第六隻 最終話 生きていく力
◇◇◇
「あーこいつが最近うろついてるギルドのやつだっけ?」
「今日役場にもなんか言ってて面倒そうだったからなー」
「……ッ!!」
誰かに肩を掴まれて動けない。
抵抗しようとしたけど、口をハンカチで覆われてうまく力が入らない。薬みたいな臭いがする。
その時に、ツクヴァルとスラムの人の言葉を思い出した。
(まさか、あの人達が言っていたトゥルソンって……)
スラム街は半グレかマフィアが支配している。
そいつらが私を邪魔だと思って捕まえるとしたら、かなりまずい状況だ。
「こいつどうする? これ以上余計なこと言われたら面倒だぞ」
「見せしめに殺して置いとくってのもアリだな」
首筋にナイフの刃を当てられる。ひんやりとした感触にぞっとして、恐怖で目を瞑った。
(私が突っ走ったせいでこんなことになっちゃった)
ツクヴァルの顔が、目の奥に浮かんだ。
(ごめんツクヴァル。ごめん、スラムのみんな……!!)
ぎゅっと身体に力を入れた、その瞬間だった。
「わりー、話してたら遅れたわ」
────ドンッ!!
その声とともに地面が揺れた。
「あ? 誰だ───」
私の首に触れていた刃が、ほんの一瞬だけ離れる。そして、目を開けるより先に、ツクヴァルの斬撃波が凄まじい勢いで男の身体にぶつかる!!
「ぐぁッ!?」
肩を掴んでいた腕が離れた。次の瞬間、私の身体がぐっと引き寄せられる。
「よっ」
「……ツクヴァル!!」
「で、遅くなって悪かったけど一人で行くなって言っただろーが!!」
そして引き寄せられたままぎゅむ、と頬をつねられる。
聞き慣れた怒鳴り声だ。
また、ツクヴァルに助けられてしまった。
「ご、ごへん……」
「ったく、来なかったら死んでたぞマジで!」
頬をつねられながら怒られる。薬でぼんやりとした意識の中で、後ろの方から声が聞こえた。
「チッ!! 仲間が来ちまったか!!」
「……!! ツクヴァル、後ろにもいる!!」
加勢だ。いや、元から隠れていたのかもしれない。
ツクヴァルが小さく舌打ちをして、私を片手で支えながら後ろへ大剣を振ろうとした時。
ガァン!! と、後ろの方でまた何かがぶつかる音が響いた。同時に、仲間らしき男の呻き声が聞こえる。
「ヒロコちゃん!!!」
そして、また聞き慣れた声が聞こえた。
スラム街の、キャッツの男の人だ。
「そいつらはこっちでやる!!」
そのすぐ後ろから、もう一人駆け寄ってくる。
「ツクヴァルさん!! アタシの方にヒロコちゃん任せてください!!」
一番最初にご飯を食べさせた、ラヴィの子供のお母さんだった。
「んじゃ預かっててもらうぞ!!」
「みなさん……!!」
「ほらヒロコちゃん、これ飲んで……!」
ポーションを口に含まされ、ぼんやりとしていた視界が少しずつはっきりしていく。
他の人たちもどんどん集まってきて、棍棒やパイプを手に応戦し始める。
「この汚ねえスラムのクソが!! 弱いくせに調子乗んなよ!!」
「黙れ!! 俺は元々冒険者だ舐めんなよ!!」
キャッツの男の人が足元にピンク色の魔法陣を展開し、勢いよく跳ねる。そのまま次々と半グレたちを倒していく。その隙にノトヴァの女性が男たちを縄で拘束し、他の人たちも倒れた男を次々と押さえつけていく。
みんなが、力を合わせている。
そして、青い炎が揺らめくのが見えた。
ツクヴァルの炎だ。
「なーんだお前ら結構やるじゃねえか!!」
ツクヴァルがニヤリと笑い、思い切り踏み込んだ。
青い炎が半円を描いて爆ぜ、正面にいた男たちをまとめて飲み込む。衝撃と熱風が一気に駆け抜け、男たちの身体が地面から浮く!!
「これならッ!!」
「俺らがいなくても!! なんとかなりそーだなぁ!!」
半グレたちがまとめて後方へと吹き飛んでいく。
青い炎が通り抜けた跡が、地面に長く残っていた。
焼け焦げた土の上で、まだ小さな青い火がぱちぱちと揺れている。
「…………」
全員倒した。
ツクヴァルだけで倒したんじゃない。
みんなで、倒した。
さっきまで怒鳴り声と足音でいっぱいだったこの場所に、一瞬だけ静けさが落ちた。
「……よっしゃああああ!!」
そして、沈黙の後に……キャッツの男性が最初に歓声を上げた。
「ツクヴァルさんに手伝ってもらったけど、俺たちでも倒せたぞ!!」
「また場所代って言って無駄なお金取られそうになっても、今度は抵抗できそう……!!」
「アタシらだってなんもできない訳じゃないんだよーー!!」
みんなが喜びに満ちた声で言い合う。
地面に落ちていた最後の青い炎が、静かに消えていく。
歓声の中で、ツクヴァルが私のところへ歩いてくる。そして、私と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「お前一人で色々やんなくてもどうにかなりそうだぞ」
「……うん」
頷く。
そして、しばらく喜び合っていたスラム街の人たちが私とツクヴァルを見た。
少し申し訳なさそうな顔をしたあとに、笑った。
「ヒロコちゃん、ツクヴァルくん」
「俺たちはもう大丈夫です。ですから、次の旅に行ってください。役場にも、自分たちで言いに行きますから」
私はその言葉を聞いて熱いものが込み上げてきて、それを飲み込み涙を堪えた。
「……皆さん、大丈夫なんですね」
「大丈夫じゃないこともあると思いますけど、大丈夫です。やってみます」
キャッツの男の人が笑いながら言うと、他の人たちも「頑張ってみるよ!」とか「また遊びに来いよー!」と声をかけてきた。
「……うん、わかりました」
ツクヴァルに支えられて立ち上がる。
そして、私たちは歩いていく。
今度は役場ではなく、宿の方へと。
……私たちはそうして、この町から出ていくことになった。次の町へと、また旅をしていくことになった。
そこでもまた、色んなことがあった。何かを諦めているスラムの人達と話したり、ちょっとだけ喧嘩になったり、逆にすんなり上手くいったり。
それでも、やっぱり感じたことは同じだ。
(みんな、一生懸命に生きている)
生きている。食べている。
知らない料理や知らない人、知らないものを沢山見て、私たちは旅を続けていく。
…………旅は、全て順調だった。
本当に順調すぎたのだ。
そして私たちはこれから、大きな脅威にぶつかり、乗り越えていくことになる。
私が〝ここに来た理由〟が、一気に牙を剥いたみたいに。
【第六隻 完】
【第七隻目が旅立つ】




