第五隻 2話 私が助けるよ、ツクヴァル
「ツクヴァルが治安隊の奴らに連れていかれた!!」
「……え」
血の気が引く感覚がした。
「町の人から連れていかれるところを見たって言われたんだ!! だから僕も確かめに行ったら本当にいなくて……!! あいつとは違うブーツの足跡もあった!!」
パルヤの話が上手く入ってこない。
ツクヴァルが、連れていかれた。
頭が真っ白になって汗が出てくる。私が放心していると、「ヒロコちゃん!」と呼ぶローロラさんの声が聞こえた。
「落ち着いて、大丈夫よ。ツクヴァルなら自分で出てこれるわ。抵抗だってできるはずで……!!」
「……もしかして」
震えながらローロラさんとパルヤを見た。
「ツクヴァル、もしかしてこのことが分かってたから私を逃がして、わざと捕まって」
役場であったことを思い出す。
ツクヴァルが諦めたようにため息をついて、『じゃあもう暴れねえよ』と言っていたあの時の光景。
そして私が部屋の掃除をしている間、ツクヴァルは山を散歩していた。
「もしかして、山に治安隊の人の足跡があったのに、先に気づいたんじゃ」
「……可能性は、あるな」
パルヤが顔を歪め、息を吐いた。
二人を見る。不安が押し寄せてくる。
ツクヴァルはもう暴れないと言った。ギルド設立のために、騒ぎを起こさないようわざと抵抗せずに捕まったに違いない。
(ツクヴァル、自分だけ捕まろうとしたんだ)
汗が垂れた。
二人の顔を見た。
「いつになったら、ツクヴァルは、帰ってくるんでしょうか」
心臓がバクバクしていた。
私の顔色を見て物凄く悔しそうな顔をしたパルヤが、小さく呟く。
「……一週間、閉じ込められた人もいる」
「…………」
一週間。
その言葉が頭でぐるぐると回る。
そしてひゅ、と自分の息が浅くなる感覚がした。
「い、一週間も閉じ込められて!! ツクヴァルが死んじゃったらどうしよう!!」
「落ち着けヒロコ!! 確かに心配なのはわかるけど……!!」
「その間にご飯も食べさせて貰えなかったら!! ツクヴァルは飢えちゃうじゃないですか!!」
今まで一緒に過ごしてきた中で、わかったことがある。ツクヴァルは、自分が辛い分には我慢すれば良いと思っていることがある。
お金が足りないと言った時も、自分が食事を我慢すれば良いだろうと言ったし、自分が差別的なことを言われた時は不機嫌になりながらも我慢していたのに、私が何か言われた時は真っ先に怒っていた。
今回こんなことになって、ツクヴァルはギリギリまで耐えようとするんじゃないだろうか。そのままもっと危ない目に遭うんじゃないだろうか。
私が走って外へ出ようとすると、パルヤがその腕を掴んで制止してきた。
「ヒロコ!! お前一人で行ってもどうにもならないぞ!!」
「お願いします、行かせてください!!」
「行くなら私たちも……!!」
「で、でも二人に迷惑もかけたくないんです!! 私が行きます、行かせてください!!」
迷惑をかけたくない、行かせてくださいと言ったけど、どうやって?
本当は怖かった。二人についてきてもらって、それでどうにかなるならそうしたかった。
(でも、パルヤを巻き込んだらパルヤの店長まで危なくなる。ローロラさんはこの前狙われたのに、また酷い目に遭うのはもっと嫌!!)
パルヤは強い。強いから、正面突破してもらったらどうにかなるかもしれない。だけどそれをしたら、次に立場が危なくなるのはパルヤだ。
ローロラさんだって頭が良くて良い人で、祈祷魔法が使える。ツクヴァルが酷いことをされていたら、怪我を治してくれるかもしれない。だけど、その前にどうやってツクヴァルを連れ出す? 治安隊の人達が説得なんて聞いてくれるはずがない。
(この人達に)
(力はあるのに、立場が邪魔をして思うように動けない)
権力。
目に見えない鎖で縛り付けて、私たちを動けなくするような圧力。
そういう抗い難い強い力が、今の私たちにびっしりと張り付いているように見えた。
そして、何よりもいちばん悔しいのは……この人達にそれぞれ力があるのに、私にそういうものが無いことだった。
(……私に何ができるの?)
額から落ちた汗が目に入った。
私には剣もない。
魔法も使えない。
治安隊を黙らせられるような立場だってない。
そして、全然勇敢でもない。
私はあの時、ローロラさんが治安隊の人達に連れていかれていたのに脚がすくんで眺めているだけだった。
ここまで色んなことが上手くいったのも、本当に偶然で、私に力なんて全然なくて─────。
「い、嫌だ」
自然と、声が漏れた。
「いや、だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
私は頭を押さえて叫んでいた。そんな私を見て、パルヤとローロラさんがすごく心配そうな顔で黙ってしまっていた。
(二人にもあんな顔をさせてる)
(私って力がない、弱い)
(だけど、嫌だ、ツクヴァルが捕まったままは嫌だ!! どうする!? どうすればいいの!?)
呼吸が荒くなる。真っ白な頭の中がぐちゃぐちゃと掻き回される感覚がする。
「ツクヴァル」
思わず名前を呟いた瞬間。
ノイズが頭の中で走る。
まただ、また何かの映像が─────。
だけど今回は、映像の中に何があるかは見えなかった。
代わりに、声だけがはっきり聞こえた。
【…………】
【助けて……】
その声を聞いた瞬間。
「…………ッ」
ブツ、と。私の頭の中で何かが切れる感覚がした。
頭が異様にスッキリしていた。
そして、頭を押さえていた手を下げて二人に目を向けたとき……。
二人は私の表情を見て、ギョッと目を剥いていた。
「ヒ、ヒロコちゃん?」
「ヒロコ……」
パルヤに正面衝突させず、最低限の方法で協力して貰う方法。
一度目をつけられてしまったローロラさんの立場を悪くせず、上手く助けてもらう方法。
『つ、つ、つ、次っ、治安隊の方にて、手を出してしまったら、ギルド申請は、通らなくなるかもしれません』
そして、”見かけ上は”私が治安隊の人に手を出していないように見える方法。
「二人とも」
パルヤとローロラさんが静かに私を見た。
「作戦が、あるんです」
「それは─────」
私の話した作戦に対して、二人が信じられないような目を向けてきた。
「ヒ、ヒロコ、本気で言ってんのか……!?」
「ヒロコちゃん!! 確かにできるかもしれないけど、そんなこと─────」
「お願いします!!!」
私が叫ぶと、二人が少し俯いた。
「お願いします、これが、一番いいやり方なんです」
二人がお互いに顔を見合わせた。
そして、ひどく悩んだ表情をして。
「……わかった」
しばらくして、二人ともそう返事をした。




