第六隻 5話 旅は順調!……のはずなのに?
ここのスラム街に来てご飯を作るようになってから、一週間が経った。
「あ、ヒロコちゃん! こんにちは!」
「ツクヴァルさーん! この間は害獣追っ払ってくれてありがとー!」
私たちはこの前助けたラヴィの子から「お母さんにも食べさせたい」と言われ、家に案内された。子供ほどではないけれど、頬は痩せていて起き上がるのも辛そうだったからやはり見過ごせなかった。
『こちら良かったら食べてください!』
討伐の報奨金もあるし、魔獣の肉を使って食費をコストカットしているお陰で、できるだけ安い値段でお母さんにご飯を食べさせることができた。
『ありがとうございます、ありがとうございます……! これだけしか払えなくてごめんなさい……!』
『さっきも言った通り魔獣のお肉を使ってるんです。だから安くても問題ないですし、材料費分はしっかり貰ってますから気にしないでください!』
『あの魔獣をこんなに美味しくできるなんて……。貴方たちは本当にすごい人ですよ! ありがとうございます、ありがとうございます……!!』
何回も何回も頭を下げてお礼を言われて、ご飯も褒められて私もツクヴァルも凄く嬉しかった。
私たちが立てた目標の「スラムの人達にも食べさせる」を早速もっとやろうということで、スラム街で移動販売をしながら安くご飯を提供していくようになった。
私たちは同じようにすごく感謝された。ツクヴァルも、バツ印だなんだと言われずにスラム街の人達から関わってもらえているからか居心地が良さそうだった。
順調だ。全てが順調だ。
ツクヴァルのやりたいことができて、私のやりたいこともできている。お互いに満足している。
順調のはず、なのだが。
「こんにちはアミラさん! 体調はどうですか?」
「最近本当に動きやすくってね……! 仕事をしても疲れにくいよ! ご飯のおかげだね!」
「おー、それなら良かったんじゃねえの」
「本当にありがとうね! ……ところでヒロコちゃんとツクヴァルくんはどこに行くんだい?」
「あ、私たちはこれからちょっと役場に行こうとしてて! 報奨金の手続きを────」
「ああ、なんだ良かった! ここから出ていくわけじゃないんだね!」
たまに、何かが引っかかることがあった。
「あ、あはは……〝まだ〟出ないですよ!」
「あんたらが居なくなったら、またみんな腹を空かせるからねぇ……これからもよろしく頼むね!」
「…………」
ツクヴァルが顔を少し顰めながら腕を組んでいた。
その人と別れて、私とツクヴァルが役場へと歩いて向かっている途中だった。
「なあ」
「あのさ」
お互いに声が被る。「先にいいよ」「いや、お前が先言えよ」「いやただの雑談だから」みたいなやり取りをしてまた少し静かになったあと、ツクヴァルの方から切り出してきた。
「……上手くいってるけど、なんか違くねーか?」
「…………」
思わず苦笑いしてしまった。
私も、ツクヴァルと同じことを言おうとしていたからだ。
「うん、なんか……私たちがいないとダメになってきてるよね?」
確かにここのスラムの人達は、ツクヴァルや私に感謝しているからか凄く優しい。コミュニケーションも上手くいっている。
だけど、さっきのようなことを言われることが増えてきたのだ。
貴方たちが頼りだ、貴方たちがいないと腹を空かせる、貴方たちがいなくなったら……と。
私たちはやりたいことをやっている。
私は希望通り元の町から出て外で食事を振る舞えているし、ツクヴァルも希望通りにスラムの人達を助けられている。
だけどそれは〝旅をしながら〟という前提での話だ。
「俺たちがいなくなったらまた元通りになるぞあいつら」
「そ……それはあんま、良くない気がするんだけど!」
「はあ……どうすっかな……」
「そしたらさ、今からちょうど役場に行くしこのこと相談しようよ! 公的な場所ならそういう支援に繋げてくれるかも……!」
そんな訳で、役場の人にも事情を説明しに行ったのだが……。
「あー! 貴方たちが最近スラムの人達に食べさせてくれているギルドだったんですね!」
「そ、そうなんです。けど、私たちだけを頼りにするのは良くないなって────」
「も〜〜役場のみんなも助かった! って話しているんです! あそこ、食料が上手く回っていなかったみたいなので!」
「あ、あはは……そうなんですね?」
「貴方たちがそういう所に気を回してくれているお陰で、我々も仕事が円滑に進んでいます!」
なんか、話が噛み合わない。
背丈の高いノトヴァの女性がニコニコしながら金貨の入った袋を机に置いた。
「ではこちら魔獣討伐の報奨金です!」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ! また何かあればどうぞ、本当にいつも助かっていますので! …………スラムには面倒な人たちもいますからねぇ」
役場の女性が最後にぼそりと呟いた言葉に対して反応しようとしたが、次に並んでいた冒険者の人達がもう既に手続きを始めてしまっていた。
「…………」
「あいつら完全に俺ら頼りになっちまったな」
気まずい空気の中、私とツクヴァルが宿屋へと帰る。
「……あのさツクヴァル」
「なんだ」
「私、やっぱりこのままじゃ良くないと思う」
ツクヴァルが私の言葉に対して、少しの間黙った。
そして、「そうだな」と返事をした。
「……俺もそう思ってるよ」
「うん、だからさ……私、スラムの人達に改めて話そうと思う」
「…………」
私がそう話すと、うさぎ耳がぴくりと動いて反応した。そしてツクヴァルが何かを話そうと口を開いたそのタイミングで、「おーい!」とスラムの人が私たちを呼ぶ声が聞こえた。
「ツクヴァルさん! ヒロコさん! 今から休むのかい!」
「あ、は、はい。そうでして」
「良かったらさ、俺らのところに来て酒でも飲まないか? いつも通り食事を用意してくれてる間に、倉庫にある酒取ってくるからさ! あんたらは特別だよ!」
「……いつも通り」
ツクヴァルがぼそりと呟く。
そうだ、いつも通りなら私たちはここで食事を作って、みんなで食べて話したり遊んだりしていた。
「あ、ツクヴァルくんたちがなんか話してる」
「もしかしてあとで酒でも飲むのかい!」
私たちが話しているのを見て他の人も同じように集まってくる。私たちの名前を呼んで、慕ってくれて、感謝してくれて、差別しないでくれて。
日が少しずつ沈んでくる。
夕焼けが空に赤く広がった。
明るさと暗さ、両方存在するような景色が広がる。赤い光が地面にも反射している。
スラム街の人達を見た。
私はこの人達のことが好きだ。
ご飯を褒めてくれたこの人達に、感謝もしている。
だけど……。
「あの」
「皆さんはご飯とか仕事に困っていることを役場の人に話さないんですか?」
この人達が好きだとしても、この問題は別だ。
言ってしまった。
そして、空気が一気に冷えたみたいにスラムの人達が静かになる。ぴり、と張り詰めたような雰囲気が広がった。
「…………」
スラムの人たちが顔を見合わせる。
そして。
「────言って何になるんだ?」
最初に聞こえた返事は、この言葉だった。




