第六隻 3話 旅立ちの日に
「〝ツクヴァルと一緒に〟全部、やりたいです!!!」
言い切った。
全て言い切った。
一気に話したせいで息が切れる。ぜえぜえ、と疲れた呼吸が胸から漏れているのを感じた。
「…………」
ツクヴァルは、しばらく私のことをじっと見ていた。
静かに、ただ真っ直ぐに。
赤い瞳に少し影がかかって、真剣な表情をしていた。ツクヴァルは、時々こういう顔をするなと、ふと思った。
私がツクヴァルに「代わりに文字を読む」と言った時。もしかしたらパルヤはヴィージからの逃亡兵かもしれないと話した時。
ツクヴァルはそういう時、何かを深く、深く考えているような顔をした。
そう、彼なりに……物事に対して、しっかりと判断をしようとしていた。
「…………まあ」
ツクヴァルが口を開いた。
「お前がただの記憶喪失じゃないってのは、何となく察してたけどな」
口を尖らせ、そう話した。
「あっ……やっぱバレてた?」
「記憶喪失って言ってる割に昔から作ってるクッキーのレシピ覚えてるとか言ってたしな」
自分の発言を思い出す。
『レシピ見なくても分量なんとなく頭入ってるんだよね! 昔っから作ってたからさ!』
「……あ」
「言ってただろ」
確かに、言っていた。普通に自白みたいなことをしていた。
「言ってたかも……」
「まあけど、その割にゃ知らねーことも多すぎるし半分嘘ってのも本当だろ」
ツクヴァルが椅子にもたれる。
ぎし、と音が響いた。
「……俺と一緒にやりたい、か」
ぼそりと、小さな声で呟く。
「う」
「うん」
私は頷いた。
だけどやっぱり心の奥底では思っていた。
楽しさが分からない、外に出ることが乗り気じゃないと言っている人に対して「それでも一緒に楽しみたい」なんて言うのは、私の酷いワガママじゃないかって。
だけど、それでも。
ツクヴァルが本音を話してくれたのであれば、私も話すべきだと。そう思ったのだ。
「……今のは全部私の意見だから、そのうえでツクヴァルがやっぱり出たくないって言ったら」
「…………」
「その時はその時で、また一緒に話そう。お互いの着地点を」
私がそこまで言う。
「ははっ」
ツクヴァルが笑った。
「お前、なんかやべえしすげえな」
笑ったまま、そう答えた。
「やりてーこととかそんな考えたことねーよ俺。なんかやりてえって人に言ったこともねーし、だからなんか……」
「羨ましいなってなったわ」
ツクヴァルがまた、私の顔をじっと見た。
「…………」
そして、何かを考えていた。
『あー! 君、お母さん死んじゃったの? あの人結構良かったんだけどなー!』
『君、お母さん似で結構可愛いね! 男だけど、まあそういうのが好きな人もいるし……』
『だけど、明日の飯はどうすっかな。
飯を食わねえと、死ぬからな。』
「……ツクヴァル?」
「……外出んなら」
ツクヴァルが目を細めながら、不器用に話した。
「……お前の飯とか、こう、町のやつだけじゃなくてスラムのやつにも食わせるとか……ありじゃねえの……」
「…………」
ツクヴァルが、自分の希望を言った。
やりたいことを言った。
「わ、私のご飯にそんなこと思っててくれたの!」
「まあ……うめーしな……」
そして気恥ずかしそうにふい、と目を逸らした。
「やろう!!」
「ちょっ、おい」
「やろう!! ツクヴァル!! それも一緒にやろう!!」
思わずツクヴァルの手を取ってぶんぶんと上下に振ってしまった。両手をとって一緒に踊るみたいに、部屋の中をぐるぐると回る。
「ツクヴァルのやりたいことも! 私のやりたいことも! ぜーんぶ全部やれたらいいからね! あはははっ!」
「…………」
「どう!? それなら楽しそう!?」
「いつ行く」
「すぐにでも!!」
ツクヴァルはしばらく私の手を握ったまま一緒に部屋の中でぐるぐるとしていた。
少し赤くなった耳をぺたんと垂らして。
ツクヴァルが私の手を握る力が少し強くなった。私たちは、しばらく一緒に手を握って笑っていた。
私たちの小さな小屋をダンス会場みたいにしながら。
…………。
「こことここの山は獣が出やすい……そんで、ここは魔獣が出やすいから気をつけろよ」
「ありがとうパルヤ!」
当日。
私たちは沢山の荷物をリュックに入れて背負いながら、パルヤやローロラさんに見送ってもらっていた。
町から出るための門の前に、私たちは集まっている。
「ツクヴァルにいくつかポーションを持たせてるから、怪我とかした時にちゃんと使うのよ……」
「ローロラさんも、本当に色々とありがとうございます!」
ローロラさんが眉を下げて少し寂しそうにしながら言う。
「僕たちといつでも精霊通信で繋がれるようにしたから、定期的に連絡しろよ」
「うん、絶対また連絡するよ!」
「まー話し相手は多い方がいいからな」
ツクヴァルが頭をかく。
「……寂しくなるわね」
ローロラさんがまた少し涙ぐみながら言う。
思えば、ここまで本当に沢山のことがあった。
私のやったことが空回って、すごく傷ついた時。
パルヤとあの山でグランボアを倒した時。
ローロラさんと施療室で話した時。
……みんなが治安隊の酷さに声を上げてくれた時。
門の前で町を見渡す。
最終的にこの町の景色も好きになってしまったな、と今では思う。
確かに、色んなことに傷つけられたし色んなことに怒った。
クッキーを捨てた人がいるってことに関しては、今でも普通に怒っているし。捨てたやつに関しては痛い目に遭え! と思っているところもある。
……だけど、それでも。
「まあ、なんやかんや愛着が湧いたかな」
ムカつきも、温かさもある不思議な愛着。
私たちは最後まで、〝よそ者〟のままだった。
だけど。
「よし、じゃあそろそろ行こっかツクヴァル!」
「そーだな、お前らもまあ元気にやっとけよ!」
私とツクヴァルがパルヤ達に手を振った、その時。
「……また来いよ!」
どこかから、小さな声が聞こえた。
町の人の声。
「一本道を通るなら途中でサンドイッチ売ってるよ」
「気をつけろよー!」
門を出る前に、通りすがった町の人たちがぽつり、ぽつりと声をかけてきた。
私とツクヴァルが目を見開いて顔を合わせる。
そして、ニッと笑って
天に向かってサムズアップした。
「了解っ!」
さようなら憎たらしくも愛しい町よ。
きっとまた、みんなに会える日まで。




