第五隻 3話 ヒロコお前、何するつもりだ
…………。
「……ヒロコの言った通りだな」
夕方。
私とパルヤは治安隊の敷地へとこっそり侵入していた。
パルヤの土魔法を使って姿を誤魔化しながら、とある場所を目掛けて歩いていく。
「ツクヴァルに仲間がいねえって思ってるから、警備がかなり杜撰だ」
……一時間前。
『治安隊の人達は元々、戦争中に自警団みたいなことをしていたんだよね?』
パルヤとローロラさんに尋ねると、二人は一瞬顔を見合わせた後に頷いた。
『そうだな、僕も一応外部の人間だからって言われて連れて行かれかけたことがあるけど……その時は店長が庇ってくれたから、なんとかなったな』
『それならさ、おかしくない? 治安隊の人達、ツクヴァルだけ狙って連れていったけど、私のことだって探すはずだよね。町に暗い髪のアノトの女がいるんだよ?』
『……確かに』
パルヤが小さく呟く。
『ローロラさん、あの時、治安隊の人達が来ないから油断していたって話していましたよね』
『そ、そうね。最近はあんまり姿を見せていなかったから……』
『そしたら、あの人たちって私の存在を知らないんじゃないですか?』
パルヤとローロラさんが目を見開き、考えるような仕草をした。
『確かに、ヒロコちゃんみたいな子がツクヴァルと行動していると知っているはずなら貴方を真っ先に探すわよね。言い方はあれだけれど、貴方って明らかに外部の……人間だし』
『それなら』
また、二人を見た。
『多分あの人たち、ツクヴァルに仲間がいないって油断してると思います』
自分たちの方が上だと思って他人に強く出る人達なら、弱い立場だと決めつけた相手には油断するんじゃないだろうか。
「……しかし本当に杜撰だな、こんな奴らが町のみんなに対して偉そうにしているのか?」
パルヤが呆れたように笑う。
「パルヤ、協力してくれて本当にありがとう。私一人じゃ、絶対にどうにもならなかったから……」
「いいって、そこに関しては。……でもさ」
パルヤが汗の滲んだ顔で私を見た。
「本当にやるのか? あの作戦」
その言葉に、頷いた。
「やる」
パルヤがまた少し苦い顔をしてため息をつく。
治安隊の建物の裏手に古い貯水設備があった。上部に点検用の蓋があるが、普段は治安隊員しか入れない敷地なので、やはり設備そのものの警備は雑だ。
パルヤがその前で立ち止まり、また顔を顰めた。
「……わかった、ここまで来たら僕も腹を括るよ」
「私も心が痛む、けど」
そして、とあるものを取り出した。
「ツクヴァルを助ける」
◇◇◇
「…………いってぇ」
檻の奥で壁にもたれながら、口の端に溜まった血を親指で拭いた。
手首は手錠で拘束されちまって、鍵までかけられている。手自体は一応動かせるっちゃ動かせるけど、今すぐどうこうする気はなかった。
頬があちい。腹も痛え。左肩なんかさっきから動かすたびにズキズキしやがる。
「チッ、何発殴りゃ気が済むんだよ……」
ぼそりと吐いて、天井を見上げる。
殴られるくれえなら、まあいい。
だけどこっちが一発でも殴り返したら、面倒になる。
『じゃあもう暴れねえよ』
役場で吐いた俺の言葉が頭をよぎった。
「まあ、あーやって言ったしな」
それに、だ。
ここで俺がまた騒ぎを起こせば、あいつが馬鹿みてえに楽しそうに話してたギルドの話まで潰れる。
(だったら、何発か殴らせりゃ気が済むだろ)
今日は帰れねえだろうなと思って檻の外を見る。ぶっちゃけこんなの、黄色と緑使って檻をぶん殴りゃ歪んで脱出できるだろうし、手首にかけられた手錠も時間戻しゃ鍵がかかってねえ状態にまで持ってける。
「…………」
問題は、このクソ共はいつになったら気が済むかだ。
(あいつの話、遮っちまったな)
ふと、思い出す。
『ツクヴァル! 実はさ、その、私、話したいことがあって』
何を話したかったんだろーな。
結構真剣そうっつうか、緊張した顔してたからあいつにとって重要なことなんだろうな。
一旦あそこで聞くべきだったかな。けど、あの後割とすぐに治安隊のクソ共が小屋を見つけたから危なかったもんな。
このクソどもはヒロコが俺とつるんでるって知らなかったみてーだし、そこは運が良かったな。
んなことを色々考えていたら、だんだん腹が減ってきた。
「…………はあ」
飯、ねえな。
前にこいつらにボコボコに殴られた時は、飯全く食ってなかった時だったな。だから今回も舐め腐った態度で俺ん所に来たんだろうな。
今回もバツ印だ敗残兵だなんだの言って楽しそうにぶん殴りやがって。戦争中はあんだけ英雄だ国を守る戦士だとか言って持ち上げてた癖によ。
(で、白銀の残光は華々しく散ったってお国が宣伝しやがったからな)
で、俺の存在はそこで消えた。
「散った」ってことにした以上、本当は処刑される予定だったけど俺が死ぬほど抵抗したからな。
そんで、適当に捨てられて今はこんな扱いだ。
「腹減ったなぁ」
ヒロコの顔を思い出した。
あいつの飯を思い出した。
あいつの声を、思い出した。
「…………」
「帰りてー」
なんか、呟いちまった時だった。
「ツクヴァル」
……聞き覚えのある声がした。
「ッ!?」
辺りを見渡す。
反射的に顔を上げる。
声がしたのは、檻の向こうじゃねえ。
もっと上だ。
壁の高いところにある、小さな窓。
「ツクヴァル!」
「……なっ!?」
そこから。
いるはずのねえ奴が、こっちを覗いていた。
「ヒロコ!? お前、マジで何しに来て──────」
「しっ!! 一旦静かに!!」
「静かにできるか!! なんでここいんだよ!!」
ヒロコがワタワタしながら口の前に指を当てて「静かに!」と言い続けた。ここで見つかるのもやべえから、一旦声を落としていく。
「お前、ここ2階だぞ。どうやって……」
「パルヤの跳躍を借りてるの……! あんま長い時間話せないから、手短に言うね!」
こっちは色々聞きてえことも沢山あるのに、ヒロコが勝手に喋り続けていく。
「これから出される水、ツクヴァルは飲まないでね」
「…………は?」
「数時間したらまた来るから、それまで……待ってて!」
「待て!! 来んじゃねえよ! あいつらにまた手ぇ出したらギルド作れなくなるんだろうが! お前があいつらぶん殴ってどうこうできるとも思ってねえしよ!」
俺がそう言った瞬間、ヒロコが俺の顔をまじまじと見て、顔を歪めた。
「ツクヴァル」
静かに、話してきた。
「次は、私が助けるから」
「お前、マジで何する気で───────」
俺が言いかけた時、「もうそろそろ無理だ!」って喋ってるパルヤの声が聞こえた。そんでヒロコは俺の質問に答える前に、手を振ってどっかへ行った。
(数時間したらまた来るって、マジでどういうことだ?)
俺はこの時、まだ全然知らなかった。
ヒロコが、思ったよりも全然ヤベェやつだったってことを。
───────数時間後、治安隊のクソ共からやべえ悲鳴が聞こえてくるってことを。




