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第六隻 4話 自己救済

「ツクヴァルッ!!」


 ぼた、とツクヴァルの腕から血が落ちた。


 暗く湿った空気の漂う路地裏。石造りのボロボロの建物がひしめくスラム街だ。


 私とツクヴァルはそこで、一匹のベビードラゴンと対峙していた。


 ……今から三十分ほど前。


 私たちは既に町から出て数十キロ離れた場所まで来ていた。事の始まりは、その道中でいつものように依頼を請け負ったことだった。


 討伐対象はベビードラゴンを選んだ。ツクヴァルはいつものように「まあやりゃできるだろ」と言いながら、軽く大剣を持って討伐場所へと向かった。


 だが、ここから事件が起きた。


「クソッ、こいつ大して強くねえけどすばしっこいな!!」


 討伐対象のベビードラゴンは、町から外れた場所にあるスラム街にいたのだ。被害が大きくならないように立ち回っているせいで、なかなかいつものようにすぐに討伐ができない。


「どこかに誘い込む!?」


「そうすっか!! ヒロコは一旦俺の腕ん中に来い!!」


 ガキィン!! とツクヴァルがベビードラゴンの大きな爪を弾く。そして、私を抱えながらピンク色の魔法陣を出して人通りの少ないところまで飛ぼうとした瞬間。


「!!」


 ツクヴァルがそこで何かを見つけた。


「……ツクヴァル?」


「……おい、ここで待ってろ」


「ツクヴァル、どこに───」


 ツクヴァルが私の前に大きなピンク色の魔法陣を召喚してバリア代わりにする。そして、私が聞き終わる前にまたもや跳躍して大通りの方へと飛ぶ!!


 そこにいたのは……ベビードラゴンに狙われそうになっているうさぎ耳の子供だった。


「おい!! テメェそこにいたら死ぬぞ!!」


 子供は驚いて動けないらしく、立ち尽くしたままだ。


「……チッ!!」


 ツクヴァルが子供の方へと走る。そして抱えたが────。


「ッぐ!!!」


「ツクヴァルッ!!!」


 斬撃の音が響いた。ベビードラゴンの爪が、子供を庇ったツクヴァルの腕を斬り裂いた。


 ツクヴァルが子供を片手で抱いたまま大剣を構え直した。


「テメェ……さっさと終わらせてやるからな!!」


 ツクヴァルの顔に青筋が浮かぶ。そして、青い魔法陣が大剣に何重にも重なって大きな炎へと変化していく。


「燃えろ!!!」


 ベビードラゴンの周囲に金色の魔法陣が張られ、その動きが拘束された。そして、そのまま炎の斬撃がベビードラゴンの体表を焼き尽くしていく!!


 ベビードラゴンが大きな悲鳴を上げる。


 討伐が、終わった。

 少しぼうっとした様子のツクヴァルに駆け寄る。


「ツクヴァル!! 大丈夫!?」


「俺はポーション使えばこんぐれーすぐ治る。……けどこのガキ、なんかぐったりしてんぞ」


 ツクヴァルに抱えられた子供を見る。

 確かに顔が少し青白い。それに痩せている。


 しばらくまともに食べられていないように見えた。


 ツクヴァルはその痩せこけた子供を、抱えながらじっと見つめていた。


「……ツクヴァル、この子のこと気になる?」


 私が尋ねると、ツクヴァルが一瞬ピタリと止まった。


「まあ、そうかも」


 そして、そう答えた。


「…………」


 うさぎ耳の子供を見る。ツクヴァルと同じ、ラヴィの子だ。

 ラヴィの子がぐったりとした様子で、私たちを見る。そして子供とツクヴァルの目が合った時、ツクヴァルが話し始めた。


「なあ────」


 ツクヴァルのお願いごとに、少し目を見開いてしまった。


 だけど、その表情はすごく真剣だったから。


「わかった、いいよ。やろう!」


 私は即答して、準備を始めた。


 目の前のベビードラゴンを見た。


「私は準備してるから、ツクヴァルはベビードラゴンの解体をお願い!」


 役場には後からでも申請できる。

 まずはツクヴァルの要望を聞くのがいちばんだと思った。

◇◇◇


 ベビードラゴンを討伐してる時、狙われてるガキを見て最初に思ったのは。


(邪魔くせえなあ)


 そういうことだった。


 ガキは嫌いだ。こういう時にマジで邪魔くせえし、すぐ死にかけてうぜえし、汚ねえし。


 だから俺はガキを避けて生きてきた。なるべく関わんねーように、スラムをふらついてる時も見ねえようにしていた。


 それなのに。


「おい!! テメェそこにいたら死ぬぞ!!」


 なんかわかんねーけど、気がついたらそうやって叫んでた。


 ガキを抱えてベビードラゴンの攻撃を受け止めた。ヒロコが俺の怪我を見てビビった声を出した。


 けど俺は、それよりも頭から離れねーことがあった。


(あ、こいつ俺みてーだな)


 俺より肌は白いし、髪の毛も白い。目は青色で、身なりは全く似てねーラヴィのガキ。


 だけどそいつを見てると、ふっと何かの残像みてえなのがチラついた。


 髪が白くて褐色の、腹空かせて死にかけてるガキ。


 昔の俺だった。


「…………」


 昔の俺が死にかけてるように見えた。

 だからさっさと終わらせなきゃなんねーなって、何故か、思った。


「燃えろ!!!」


 まあ俺が魔法使って大剣を振りゃベビードラゴンはさっさとやられた。


 炎がバチバチと音を立てながら、ベビードラゴンを包んでいく。


 その炎の中にも、また何かが見えた。


 俺のことを売ろうとしたクソ野郎。

 ガキの俺のことをぶっ殺しかけた魔獣。

 俺から金盗んだクソババア。


「…………」


 戦っててこんなん見えるのは初めてだった。


(なーんで今更こんなもん思い出すんだよ)


 そして、次はヒロコの顔が浮かんだ。


(…………あいつが俺のこと色々聞いてきたからか?)


 そこまで考えていたら、ヒロコが声をかけてきた。


「ツクヴァル!! 大丈夫!?」


 急に現実に戻ったみてーな感覚になった。燃える炎はただの炎になっていて、ガキはただのガキになっていた。


「俺はポーション使えばこんぐれーすぐ治る。……けどこのガキ、なんかぐったりしてんぞ」


 そこでまた、俺は自分の言葉を思い出した。


『……お前の飯とか、こう、町のやつだけじゃなくてスラムのやつにも食わせるとか……ありじゃねえの……』


「…………」


 ガキを見た。


 まあやっぱり弱くて死にそうで、情けないやつだった。


 そんで、まあ、ちょっと考えがまとまった。


「なあ」


 ヒロコに言った。


「金必要なら俺が払うからこいつ一回食わせていいか?」


 死体漁りして、金持ってそうな女脅して指輪盗もうとした俺がガキに飯奢るなんざ、笑えてくるけど。


(俺もガキん頃にこうやって言ってくれる大人がいりゃな)


 俺ってずっと、あんなことよりこういうことがしたかったのかもしんねーって。


 なんとなく、そう感じた。


◇◇◇◇


「お昼と夜にも分けてちょっとずつ食べようね! 急に食べちゃうと、胃に良くないから……」


 食事を作り終えてラヴィの子に少しずつご飯を食べさせていく。よっぽどお腹が空いていたみたいで、がっついて食べそうになるのを軽く止めながらも、私はスプーンを持って口に運んでいた。


「一気に食うとよくねえやつなのか」


「うん、そうやって教わったことがあるから……」


【TIPS! 長期的な低栄養状態の患者に急速な栄養補給を行うと、リフィーディング症候群を起こすことがあるよ! 血管から細胞内に糖や電解質が投与されることで、糖質の代謝の際に多くのリンが必要となり、低リン血症を起こす現象のことです!】


「ツクヴァル、この子を助けてくれてありがとう!」


「……まあ、助けられそうだったしな」


「でもツクヴァルも怪我に気を付けてね!」


 包帯を巻いた腕を見る。ローロラさんが持たせてくれたポーションのお陰で治癒は早そうだ。


 そして、ご飯を食べ進めた子供が顔を上げた。


 ツクヴァルに目を向けた。


「んあ? なんだよ」


「…………」


 ツクヴァルが腕を組みながら子供を見る。

 そして、子供が小さく口を動かした。


「ありが、と」


 呟くようにそう言った。


 ツクヴァルが目を見開いた。


「…………」


「ありがとうだってさ、ツクヴァル!」


 ツクヴァルは少しの間黙っていた。そして、また口をへの字にして子供と目を合わせた。


「……おう、どういたしまして?」


「…………」


 思わず笑顔が漏れてしまい私がツクヴァルの背中をぽん、と押すと「なんだよ」と照れくさそうに返事をされた。そして、気恥しそうに顔を逸らした。


(なんか、本当に色々良かったなぁ)


 ツクヴァルも内心嬉しいんじゃないだろうかと思った。少し照れくさそうな顔が、うまく表情を作れないみたいにモニョモニョと動いていた。


「…………」


 子供がじっと器を見る。


 それから、小さな手で器を指差した。


「これ……」


「うん?」


「おかあさんにも、たべさせたい」


「…………」


 手が止まった。


「お母さん?」


 子供がこくりと頷く。


「おかあさんも、おなかすいてる」


「…………」


 思わずツクヴァルを見る。


 ツクヴァルも子供を見ていた。


「母親どこいんだ?」


「……あっち」


 子供が細い腕で、路地の奥を指差した。

 私とツクヴァルは顔を見合わせる。

 そして、笑った。


「行こっかツクヴァル、私たちのやりたいことをやろう!」


「おう」


 ツクヴァルがまた子供を抱えた。石造りの建物の間を抜けて、さらに薄暗い場所へと移動していく。


 その間、私は聞こえてしまった。


「母ちゃん好きか?」


「うん、すき」


 ツクヴァルが子供とそんな会話を交わしていたことを。そして、次に呟いた言葉を。


「へえ、そこら辺は俺と違ってよかったな」


 そう、ぼそりと言っていた。


「…………」


 私は黙って足を進める。

 ツクヴァルも子供を抱えて進んでいく。


 私たちはこうして、子供のお母さんだけではなく……ここのスラム街の人達に食事を振る舞う準備をし始めた。



 そして、私たちはこの時は気が付かなかったのだ。

 大きな善意が、逆に物事を停滞させてしまうこともあるってことを。

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