第六隻 1話 ツクヴァルの夢
◇◇◇
ガキの時に母ちゃんが死んだ。
起きたらハエがたかってて、冷たかったから死んでんだなってわかった。
結構な数の男を相手にしてたし、まあすげえ疲れて死んだんだろうなって考えてた。
『あー! 君、お母さん死んじゃったの? あの人結構良かったんだけどなー!』
酒飲んでぶん殴ってくるような女だったし、まあ死んでも別に良いかと思っていた。
だけど、明日の飯はどうすっかな。
飯を食わねえと、死ぬからな。
『君、お母さん似で結構可愛いね! 男だけど、まあそういうのが好きな人もいるし……』
スラムっつうのはちいせえところだと半グレが、でけえところだとマフィアがだいたい支配している。だから、俺が戦争行ってる間に頭が悪ぃ半グレ共を「自警団になってくれた」って持ち上げて喜ぶ町の奴らを見て、こいつらすっげえ馬鹿なんだなって思ってたな。
で、俺はこの後どうしたかって?
このクソボケの顔面の形が変わるまでボコボコにぶん殴るところから全部始まった。
こん時に、俺って意外と強いんだなってわかった。強けりゃ大体のことは解決するし、奪われなくて済むし。ならそれでいいなと思った。
こっからはそのまま、バカの半グレから金盗んでは汚ねえ仕事を受けるのを繰り返して、そこそこ有名な傭兵になった。
『君がツクヴァルくんかな? 白い髪の毛のラヴィだと聞いたんだけれど』
国のお偉いさんが俺ん所に来た。
『そうだけど』
俺の髪の毛はこの時、白かった。
『うちで良ければ使われてくれ。報酬は存分に出すよ』
これで俺は、傭兵から普通の兵士になった。
よくわかんねえ戦争行って、全部片付けていくだけの仕事。
(正直すげー楽だな)
まあ楽だけど、知らねー国の奴らの死体が重なってるところとか見たくねえし、さっさと全部終わらせてさっさと帰っていたら「白銀の残光」だなんてあだ名がついた。
それもすげーバカみてえだなって思ってた。
(今日もいつも通りやりゃいい)
いつも通りやっていた。
(今日も、いつも通り……)
そしたら、急に手が動かなくなった。
なんでか知らねえけど、頭ん中で今まで死にまくった同僚とか敵国の奴らの顔がすげえ流れてきた。
それで手ぇ止めたままボーッとしてたら、空から炎が降ってきて戦争が全部終わってた。
敗戦したあと、俺が邪魔だったらしいからお偉いさんから殺されかけたりしたけど、ボコボコにぶん殴ったら「もうやめてくれ」とかほざかれたから、まあやめといてやった。
前いた町に帰ってる途中で、知らねえ店の窓ガラスに俺の顔が映った。
(へー)
(ラヴィって成長したら髪の毛黒くなるやついるって、本当だったんだな)
久しぶりに自分の顔をしっかり見た。
俺の髪の毛は黒くなっていて、そんで、
傷だらけになっていた。
姿も顔も、なんつーか色々変わっちまったからスラムでも俺のことを覚えてるやつはもういなかった。
(ま、けどみんなこんなもんだろ)
(俺は強えし、強くて生きてるだけマシだマシ)
俺はそっから、山でひとりで暮らした。
その方が気楽だからな。
気楽だ。色々変わった町も見なくて済むし、スラムのクソみてーなやつらと常に顔合わせる必要もねえし。そもそも誰も俺の事なんて覚えてねえし、国から「白銀の残光は死んだ」って発表されてるし。
楽だ、全部。この方が……。
「……………」
そして夢から醒めた。
「…………キショ」
顔を触った。汗でグッシャグシャになっていた。
人生一周したみてえな夢見てすげえ気分がわりぃ。
「…………」
上着を持って、外に出た。
◇◇◇
今日は記念すべき日だ。
「ギルド許可証が出ましたー!!!」
「おー、やっと出たか」
そう、ギルド設立の許可がやっと出たのである!!
「ここまで長かった〜〜……!!」
本当に長かった。そして本当に色々あった。
依頼を回して貰えなくなったり、努力がめちゃくちゃ空回ってクッキー捨てられたり、ツクヴァルが治安隊の人達に攫われちゃったり……!
だけど先日のことは、町の人たちが証言してくれたことで私たちはお咎めなしとなった。役場のお姉さんも協力してくれたお陰で、やっとギルドとして認められたのである!
「これで色々と安定するよツクヴァルー!!!」
「おー良かったわ。で、いつ外に出るんだ?」
「え゛っ」
ツクヴァルからそう言われて、普通にびっくりしてしまった。
(あんなに微妙そうな顔してたのに、自分から言ってきた!?!?)
これもまた意外だった。あの時、結構微妙そうな反応していたし、ツクヴァルからはそのことに触れてこないと思っていたけど、なんかサラッと外へ出る前提で話している。
「あ〜〜……そうだね、行商札貰ったらなるべくすぐに出たいなとは思ってるけど、明確にはまだ……」
「お前が出るって言ったんだからさっさと決めとけよ、ついていくからよ」
ツクヴァルが腕を組んでため息をついた。
(な、なんか)
まだやっぱり、引っかかるものがあった。
(私に全部合わせようとしてる?)
ツクヴァルはくぁ、と大きく欠伸をして、またいつものように食事の準備をしている。フォークやらお皿やらを自分から出すようになったのは良い成長だ。だけど、今はそれを喜ぶようなところではない。
「そ、その〜〜ツクヴァル……本当にいいの? せっかく小屋も建ててくれたのに、町から出ちゃって」
「んあ? お前が出たいんだろ、別にいいよ」
……やはり、なんでもないような顔でOKをしていた。
(ほ、ほんとにいいの? これで)
今思い返すと、ここまで一緒に行動してきた中で、ツクヴァルは色んなところで私に合わせてくれていた。
治安隊の人たちに捕まった時だってそうだ。自分だけが我慢すれば良いと思って一方的に暴力を受けていた。
私が、ギルドを設立したいと言ったから。
私が、そうしたいと言ったから。
「…………」
そして、ふと思った。
(ツクヴァル自身は)
(何かしたいことって、ないのかな?)
スープのお鍋を開けようとする手を止めた。
ツクヴァルがそれを見て「あちいのか?」と一言、聞いてきた。
「そ、そういうわけではないんだけど……」
「おー、まあ気をつけろよ火傷とか」
「あのさツクヴァル」
ツクヴァルは、お皿を準備していた手を止めた。
そして振り向かないまま、「なんだ?」と一言聞いてきた。
少しの間、部屋の中が静かになった。
そして私は、振り絞るみたいに聞いた。
「本当はさ、ツクヴァル。あんまり外、行きたくないって思ってるよね」
その言葉に、ツクヴァルは最初、何も返さなかった。
ただ、静かな沈黙だけが流れた。
気まずい。
正直、私は緊張していた。
多分、ツクヴァルに「外に出てみたい」って言ったときよりも緊張していた。
バクバク鳴り響く心臓がうるさい。
重い沈黙の後、ツクヴァルがやっと口を開いた。
「いや? 思ってねえよ」
そう答えた。
嘘だ。
多分、嘘だ。
うまく返事ができずにいると、ツクヴァルが小さくため息をつく音が聞こえた。
「なんだ、んなこと気にしてたのかよ」
「んなことって……」
「俺はお前が行きたいところに行くって。お前が決めりゃ、そんなに失敗しねーだろってわかってるしな」
そう話したあと、またツクヴァルが食器を用意した。
私が決めればそんなに失敗しない?
私が行きたいところに行く?
(多分、私の意見を尊重しようとしてくれてるのかもしれないけど)
そうなのかもしれない、けど。
ここでさらに問い詰めるのは、良くないのかもしれないけど。
(なんか、私が納得できないかも)
スープの蓋を開けないまま、私は手を下ろした。
ツクヴァルが私のほうを見た。
「……まあだから、お前は別にそんな心配しなくて────」
「ツクヴァル!!!」
私が強く呼ぶと、ツクヴァルの長いうさぎ耳がピンと立った。
私の方をじっと見た。
「……私」
「ツクヴァルと、ツクヴァルのことを話したいです!!!」
────なんて言えばいいか分からない中、咄嗟にそんな言葉が出ていた。




