上から来る!!」
「チッ……人質作戦は失敗だな!!」
ツクヴァルが蹴り上げられたところから、さらにピンクの魔法陣を召喚してすぐ逃げようとするが……!!
「……クソ、やべえ!!」
詠唱札が輝く方が早い。その直後、ドンッ!! と真上で爆発が弾ける!!熱風と土煙が空間に立ち込めながら、ツクヴァルが地面へ足をつける!!
「ゲホッ、ゲホッ……!!」
ツクヴァルが私を庇い、熱風を食らう。それでも大剣で斬撃波を作り、なんとか爆風を相殺できたみたいだが……ギリギリだ。
「ツクヴァル……!!」
「その女の子を抱えながらだと戦いにくそうだね、白銀の残光。お前は頑丈だから多少無茶しても良いだろうけど、普通の女の子がいるとなると別だろうからね」
土煙の中で、キラキラした白色の魔法陣がツクヴァルの大剣へと付与される。
ツクヴァルが咳き込みながらも大剣を構え直す。
「白銀で時間を戻したか。相変わらず武器を壊せないのは厄介だけど、君程度にはお似合いの使い方だね」
「へっ、金がかかんねえからな」
土煙から出てきたツクヴァルを、ナルミアはまた見下すような視線で見ていた。
「オウガは知恵を使えばある程度対策できただろうけど、私はどうするつもり? 確かに読めるのは脅威だけど、その子を庇いながらずっと戦うつもり?」
「さあ……なっ!!」
ツクヴァルが地面を蹴る。大剣を振り上げ、ナルミアへと一気に距離を詰める!! ナルミアはそれをまた、蹴りや拳で防御しつつ大剣が地面を叩く寸前に札を放つ!
【右方爆発】
「ツクヴァル、右!!」
「おう!!」
右方向で爆発が発生。
【左方爆発】
「左!!」
左方向で爆発が発生。
右、右、左、上、下、右、ナルミアからの爆発に対処していく。
避けられてはいる。だけど、それだけだ。オウガの時とは違う。私が札を読めても、ナルミアは次の札を出してくる。
ツクヴァルが避けた場所へ、さらに、その次に逃げる場所へ、少しずつ。確実に。私たちの動ける場所が狭くなっていく!!
「ぐっ……!!」
ツクヴァルが地面に手をつける。爆発の炭で、手が黒く汚れる。
(私が読めるから対処できるとは言ったけど、それでもツクヴァルがきつそう……!!)
オウガに目を向ける。幸い、ナルミアもツクヴァルとの攻防に集中しているからか、あっちまでは手が届いていないけど……それでも、早く決着をつけないとまずい。
また三枚、札が飛んできた。
【左方爆発】
【上方爆発】
【アキジマ ヨシヒト】
「左と上!! それから────え?」
思わず言葉が止まった。
「……アキジマ?」
一枚だけ、違う。
爆発の場所じゃない。
(……人の名前? なんでこんな札を? 間違えて出した?)
私が一瞬、言葉に詰まっていると。
「ヒロコ!!」
「っ!! 右に逃げて!!」
考えている場合じゃない、ツクヴァルが右へ跳ぶ!!左と上で、ほとんど同時に爆発が発生する!!
「おいヒロコどーした!!」
「ごめん……ブラフの紙があった、次から気をつける!!」
炭になった詠唱札たちが、次々に地面へと落ちていく。
そして、ナルミアが私の言葉にニヤリと笑った。
「……ブラフ」
そう小さく呟いた後に。
「やっぱり、読めるのは便利だね」
そう話した。
「……?」
空間内に立ち込めた土煙で息が荒くなる。呼吸が上手くできなくなってきた。私は、とにかくここを切り抜ける方法を考えていた。
オウガは私の知恵を使って突破できた。だけどナルミアを相手に、私が活かせるのは〝詠唱札を読める〟という利点くらいだ。
だけど……ナルミアは強い。
ツクヴァルの方が強いのかもしれないけど、ナルミアもかなり強い。しかも、ツクヴァルは私を庇いながら戦わなきゃいけない。
(私が足引っ張ってる、どうする!?)
私は、焦っていた。
ただでさえ庇われているのに、このまま私のせいで決着がつかなかったらどうしようもない。
どうする、どうするとぐるぐると思考している時────。
「……わりぃなヒロコ」
ツクヴァルがボソリと呟いた。
「お前って割と顔に出やすいことあるからな、ちっとこの作戦はギリギリまで黙ってたわ」
私を、見た。
「……ツクヴァル?」
私が名前を呼ぶと、聞いたナルミアが首を傾げる。
「おしゃべりの時間?余裕だね」
「ま、そうかもな?」
「君はあんまり状況がわかって────」
その瞬間だった。
カチリ。
小さな音がした。
「……?」
ナルミアが足元を見る。
土煙の中、地面に散らばっていた黒焦げの紙切れを中心に、時計の針のようなものが浮かび上がっていた。
カチ、カチ、カチ、カチ────と音を立てる。針が、逆に回っていく。
「……え?」
私にも見覚えがあった。
ツクヴァルの大剣が壊れた時。
何度か見たことのある────。
「白銀……?」
白銀の、魔法陣。
ナルミアの顔から、笑みが消えた。
「なんで────」
「……悪口もたまには役立つなぁ?」
ツクヴァルが、ナルミアを見て笑う。
「前いた町でよ、白銀を初級の灰色と間違えたやつがいたんだよな。バカが! って思ってたけどよ……」
「煙ん中じゃ、色なんざ分かんねえよなぁ?」
黒焦げだった紙が白銀の光に包まれ、少しずつ元の形へ戻っていく。一枚、二枚。三枚!!さっきまでナルミア自身が投げて、爆発させていた詠唱札が、今ここで、復元されて光り輝く!!
「その悪口野郎は最強の天才的アイディアだったってことよ」
ツクヴァルが袖で隠していた腕から、どろりと血が滲んでいるのが見えた。
キラキラした白色の魔法陣。
────あれはまさか。
「灰色と、金色……?」
黒が消えていく地面に、わずかにツクヴァルの手形が見えた。
「まさか、こっちはさっき手をつけた時に発動させて────」
ナルミアが大きく目を見開いた。
【左方爆発】
【上方爆発】
【下方爆発】
詠唱札の文字が見える。全部、さっきまで私が読んでいたものだ。
だけど今、その中心にいるのは!!
「ナルミア!! 今度はてめぇが〝主役〟だ!!」
「────ッ!!」
轟音。
────爆発がナルミアの周りで一斉に発生した。




