第四隻 3話 ツクヴァルの誤解を解かなきゃ!
「錬金食器に祈祷魔法を? いいわよ」
こんなにサラリと言われてしまった。
時は30分前くらいに遡る。
「す、すみません!」
小さな施療所にノックをしてドキドキしながら待っていると、「はあい」という返事とともに前と同じ祈祷師の方……ローロラさんが出てきた。
ローロラさんはちょっとびっくりした顔をした後に、私を見て。
「この間はごめんなさいね」
少し申し訳なさそうに小さく笑いながら言ってきた。
「え、あ、この前……?」
「ほら、貴方が診てほしい人がいるって言ったのに対してちょっと嫌な顔をしちゃったでしょう。貴方にそういう感じの悪いことをしたかった訳じゃないの、だからごめんなさい」
そう言われてポカンとしてしまった。
謝られた?
この前の態度を?
紙袋を両手で持ち呆然としているとローロラさんに用件を尋ねられ、それに対しても上手く答えられずにいると「立ち話もなんだし」と言いながら中に招いてくれた。
綺麗に整っている部屋の中で息を吸うと甘いお花の匂いがした。施療室の奥にあるローロラさんの自室らしき場所へ足を踏み入れる。こっちもやっぱり綺麗で、椅子には丁寧にクッションが置かれ机の上は汚れなく清潔にされていた。
「良かったら座って」
「あ、ありがとうございます……あ、これ、お土産なんですけど……」
「まあ、そんなものまで持ってきてくれたの? どうもありがとう!」
紅茶を出すわね、と言いながらローロラさんがキッチンの方へ行く。部屋で一人になって待っている間、私はグルグルと思考を巡らせていた。
(い)
(いい人、じゃない?)
そう、びっくりするくらい良い人だ。
この前のことを謝ってくれたし、上手く話せなかったら中に入れてくれたし、なんなら今紅茶まで出そうとしてくれてる。暗い髪のアノトというところにも触れずに普通に話してくれる。
(け、けどここからだ!! 魔獣を食べたいからボウルに祈祷魔法を入れてくれなんてすぐにOKしてくれるはずが……!!)
「紅茶入ったわよー」
「ひゃあいっ!!」
変な声が出た。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お茶をいただく。飲みながらローロラさんの顔を見た。
ここからが本題だ。
「それで、お土産まで持ってきて何かあったの? もしかして強く痛む場所とかがあったり……あ、お腹が痛いとか?そしたら紅茶平気だったかしら……」
「あ、そ、そういう訳ではなくて」
「あら、そうなの?」
「実はその、特殊な調理方法を研究してて……」
「へえ〜」
「魔獣を……食べるんですけど……ある処理をすれば毒魔法を除去できるんですけど、本当に除去できているか確かめるために大きな錬金食器を作って祈祷魔法を入れたくて……」
「毒検知魔法? いいわよ」
「だからお願…………ん?」
この人、今なんて言った?
「錬金食器に祈祷魔法を入れたいんでしょう? いいわよ」
なんてことのない顔で、さらりと言ってきた。
「え、あ、え!? いいんですか!? だって魔獣ですよ!?」
驚いて思わず聞き返す。
「うん? 変わってるわね〜とは思うけれど、なにかに迷惑をかけてる訳じゃないのでしょう? ならいいわよ」
「あ……ありがとうございます!!お礼も必ずしますので!!」
立ち上がって大きくお辞儀する。「お礼なんていいのに〜」と言いながらもローロラさんは紅茶を飲み続けた。
(こ、こんなに上手くいくなんて!!)
信じられないと思っている気持ちが顔に出ていたのかローロラさんが私をじっと見る。そしてその後、くすりと笑ってチョコレートをひとつ摘んで食べた。
「私ね、昔は軍に雇われた祈祷師をしていたの」
「ぐ、軍の、ですか……?」
「ええ、怪我をした民間人も沢山来ていたんだけれど……あの時、すごく大変だったでしょう? だから特に若い女の子には、これからたくさん力になりたくて」
ローロラさんが私に優しい理由が何となくわかった気がする。
ローロラさんはこの世界で起きた凄惨な戦争の現場を、よく見てきたんだ。
だからこそ私のことを暗い髪のアノトなどと言って差別せず、こうやって普通に関わって優しくしてくれるんだ。
(ローロラさん、思いやりがあっていい人だなぁ)
……だからこそ、引っかかることがあった。
(いい人、なのに)
思い出す。
(なんでツクヴァルには、あんな感じなんだろう)
ここまでの会話の中でもそうだった。
ローロラさんは私に対する態度を謝ってはいるが、ツクヴァルに対して治療を行わなかったことや、バツ印と言ったことに対しては何も触れなかった。
ローロラさんは思いやりがあって優しいのに……何故、そこまでツクヴァルに対して当たりが強いのかだけが気になった。
(……上手くいったはずなのに)
(なんか、モヤモヤする)
私が少し黙っていると、ローロラさんが「何かあった?」と声をかけてきた。
やっぱり、優しい。
優しいけど───────。
「ツクヴァルって人が、いるんですけど」
私がそう言った瞬間、ローロラさんの表情が少し変わった。
言った。
言ってしまった、話題に出してしまった。
このまま平穏に終われるはずだったのに、ツクヴァルのことを話してしまった。
「…………」
私も少し考えたあと、
「その、最近、一緒に行動し始めてるんですけどあいつ結構面白いんです! しかも結構強いんですよ!」
なるべく、なるべく普通の会話を振るような雰囲気で話していく。
ローロラさんの中で何が引っかかっているのかはわからなかった。バツ印のせいで戦争に負けたと思っていること? それともこの町にいる冒険者の手柄を盗んでいると勘違いしていること?
とにかく、なるべく自然にツクヴァルのことを話していく。
(流石にあいつは白銀なんですよとは言えないけど、身近にいる私がツクヴァルは強いんだって話せば誤解くらいは解けるかもしれない!!)
ニコニコ笑っているのを保ちながら一生懸命に話す。
「こ、この前なんかファイアベアをドーン! って一瞬で倒して! だから結構お腹すいちゃうみたいなんですけどね! あはは……」
「貴方」
ローロラさんが。
私の言葉を遮るように、低い声で話してきた。
「あの人と一緒にいない方がいいわよ」
……そして、さっきとは一変して鋭い目つきでそう話してきた。
部屋の空気が一変した。
ぴり、と張り詰めたような緊張感が走る。
「あんな乱暴な人、貴方みたいな若い女の子が一緒にいるべきじゃないわ」
「…………」
「騙されてるのよ、いいように使われてるんだわ」
「そ、そんなことは」
「それに……強いからお腹がすいちゃうって?」
ローロラさんはその言葉を発した時、
さっきまでの優しさが信じられないくらい、見下したような……そして、本気で嫌悪するような表情をしていた。
「だから魔獣なんか食べているの?」
「食べ物くらい、選んだ方がいいわよ」
部屋の中が静かになった。
しん、と気まずい空気が流れる。
紅茶はもうすっかり冷めていた。私はお辞儀をした時から立ちっぱなしで、事が上手くいって軽く感じていたはずの脚は重りがついたみたいにずっしりとしていた。
「……ごめんなさいね、こんなこと言って」
そしてその気まずさを破ろうとしたのも、ローロラさんだった。
「祈祷魔法には協力するわ、でも本当に気を付けてね。私は貴方のことが心配で───────」
「食べてみたいからなんです」
私の言葉にローロラさんが黙った。
「食べ物を、選んだ上で!!!私自身が魔獣も食べてみたいから食べているんです!!」
───────私も、言い返してしまった。




