第四隻 最終話 よう、助けに来たぞ
「裏路地ぶりか?ええ?」
長いうさぎの耳が、ニヤリと笑いながら治安隊の腕を掴んでそう話していた。
聞き間違えるはずがない、あの声。
─────ツクヴァルだ。
ツクヴァルが、来てくれた!!
◇◇◇
10分前くれえのこと。
なーんか急に町のやつらがバタバタして一斉に家ん中入ったと思ったら、パルヤがなんか察したみてーに青ざめていた。
「あ? なんだよ」
「まずい、今日に限って……治安隊が見回りに来た」
パルヤが小さく舌打ちをして辺りを見渡す。もうすぐそこに治安隊のクソどもが湧いてて、ローロラん所の施療所に入ろうとしてやがった。そしたらパルヤが茂みから出て止めに行こうとしやがったから、一旦手を掴んで止めた。
「おい待て! 今テメェが行ったら確実に目ぇつけられんぞ!」
「だけど、このままじゃローロラさんとヒロコの所に行かれるぞ!! そうなったら危ないだろ!! あいつらくらいなら僕が……!!」
「お前が行っちまったらお前の店の店長まで面倒事巻き込まれんぞ!! 治安隊に目ぇつけられたら役場だって庇えねえんだろ!!」
パルヤが止まる。そんですげえ悔しそうに顔を歪めた後に「どうしよう」とか言って唸りながら悩み出した。
ため息をついた。
「どうするも何も、俺が行きゃいいだろ」
「……そしたら、お前もお前で大変になるだろ」
「変なところに気ぃ使うなお前も! 前までバツ印だとか言ってた癖によ!」
茂みから立ち上がる。パルヤがバツのわるそーな顔をして俺を見た。
「……本当に、いいのか」
「俺があいつらぶん殴っとくからお前はローロラってやつとヒロコを家ん中入れて見張っとけ」
「……お前がやってる間に気が付かれないように、ってことか」
「そーだよ」
わざとニヤッと笑ってみせた。
「俺はどうせこの町に暮らしてなくて山に住んでるからな。お前らよりはゴタゴタ面倒にはなんねーだろ」
「……だけどお前、これからギルド設立したいんじゃ」
「ま、ギルドのリーダーになるかもしんねーやつがクソどもに絡まれてあぶねー目に遭う時に」
振り向いた。
「こうするより大切なことって、あんのか?」
「………」
パルヤも後ろから、立ち上がる。
「わかった。行こう」
「おう。じゃあ俺は派手にやっとくからその間によろしく」
「ああ、ツクヴァル」
◇◇◇
「なっ……!! お前、スラムのラヴィ野郎!!」
「そろそろ名前くらい覚えてくれよ、ツクヴァルだぜ俺は」
「舐めんなッ!!」
ツクヴァルはニヤリと笑う。治安隊の男がレイピアを出した瞬間。
「随分とちゃっちく攻撃してくんなぁ!! ええッ!?」
───────ツクヴァルの腕に、黄色と翡翠色の魔法陣が出現する。腕を掴んでいた男を、そのままレイピアを構えた仲間めがけて投げ飛ばす!!
「あ、あなた……」
それを見てローロラさんが大きく目を見開いていた。
ツクヴァルがぱんぱん、とホコリをはらうように手を叩いた後にまた笑う。
「よう、ローロラっていうんだっけ?お前。今日はカーテン閉めねーのか?」
「…………」
呆然としているローロラさんが腰を抜かして座り込む。ツクヴァルがまた前へと出て、治安隊の人達へと向き合った。
「おい!! こいつを止め──────」
「今の俺はァッ!!」
治安隊の男たちが魔法陣を召喚するよりも早くツクヴァルが跳躍。地面へ剣を叩きつけ、男たちへ衝撃波を食らわせる!!
「飯ッ!! 食ってっから!!」
「めちゃくちゃ動きやすいんだよなぁ!!!」
ツクヴァルが高笑いしながら次々と治安隊の人達をなぎ倒していく。
「こ、こんなに強いなんて聞いてないぞ!!」
「聞いてねえかぁ!? そりゃそうだろうな言ってねーからなぁ!!」
私が思わず声を出そうとする。
「ツクヴァ───────」
そうすると、ツクヴァルが派手に暴れている後ろからパルヤさんがそっとやってきて、ローロラさんを抱えて家の中へ戻り、こちらを探すように辺りを見た。
そしてタンスの隙間から私を見つけると、人差し指を立てて口だけを動かした。
(まだ出るな)
あちらから私の姿が見えているのかはわからないけど、覗いたクローゼットの隙間から頷く。
隙間の向こう、窓の向こうでツクヴァルの姿が……本当に、よく見えた。
「アッハッハッ!! おい町のやつらもよーーーく見とけよ!!」
ツクヴァルの大剣が炎で強く光る。
自分はここにいるぞと、叫ぶみたいに。
「俺はッ!! 依頼の成果とか!!」
「ズルしてパクってねーんだよ!!」
振りかざすと同時に、熱風が吹き荒れる。
治安隊の奴らが熱風に巻き込まれ、悲鳴を上げながら後退する。髪の毛まで焦がした男たちは、「覚えてろよ!」とありきたりな捨て台詞を吐いて、我先にと逃げていった。
喧騒が終わった。
一瞬の間に。
治安隊の人たちが完全に立ち去ったのを見届けると、ツクヴァルは町に向かって「へん」と得意げな顔をしたあと、施療所の扉を開けて入ってきた。
「ツクヴァル!!」
「うおっ」
思わずクローゼットから飛び出してツクヴァルの方へと行った。
安心で涙が込み上げてきて、その場でわんわん泣いていると、ツクヴァルがまた困った顔をしてきた。
「あれだからな、心配だから様子見に行こうって言ったのはパルヤで─────」
「いや、僕たちもたまたま立ち寄っただけだよ。買い物あったから」
遮るようにパルヤが言う。私がまだグズグズと泣いて自分の目を拭っていると、そっとローロラさんが近寄ってきた。
「ごめんね」
そう言って、抱きしめてきた。
「ごめんね、怖い思いさせてごめんね。さっきはごめんね、ごめんね……」
私たちは、しばらく二人で泣いていた。
…………。
「今日は大変だったねー」
夜。
私とツクヴァルは焚き火をしながら一緒にご飯を食べていた。
あの後何があったかというと、とにかくすぐにでもお礼をしたいと言ったローロラさんが、パルヤの錬金ボウルへすぐに毒検知の祈祷魔法を入れてくれたのだ。
パルヤも本来なら錬金ボウルを完成させるのに一日以上はかかると言っていたのだが、ローロラさんにお礼を言われ、何やらとんでもなくやる気を出して短時間で完成させてしまった。
「だから皆さんのご厚意に感謝して今日の夕飯は……」
じゃーん!と言いながら蓋を開ける。
「グリーンウルフのスパイスソテーでーす!」
早速、魔獣料理を作った。
「やることはえーな」
「だって気になるし!いただきまーす!」
焼きあがった肉を一口噛んだ。
思っていたより、ずっと柔らかい。
噛んだ瞬間に肉汁がじゅわっと広がって、あとから少しだけ野性味のある濃い旨みが追いかけてくる。
赤身肉に近い食感なのに、ほんの少し香草みたいな風味が肉そのものについている。それがハーブ塩と見事にマッチしていた。
「美味しい!!」
「確かにうめーわこれ、すげーな」
私とツクヴァルがワイワイ言いながらフォークを進めていく。
そうすると、山の方から足音が聞こえた。
「突然ごめんなさいね、お邪魔します」
「あっ……ローロラさん!? パルヤ!?」
二人の姿が見えた。「ここ、座って良いかしら」と言われて座るように促す。
「パルヤくんがここの場所を教えてくれたの」
「そ、そうだったんですね!! パルヤとローロラさんが作ってくれた錬金ボウルのお陰で魔獣料理がもう完成したんです!!」
「あら! 凄いわね!」
ローロラさんがにこりと笑いかけてくる。パルヤも「よくできてるな」と言いながらその料理を見ていた。
そして。
ローロラさんがツクヴァルの方へ向いた。
「…………」
一瞬、気まずい沈黙が流れたあと。
「今までごめんなさい」
ローロラさんがツクヴァルに、そう言った。
ツクヴァルが少し目を見開いた。
「私ね、貴方に八つ当たりしていたの。自分自身や、もっと大きなことに向き合いたくなかったから。だから、身近な貴方に強く当たって自分の気持ちを誤魔化していたの。ごめんなさい」
「さっきはパニックになっちゃって色々話せなかったから、改めて言いに来たの」
二人の間に、また静かな空間が流れた。
ツクヴァルがどう返事をするかドキドキしていた。
耳をぺたんと垂らしたツクヴァルがようやく口を開けて、頭を掻きながら話した。
「ま、許してねーけど許すか」
「……それだけ?」
「そんだけ。ま、カーテン閉められまくったのは流石にクソイラついたけどな」
そして、ツクヴァルが私の方を見た。
「けどよ、俺もこいつに最初ナイフ向けたのに今じゃなんか許してもらってるし。だからイラつくことはあったけど、許しとく」
ツクヴァルが眉を下げながらも、笑った。
「いや、私まだちょっと根に持ってるし怒ってるから完全には許してないけどね?」
「えあ? マジか」
私たちの会話を見て、ローロラさんが少しぽかんとした後に……また、笑った。
「そうなのね」
目の端に少しだけ、涙が浮かんでいた。
「改めてありがとう、今日は」
「しばらく感謝しとけ!」
そんな会話がされている中、私はローロラさんとパルヤにグリーンウルフのスパイス焼きを持っていった。
「良かったらおふたりもどうぞ!」
「良いの? ありがとう」
「お、じゃあ僕も貰うか」
二人が口に魔獣料理を運ぶ。
ローロラさんの表情が綻んだ。
「美味しいわ、すごく」
「本当ですか!? 良かった!」
「貴方、凄く料理が上手なのね。こんなに美味しいと外で売ってもやっていけそう」
ローロラさんにそう言われた時。
ちか、と何かが私の目の前で、星のように煌めく感覚がした。
「…………え」
希望。
この町だけじゃなくて、外の世界でも自分の足で歩いて生きていけるんじゃないかという、希望。
そういうものが今、目の前で光ったような気がした。
(私の)
(私の料理が、そう思ってもらえたんだ)
想像する。
ここではない外に出た時のことを。
この町で仲良くなったローロラさんとか、パルヤとか、そういう人たちと別れるのは、もちろん寂しいなと思うけど……。
(でも)
それ以上に。
(楽しそうだ、な)
強く、そう感じたのだ。
【第四隻 完】
【第五隻目が旅立つ】




