第六隻 エピローグ ハルパト教の司祭との対話
私たちが旅の途中でひとつの町にたどり着いた時、ツクヴァルが珍しいことを呟いた。
「あ、俺ここ知ってるわ」
赤いレンガ造りの建物が並んで彩られた、少し特徴的な町。道の周りには青い花がたくさん植えられている。
後ろから子供の笑い声が聞こえてきたと思ったら、ホウキに乗って飛んでいる子供二人が横切った。
(まさに魔法! って感じの場所だなぁ)
ツクヴァルは戦争以外では、前にいた町から出たことがない。だから、ほかの町のことには詳しくない。
そんなツクヴァルが、ここを知っているということは……。
「昔の同僚さん関連?」
「おう」
やっぱり、戦場にいた頃のことが関わっているのだ。
ツクヴァルも、かつての同僚がいた町にたどり着くとは思っていなかったらしく、少し目を見開いていた。
そして、ツクヴァルはひとつの写真をカバンから取り出して……それをじっと見つめていた。
「俺」
「あいつの家、知ってるわ」
写真に映っていたのは、ひとつの教会だった。
…………。
写真を頼りに町を歩いていくと、やがて少し大きな教会が見えてきた。
赤いレンガ造りの建物の正面には、大きなステンドグラスがはめ込まれている。青や赤、金色のガラスが太陽の光を受けて、地面に淡い色を落としていた。木で作られたドアの前へ行くと、白い花のマークが刻まれている。
「ツクヴァル、緊張してる?」
ドアをノックしようとしているツクヴァルに対してそう尋ねると、一瞬動きが止まった。
「別に。行きてえって言ったの俺だしな」
「けどなんていうか……いつもより耳がぴょこぴょこ動いてるから」
「…………」
ツクヴァルの耳が垂れた。
やっぱり内心緊張しているのかもしれない。
そうやって話していると、教会の中から足音が聞こえてきた。
「なにか御用でしょうか」
背の高い、初老の男性がドアを開けて私たちに尋ねた。
黒い服を纏っており、その服にも白い花の刺繍が入っている。
耳が長くて目が金色だ。あまり見たことの無い種族だったから、私は一瞬言葉に詰まってしまった。
ツクヴァルがゆっくりと口を開いた。
「……俺はピョルナの元同僚だ」
「ベルンクス峠の生き残りだ」
ツクヴァルがそう話した瞬間、初老の男性は目を見開いた。
「……良ければ、中へ」
そして、教会の中へ案内された。
重たい扉をくぐると、外よりも少しひんやりとした空気が肌に触れた。
高い天井の下には長い木製の椅子が何列も並び、その先には白い花が飾られた祭壇がある。
壁にはいくつものステンドグラスがはめ込まれていて、赤や青の光が床の上にまだらに輝いている。
(なんというか、ローロラさんの施療室もこんな感じの雰囲気だった気がする)
思わず辺りを見回していると、初老の男性は礼拝堂の奥へと歩いていく。
「こちらへ。どうぞおかけください」
案内された部屋の中には小さな丸い机と、それを囲むように四脚の椅子が置かれていた。
壁際には古い本が何冊か並んだ棚と、白い花を生けた小さな花瓶がある。
「き、綺麗な場所ですね」
「ありがとうございます。ここは来客用の部屋なので、どうぞごゆっくり」
ツクヴァルは珍しく何も言わず、椅子へ腰を下ろした。
そして、初老の男性をじっと見た。
「ピョルナの家族か?」
「はい、父です。サルザと申します。こちらで司祭をしております」
男性が静かに答えた。
お手伝いさんがクッキーと紅茶を置いて退室していく。初老の男性は、クッキーを食べる前に……人差し指と中指を二本立て、それを自分の目前でゆっくり横切らせた。
(あ、これって)
ツクヴァルが食事の前にやっている作法だ、と思い出す。
『昔教わったんだよ、軍いた時によ。同僚だったやつが食う前はこうしろって言うからやってる』
その同僚さんは、この教会で育った人だったんだと理解した。
「あいつからその指ピッてやるやつ教わったぞ」
「そうでしたか」
「教わったから俺もやってる。宗教とかマジで知らねえけどな」
「ふふ……ありがとうございます。ハルパト教の作法なんですよ、これは」
ハルパト教。
本を読んでいる時に少し見たことある気がするが、あまり詳しくない。
「わ、私も実はあまり詳しくなくて……」
「構いませんよ。教会に来てくださることが嬉しいですから」
「す、すみませんありがとうございます……。やっぱり、ここに来るのは信者の方が多いんですか?」
「そうですね。ですが最近は……前王が処刑されてからは、不安が募ってここに来る方が多くなりました」
前王の処刑。
その言葉を聞いて、ヒヤッとした。
「しょ、処刑……」
「あーー……わりぃな。こいつ、実は色々記憶喪失なってるやつなんだよ。だから俺たちが知ってるようなことも、知らねーというか……」
「ふむ? それは大変だったでしょう。お気になさらず」
処刑、という言葉を聞いて私が狼狽えているのに気がついたのか、サルザさんは目を細めながら説明してくれた。
「今から四十年前、血統によって王が決められていた体制は、市民の意志によって崩れました。代わりに……深い知恵があり、思いやりがあり、どのような人々とも対話し救いをもたらす〝救世主〟が、王となったのです」
「きゅ、救世主?」
「ハルパト教聖典はやはり正しかったのだと、市民は口を揃えて話すようになりました」
その聖典の一部を、見せてもらう。
「《争い満ち、人々が己が道を失いし時。遠き地より、救世の者は降り立つ。その者、人々と共に立ち、人々と共に選び……やがて新たなる世を導かん》」
私が読みあげている横で、ツクヴァルはあくびをしていた。
「《そして人々、その者の役目は終えられたと定めし時……救世の者はその地を離れ、神域へと還らん。》その、前王の人はここに書いてある救世主だったってことですか?」
サルザさんが、頷いた。
「そう信じられていました」
「け、けど、王様は処刑されちゃって────」
「《神域へと還らん。》王は、戦争に敗北した責任を取り……役目を果たしたのだと、市民は信じています」
またその言葉に、背筋が寒くなった。
負けて役割を終えたから、死んで責任を取る?
それが正しい?
「…………」
複雑な感情が強く渦巻いた。
私が黙ってスカートの裾を握ると、サルザさんがそれを見て、小さく息をついた。
「正しさを疑いますか?」
そう言われ、私は即答してしまった。
「おかしいと思います」
サルザさんはここの、ハルパト教の司祭だ。
それなのに言い返すのは良くないんじゃないかとも思った。
内心、どう返答が来るかドキドキしていると……サルザさんが、予想外のことを言った。
「はい、私もおかしいと思います」
そう、真っ直ぐに。
「…………」
「司祭なのに、聖典を疑って良いのかと思ったでしょう?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「私は聖典を疑っていません。ですが、人々の心が決定したものが、常に良い方向へと導くわけではないと思っています」
サルザさんがまた私たちをじっと見た。
言い表しにくいけれど、サルザさんは不思議な人だと思った。落ち着いていて、 ゆったりとした寛容さがあって、それでいて厳かな表情をしていた。
サルザさんの口元が、小さく上がった。
「死ぬことが、全ての責任を取ることだとは思っていません。そして、神域へと還ることだとは思っていません。私は、そう解釈しております」
「…………」
「戦争に敗北したことで、多くの市民は、死ぬことが〝還る〟ことなのだと解釈しました。ですが、私はそうではないというだけです」
「……だけど、ここに来る信者の方の中には、あなたとは違う解釈の方もいるのではないですか?」
「はい、もちろんいます。ですが」
サルザさんが、紅茶を飲んだ。
そして、息をついた。
「神の意志は、私ごときには分かりません。ですから、私とは違う解釈の者たちを〝正そう〟とは思いません。ただ、対話していくだけです」
そしてツクヴァルが、サルザさんを見た。
「……俺は神とか知らねえよ。つーか、信じてねえし神がいるんなら俺をクソみてえなスラムに落とさなかったと思うしな」
「そう思う方もいるでしょう」
「けどよ」
ツクヴァルも紅茶を飲んだ。
そして、クッキーに手をつける前に、同じように……指を二本立てて、横切らせた。
「お前とピョルナは、個人的に気に入ってた。そんくれえだな」
「…………」
サルザさんが笑う。
少し寂しそうにも見えたが、ツクヴァルの言葉に対して嬉しそうでもあった。
「ええ、私も。あなたをここへ導いてくださった神に感謝をしております」
「へん」
私たちは、そうやって不思議な時間を過ごした。
あとがき
私、七福アカリにはいわゆる〝カルト〟の被害にあった身内がいます。その身内によって、子供の頃の私はたくさんの辛い思いをしてきました。
そして今、私には宗教を信仰する友人がいます。知り合いがいます。
七福アカリは神を信じておりません。ですが、科学が全てを暴いて証明しているとも思っていません。人の命や世の中は、不思議なことばかりです。
栄養学という科学を信じている私、そして宗教という信仰を大切にしている友人。私たちは両立し、対等であり、そして手を繋いでいけています。
ですから、宗教というものを蔑ろにしたくないという思いが、常々あります。
そして、私と同じように宗教被害に遭ったものたちへ、沢山の傷を負った者たちへ。その傷が癒えることを強く、強く願っています。




