第五隻 4話 この女、やべえかも
※本話には不適切な言動や危険な行為の描写があります。これらはすべてフィクションであり、その行為を肯定する意図はありません。現実では絶対に真似しないでください。
───────
…………。
「ツクヴァルを返してください」
入口へ行き、私は真っ先にそう言った。
「……は?」
受付の向こうにいた男が、露骨に嫌そうな顔をする。
私は精霊通信をポケットに入れて、治安隊の拠点へと来ていた。様子を見ると、今のところ私たちがさっき裏からこっそり侵入したのはバレていなさそうだ。
精霊通信とは、私の世界でいう無線機みたいなものらしい。手のひらに収まるくらいの丸い金属の器具がポケットの中で揺れる。
スマホより音は悪いけど、遠くの人と話せるだけでも十分すごい。町に住んでいる人なら持っている人も多いらしく、私も今日買ったところだ。
「お嬢さん、ここがどこだかわかってる?」
ノトヴァの男が受付の向こうから歩いてやってきて、私のことをギロリと睨む。
身長が高い。体格が良い。もしも掴まれたりしたら絶対に勝てない。
私は建物の中にある時計を見た。現在の時刻は、21時である。
「そもそも、ツクヴァル……ってあのラヴィのやつだよね? あんな奴になんか用なのか?」
ジロジロと私を見る。
私が武器や魔法用の杖やらを持っていないのを確認すると、手ぶらでこちらへと歩いてくる。
「はい、用があります。それと連れていかれてしばらく経ったと思うので、そろそろ解放しなきゃダメですよね」
「……あんた、あいつの仲間か?」
そして私の頭から靴まで、吟味するように見つめた。
青髪のアノト。彼らにとっては怪しさ満載だろう。
しかも自分で言うのもなんだけど、私は彼らから見て良い服を着ている。ここに転移してきた時に着ていたワンピースと丸い眼鏡をかけて、大人しそうに。おしとやかに話す。
「はい、仲間です」
「仲間ねえ……」
男が口元を歪めて、ニヤニヤと笑う。
「愛人かなんかか?」
「…………」
「あんなバツ印でも、こういう女は囲えるんだな」
そして何かを思いついたのか、目を見開いてまたニヤリと下品な笑いを向けたあとに、「おーい!」と言って他の治安隊の男たちを連れてきた。
「あのバツ印を迎えに来たんだってよ」
「へえー、結構可愛いじゃん。アノトの癖に」
「冒険したくなっちゃった系のお嬢さんじゃねーの? あっはっはっ」
そして、そのうちの一人の男が私の腕をぐいと引っ張った。
「お嬢さん、ちょっと怪しいし”取り調べ”していい? あの素行の悪いバツ印の仲間って言うし、それにねぇ。青髪のアノトだから」
「取り調べって何をするんですか?」
私のその言葉を聞いて、男たちが吹き出した。
「世間知らず過ぎて置かれてる立場もわかってねーぞ!!」
「いや〜〜可哀想にねぇ、けどバツ印の相手してるみたいだし、結構上手いかもしんねーぞ」
「ま、メシも食った! 寝るにはまだはえーし、そしたら、その前のお楽しみを────」
男が言った時。
「ご飯」
私が遮るように言う。そして男らの顔を真っ直ぐに見た。
「食べたんですね? 皆さん」
瞬きを忘れていた。目をじっと見つめながら聞くと、男が一瞬たじろいだ。
「……は? 食ったけど、それがなんだよ」
「今の時間なら、一時間前には食べたのかな……」
「お前さっきから何言って────」
「……っ」
男の言葉が途中で止まった。
「……なんだ?」
私の腕を掴んでいた手が、少しだけ緩んだ。
「おい?」
「いや……腹が……」
男が汗を流しながら言う。
その中にいたキャッツの男が「腹が痛えくらいで」と言いかけた瞬間────その男も吐きそうな声を漏らして、口を押さえ、その場に座り込んだ。
「…………」
「テッ、テメェなんかやったのか!!!」
二人の男が座り込んだのを見て、最後のひとりが私に対して怒鳴る。しかし、怒鳴った瞬間に腹痛が走ったのか、腹を押さえて倒れるみたいに壁へともたれた。
「何もやってませんよ、何もできなさそうだから、警棒すら持たずに私のこと連れていこうとしたんでしょう?」
屈んでいる男たちの前にしゃがみこんで聞く。
建物の奥から「早くトイレ出ろよ!!」「こっちだって腹いてえんだよ!!」と叫び声が聞こえてくる。その声に男が振り向き、みるみると青ざめていった。
「でも大変、みんなお腹が痛そうってことは風邪でも引いたんですかね? こんなに体調を崩してますし、ローロラさん呼びましょうか?」
精霊通信を片手に持ち、淡々と通信をかける。それを見て男がまた怒鳴りつけてきた。
「テメェがなんかやったんだろ!!!」
「やってません」
「毒でも仕込んで────」
「え? 皆さん錬金食器も使わないんですか? 不用心ですね」
その言葉に男がピタリと止まる。
そうだ、彼らほどの組織なら錬金食器くらい使っているはずだ。地位にかまけて、完全に油断はしているけど。
────少なくとも使っているのであれば、食事などに毒が仕込まれているなんてことはないと、理解できるはずだ。
そう、毒は。
『アッシュコッコを使います』
数時間前、私がパルヤとローロラさんにそう話した時、二人はかなり酷く顔を顰めていた。
『ヒロコ、本気で言ってんのか!? そんなことしたってバレたら問題に────』
『バレないようにします』
私がローロラさんとパルヤを見ると、また少し戸惑ったような顔をしていた。
『まず、錬金食器に反応するのは、いわゆる毒魔法なんですよね? アッシュコッコでお腹を壊すだけなら、毒のせいじゃなくてただ体液が乱れるだけなので』
『け、けどそんなことどうやって』
『パルヤの手を少し借りちゃうけど、建物にある貯水タンクに侵入します』
二人がさらに怪訝そうな顔をしたけど、私はそのまま話し続ける。
『頃合いを見て私が治安隊のところへ行って、みんなお腹を壊していたら、治療を呼ぶ代わりにツクヴァルの場所を聞いて穏便に出してもらいます』
作戦の流れを紙に書いてまとめていく。
『あ、もちろんアッシュコッコは無駄にしたくないので後で食べますよ。何作るか考えとかないと……あとこの人達が使ってる飲食店とかに風評被害が出ないように、事前にパルヤにもカバーしてもらって……』
『い、いやそれよりも、お、穏便に済まないとは思うけど……それにバレるリスクだってあるでしょう?』
『ツクヴァルの白銀を使います』
二人の目が見開いた。
そして、ローロラさんが驚いた顔で呟いた。
『ツクヴァルの白銀? ちょっと待って、あの人って────』
私は遮るように話していく。
『錬金食器も、貯水タンクの検知も反応しなかった』
『水も普通に綺麗なまま。私、なにもしてませんよね?』
……精霊通信を片手に、男へと語りかける。
「ツクヴァルを出してくれたら、すぐにでも祈祷師の方を呼びますよ。ツクヴァルどこですか?」
「てめぇ、ふざけ……!!」
こいつらがなかなかツクヴァルの場所を言わないので────思わず私は男の肩を掴んだ。
「ツクヴァルは!!! どこだって聞いてんだよぉぉお!!! 治療呼ばなくていいのかよ!!」
「ひっ、ひい……ッ!!」
「に、2階の3号室!! 3号室だ!! 頼むから早く呼んでくれ!!」
「最初っから!!! そう言えばいいんだよ!!!」
────私は精霊通信でローロラさんに連絡すると、男から牢屋の鍵をぶんどって、2階へと走り出した。
◇◇◇
「な、なんだよこれ……!?」
看守のやつらも他の部屋にいたヤツらも次々倒れ込んだりトイレに駆け込んだりとすげえことになっている。
建物ん中が騒がしい。何があったか全然わかんねえ。
そこでふと、ヒロコの言葉を思い出した。
『水飲まないでね!』
まさか、と俺が思ったところで。
「ツクヴァル!!!」
────汗だらけの泣きそうな顔で、その張本人が檻の前に来た。そしてガチャガチャと慌てながら檻の鍵を開けていく。
「ツクヴァル!! ごめんね、怖かったよね……!! もう出られるよ、大丈夫!!」
「お、おま、それより……」
なんつうか、上手く言えねえけど。
俺の額にも、じわっと汗が滲んだ。
「これ、なんだ……?」
倒れ込んでる看守だとか騒いでる治安隊のヤツらに目を向けて聞くと、ヒロコは一瞬ぽかんとした。
そして。
笑った。
「気にしないで! それよりもこんなに怪我してるのにごめんね、ここからお願いがあるの……!」
その言葉を聞いた瞬間に、ぞわりと背中が冷たくなる感覚がした。
(こいつ)
(多分思ったよりやべえぞ)
俺だけ捕まって耐えりゃいい。
そう思ったことを、こん時初めて後悔した。




