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第七隻 2話 狙いは……私?

「久しぶり、白銀の残光」


 その女性の顔には、大きなバツ印の火傷跡がついていた。


 長身の身体をまっすぐに伸ばし、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。それだけなのに、周囲の空気がぴんと張りつめ、さっきまで荒れていたこの場所が一瞬で静まり返った。


 倒れていた男たちは這うように身体を起こし、ただ頭を垂れる。


 茶色いスーツの下に覗く軍服のような装いが、彼女の異質さを際立たせている。頭にツノがついているのを見ると、彼女はノトヴァという種族であることがわかった。


 コツン、と小さくヒールの音が鳴り響く。


「君は昔から強いけど、文字を見ると急にパンクし出すから……だからこの戦法が効くかなと思ったけど、厄介な子を連れているね」


「……テメェ」


 ツクヴァルがその顔を見て、はっきりと言った。


「こんなところで何してんだ、ナルミア!!」


 ナルミア。


 その名前を呼ばれた瞬間、女性が小さく笑った。


「覚えていたんだね」


 そう静かに答えたのを見て、ツクヴァルがまた……ナルミアを強く睨んだ。


「同じベルンクス峠の生き残りがこんなところで腐ってるとは思わなかったけどな。戦争に負けて周りからクソみてえなこと言われてヤケになったか?」


「ヤケ? なんでそんなことを思うんだ?」


 ツクヴァルが思い切り顔を歪める。そして、怒鳴りつけた。


「俺と同じバツ印で、お前みてえな生き残りが、くだらねえマフィアなんかやってどうなるかわかってんのか!!」



 私も内心、考えていた。



(……ツクヴァルと同じ、生き残りでバツ印の人。ただでさえ差別もされているのに、マフィアなんかやったら……)



 ツクヴァルの言葉を思い出す。



『国は死んだって発表してるけどな。あそこの戦場で生き残ったって言ったら恥になるとか思ったんじゃねーの?』


 ツクヴァルの知り合いで、しかもベルンクス峠の生き残り。そしてこの圧力を見て……私でも、この人は多分、只者では無いとわかっていた。


 そんな強そうな人が、こんな風にマフィアをやっているなんて知ったら、国も黙っていないんじゃないか。


「ぷふっ」


 思考をぐるぐると巡らせていた時、ナルミアと呼ばれた女性が……小さく、吹き出すように笑った。


「はははっ」


「何がおかしいんだ、てめぇ!!」


「私は国に頼まれて、こういうことをしているんだよ……白銀の残光」


 そして。


 女性が私のことを真っ直ぐに見た。



「妙な人間が、妙な動きをしているから調べろってね……スラムを回っているって、聞いたんだけれど」


 スラムを回っている。


 妙な人間が、妙なことをしている。


 その言葉に、固まってしまった。


「……え」


 その瞬間だった。

 私のすぐ横に、紫色の魔法陣が開いた。


「ヒロコッ!!」


 ツクヴァルの声。


 次の瞬間には、そこに誰かが立っていた。


「────ッ!?」


 いつ近づいてきたのか、まったく見えなかった。


 姿すらも認識できないまま、何かが私めがけて振り下ろされる!!


 だけど、それが私に届くよりも早く────。


「オラァッ!!」


 ガギンッ!! と大きな音が鳴った。ツクヴァルが飛び込んできて、大剣でその者の攻撃を弾き飛ばす!!


「おっとっと!! 捕まえるのは失敗か!!」


 そこでようやく、その正体が見えた。


 白髪の細い男性がそこにいた。


 手元には青い魔法陣が浮かび上がっていて、パルヤみたいに武器を生成している。


 ……だけど、見慣れた青い魔法とはどこか違った。


 生成した銃に纏われている青い光の中に、墨を落としたみたいな黒い淀みが混ざっている。

 そして、その中に生きているみたいな赤い液体が流れ込んでいて……ドクン、ドクンと脈打っている。それがなんとも不気味で、見るだけで上手く言い表せない不安が込み上げてきた。


「ご、ごめんツクヴァル!! ありが────」


「……禁術使いはテメェか」


 ツクヴァルが男を見てそう呟いた。


 私は頭の整理が追いつかないまま、ただみんなの会話を眺めるしかなかった。


「お! すぐに禁術って見破ったのも流石だな白銀の残光さん!」


「部下にも持たせたのか、そのクソみてえな銃」


「そりゃー、弱いやつには強い武器持たせないと! そうじゃないとマトモに戦うことすらできないんだから」


「腐ってやがんな、テメェ」


 ナルミアと白髪の男性が並ぶ。


 一触即発。今この場で、何が起こっても不思議ではなかった。


「白銀の残光」


 ナルミアがタバコを取り出し、火をつけた。


「その子さえ引き渡してくれれば、もうこれ以上面倒なことはしないよ」


 煙を吐いて、ツクヴァルの返答を待っていた。


ツクヴァルの口元に、牙が見えた。


「馬鹿なことほざくなゴミが!! 国の命令だかなんだか知らねえけど、禁術使いまで傍に置いて言うこと聞くだけの犬に成り下がったテメェが気に食わねえんだよ!!」


「じゃ、交渉決裂か。ごめんね」


 ナルミアの足元から、巨大な赤い魔法陣が広がった。地面に散らばっていた札が、一斉に赤く光る。


「ここからは全部、私の射程だから」


「……チッ!!」


 ツクヴァルが私を抱えて思い切り飛び跳ねる。そして次々と迫る爆発をギリギリでかわしていく!!

札にはそれぞれ詠唱が書かれているらしく、記された順に爆発が連鎖していく。


「ツ、ツ、ツクヴァル」


 札に書かれている文字を見る。どこから爆発が来るのか私にはわかる。

 それなのに、恐怖で声が上手く出なかった。


 ツクヴァルが私の顔を見た後に、小さく舌打ちをしてピンク色の魔法陣を何重にも何重にも重ねて、展開した。


「……一旦、下がるぞ!! 今まで通りには戦えねえ!!」


 次の瞬間。


 足元の魔法陣が一斉に光った。そして、身体が勢いよく宙へ飛び出す。


「うわあっ!!」


 背後で爆発音が鳴った。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 ナルミアの赤い魔法陣から逃げるように、ツクヴァルは建物の屋根を次々と蹴っていく。



 私たちは、ナルミアたちに捕まらないところまでただひたすら逃げた。必死に走って、必死に飛んで、ただただひたすらに逃げた。



(紫の魔法陣、赤い魔法陣……)


(あの人たち、上級魔法を使ってた)


 パルヤの言葉を思い出していた。


 紫以上は、努力すれば誰でも使えるような魔法じゃない。

 町の冒険者にはそうそういない、本当に珍しいものだと。


(そんな強い人たちが、国に頼まれて、私を狙っていて)


 スカートの裾を、ぎゅっと掴んだ。

 ……あのツクヴァルが。

 最強とまで呼ばれていたツクヴァルが、撤退を選んだ。


 私はそれだけで逃げている間も恐怖が押し寄せてきて、ただ目を瞑って「追いかけてきませんように」と、祈るだけだった。

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