第六隻 2話 私たちの本音
「ツクヴァルと、ツクヴァルのことを話したいです!!!」
私がスープの鍋から手を離してそう叫ぶと、ツクヴァルが大きく目を見開いた。
「俺の話?」
キョトンとしていた。
「別に、面白いことを話せるもんでも────」
「面白いから話すとか、つまらないけど話すとかじゃない……気がしてる!」
ツクヴァルの目を見る。
「ご飯食べながら、話そう!」
今日の朝ごはんは、コーンスープとアッシュコッコの卵を乗せたトーストだ。
スープを器によそいトーストと一緒に並べる。向かい合って腰を下ろすと、焼けたパンの香ばしさがふわりと鼻をくすぐった。
トーストをひと口かじる。さくっと良い音が口の中で響いて、黄身のまろやかな味が舌に広がった。パンに塗ったケチャップの甘酸っぱさに、コショウに似たスパイスが効いている。
「おいしい! 卵は奮発しました!」
「おう、いつも通りうめーぞ」
ツクヴァルがパンを食べ進める。そして半分くらい齧ったところで、私の顔を見た。
「…………俺の話」
ボソリと呟いた。
「何話すんだ? それって」
「…………」
上手く言えないけれど。
ツクヴァルの表情は、私があの時「外に出たい」と話した時と、同じような表情をしていた。
自分のことなのに、自分のことじゃないみたいに考えているような、少しぼうっとした目。
「……えっと、そうだね。例えば、昔の話とか……?」
「んー、まあ普通にスラムに生まれて、そこそこやれたから傭兵なって。んで国から雇われて戦争行くようになって、負けて帰ってきた」
全てサラリと話された。
「そ、そうだったんだ……最初から兵士だった訳じゃなくて、途中から国に雇われてたんだね」
「まあそんな感じだな」
ツクヴァルが次はスープに口をつける。「あちっ」と声を漏らして舌を出していた。
「えーと、そうだね。他は……昔からずっとここにいるの?」
「そーだな。こっから出ることは別になかったな」
「そうなんだ……」
「おう」
なんだかぎこちない会話が続く。
(な)
(なんか違う気がする!!)
いや、多分合っているのだ。合っているけど、なんだか私の聞きたいことがまだ聞けていないような、そんな感じ。
(もっと、もっと本質的なこと)
ツクヴァルの顔を見直した。
あむあむとパンを食べ続けている。
そもそも、私がツクヴァルのことを聞こうと思ったのはなんでだっけ?
(……なんか、ツクヴァルって私に合わせてくれてばっかりだからだ)
そうだ、そこだ。それが気になったのだ。
ツクヴァルが唯一、「こうしたい」と何か要望したのはパルヤを山で待ち伏せすることになった時くらいだ。
だけどその時も、ツクヴァルは最初に自分のやりたいことを言わずに、まず私に対して「気になるか?」と確認をとっていた。
頭の中でぐるぐると考える。
多分ここでまた外に本当は出たくないよね? と聞いたら、「そんなことねえよ」って言われるだろうし。
ここまで、私はいろんなことを「やりたい」って言ってきた。ツクヴァルはそれに合わせてくれてきた。だけど、多分今後はそれだけじゃダメで────。
「……あ」
声が漏れた。
気がついた。
ツクヴァルがスープを口に運ぶ手を止めて、私の方を見た。
「どーした?」
「あのさ、ツクヴァル」
聞きたいことが、決まった。
「ツクヴァル自身は、これから何がやりたい?」
私がその質問を投げかけた瞬間、またツクヴァルの目が大きく見開かれた。
私はご飯を食べ進める。スープに口をつける。食べながらも、ツクヴァルの返事を待ち続けていた。
そして、出てきた答えは。
「……あんまねえな」
それだけだった。
「……あのさ、ツクヴァル」
だけど、それだけで終わりにするのはなんか違うと思った。
「私、今まで私が『やりたい!』って言ったことに、ツクヴァルが色々協力してくれてすごく感謝してるんだ」
「お前に合わせてると楽だしな」
「けど私、ツクヴァルのやりたいこと聞けてないって思ったの」
「…………」
「だからツクヴァル、やりたいことがないなら、良かったら一緒に考えない? 私────」
「それってそんなに必要か?」
ツクヴァルが遮るように言った。
私の顔をまっすぐに見た。
……少し耳が垂れていた。
「俺さ」
ツクヴァルが口を開く。
「正直に言うとよ、外に出てえって気持ちもそんなにわかんねえんだよな。ここにいる方が楽だろ?」
「…………」
「けどお前がやりてえんならやるつもりだし。ただ俺は、わざわざそうしなきゃいけねー理由がわかんねーってことだ」
ツクヴァルが自嘲気味に笑った。
「それに……。まあとりあえず、だから別に俺のことは────」
「続けて」
ツクヴァルに対して、私はそう言った。
「続けて、ツクヴァル。聞きたい、話して欲しい」
ツクヴァルの瞳が少し揺れた。
そして、頭をかいてまた言葉をゆっくりと続けた。
「……俺、戦争以外でこっからあんま出たことねーからな。出ても別にたのしかねーだろうし」
「うん」
「そもそもよ、戦争終わったのにそこそこ楽しそうに暮らしてるやつ見るとイラつくんだよな。んで俺より弱い奴ら見てもイラつく」
ツクヴァルの声が低くなる。
それでも私はツクヴァルを見て。
「うん」
そうやって返事をし続けた。
「性格わりぃだろ? 俺」
そこまで話して、ツクヴァルがやっと私の目を見た。
「そもそも俺って、人見るとイラつくタイプなんだよ」
「だから山いたんだよな。あんま人来なくて、楽だしよ」
へらりと笑ってそこまで話すと、ツクヴァルは静かになった。
気まずそうに目を逸らす。
そしてため息をつき、「余計なこと言ったわ」と呟いた。
「……まあけど、気にされんのも嫌なんだよこういうの。俺はお前に合わせ────」
「ツクヴァル、私実は記憶喪失って言ってたの半分嘘です」
切り出した。
つい、切り出してしまった。
ツクヴァルの耳がピン、と伸びた。
「……い、今の話を聞いて、もしかしたら私が無理に外に連れ出すのって間違ってるのかもって思ったりもしたんですけど!」
「……俺は気にしないって」
「はい!! 気にしないって言われたので、遠慮なく外に出たいって騒ぎまーーす!!」
私の答えはこれだ。
ツクヴァルが本音で話してくれた。言ったら私が遠慮するだろうと思って黙っていたことも、私が「話して」と言ったから全部話してくれた。そのうえで、気にするなと言ってくれた。
ならば、私も本音で話す。
ここから話せることを、ぶちまける。
「そ、その、詳しく説明できない部分も沢山あるんだけど、記憶喪失は半分くらい嘘で! ここにどうやって来たのか覚えてないから半分嘘ってことなんだけど!」
「……おう」
「それで、私!! ここに来る前は食事のことについて勉強していたから、ご飯を褒められて「夢が叶うかも」とか思ってしまいました!!」
「夢?」
「はい!! 私には「いつかご飯屋さんができたらいいなぁ」っていうぼんやりとした夢がありました!!」
ツクヴァルが私の言葉を聞き続ける。
黙ってはいたけど、続きを待つように。次はなんだと、表情が語っていた。
私はもう全部、話すことに決めた。
ここで遠慮して、ツクヴァルの気持ちに配慮するだけなのは……。
上手く言えないけど、平等じゃないかもと感じたのだ。
「ツクヴァル!! 私は色々なことを聞いた上でやっぱり、外に出たいでーす!! 何故なら、ツクヴァルと一緒に出られるなら楽しそうだって思ったからです!!」
私は外を旅することを想像する時、必ずその想像の景色の中にツクヴァルの姿があったことに気がついた。
ここまで一緒に過ごしてきて、ツクヴァルは色んな表情ができることを知った。そして、どんな人間であるかを前よりも知った。
知らない人と話して怪訝な顔してる姿とか、ちょっと不器用に「これ美味いですよ」とか言って宣伝する姿とか、何かしらのことが上手くいって得意げな顔をする姿とか、そういうものがすごく想像できるようになっていた。
そうか、私は。
「だからもう全部私のワガママ!! 叶うなら、ツクヴァルと一緒に外に出て、ツクヴァルも一緒に楽しんで!!」
「〝ツクヴァルと一緒に〟全部、やりたいです!!!」
何よりも、ツクヴァルと旅をしてみたら楽しそうって思っていたんだ。
改めて全て話して、今、そのことがわかった。




