第三隻 3話 燃えろ現代人魂!毒あり動物だって食べてみせる!
「いやでも私以外に同じこと考えた人絶対いるって!!」
「記憶喪失のパァが急に魔獣食おうとか言い始めんじゃねえ!!」
ツクヴァルの肩を掴んでがくがく揺らす。
この世界にどんな歴史があるかは知らない。けど、私程度が思いつくことなら過去に誰かしら試しているはずだ。
少なくとも私は、フグという前例を知っていたからここまで考えられた。でも、この世界の人たちだって色々工夫しながら生きている。
だったら、「魔獣を解体して食べられないか」と考えた人間が、一人もいないなんてことはないかもしれない。
「なんかさ、他の国の食文化とかであるかもよ!?町の図書館行って調べて……」
「あー……それはあんま期待できねーかもしんねえぞ」
「え?」
「戦争ん時に、そういう資料焼かれてたんだよ」
言われてみれば。
確かにこの前、図書館の方に行って資料を集めた時も、棚が少しがらんとしていた気がする。
まだ整理している途中なのかな?と思っていたけど、戦争で本や資料そのものが失われていたのならあの妙な空き方にも納得がいく。特に他国の文化について書かれたものなんて、戦火の中でどれだけ残れるのだろうか。
(ね、ネットもないし)
スマホはとっくに充電切れ。電源がついたとてWiFiなんて飛んでるはずがないから使えないけど。
「じゃあ調べる手段がないじゃん〜〜!!」
「俺は他の国のセイジだとかブンカだとか全然知らねーぞ。ずっとここの国で生きてるしよ」
「はあ……面白そうって思ったのに……」
ガックリと頭を下げた時、ふと。
思い出したことがある。
「……ん?」
あの安い食事屋。
量が沢山ある割に値段がお手頃で、いつも助けられているあの場所。そういえば横の方に「精肉 取り扱っています」と書かれていたような気がする。
『へえー、自分たちでお肉仕入れてるから安くできるんだ。いいなー』
『ふうん』
これまで、ここで生活している中でツクヴァルとそんな会話をしたことがある。
「これだーーーー!!」
「どれがだよ!!」
私が叫ぶとツクヴァルの長い耳がびくりと揺れた。
「あそこのご飯屋さんでお肉の仕入先について聞いてそこからまた調査とかできるかも!!」
「お前聞き込みするつもりか?」
「する!あそこのお肉美味しいし良い業者さんから色々聞けるかも!」
ツクヴァルが一瞬乗り気ではなさそうに耳をぺたんとさせたが、「んー」と唸って、また顔を上げた。
「まあけど……こっちだって飯食ってる時にヒソヒソ言われたりしても常連になってやってんだからそんぐれえ聞いていいよな」
「そ!私たち常連客!お店に質問するくらいは自由!断られたらまたその時に考える!」
カバンにメモやら鉛筆やらを突っ込んでいく。
常連なんだから聞いてもいい、なんて少し図々しいかもしれない。
だけどここでは堂々と、図々しくやっていくって決めたんだ。
「教えてくれなくても怒っちゃダメだよツクヴァル!あっちだって答えない権利はあるんだから!」
「へいへい」
こうして私たちは、いつもの道を通ってご飯屋さんに行くことになった。
…………。
町へと足を踏み入れると、辺りは少しだけ静かだった。お昼を少し過ぎて食事を食べ終わった人達がそれぞれの仕事に戻ったり、子供は昼寝でもしているんじゃないかという生活感のある静かさだった。
いつもお世話になっている安い食堂のドアを見ると「準備中 精肉の購入は裏口から」と看板がかかっている。
「裏口で買えるっぽい」
「へえー、知らなかったな」
「私も知らなかった」
ここで食事している時は気が付かなかった初めての情報だ。少し慣れてきたこの町も、まだ発見があるんだなと感じた。
「じゃ、ちょっとノックしてみるか……聞くだけじゃ悪いしちょっと買ってこ……お惣菜とかも売ってるかもだし」
コロッケとか売ってると嬉しいなぁと思いながら、コンコン、ドアをノックする。
「どうぞー」
男性の声が聞こえた。
「す、すいません失礼します」
ツクヴァルと中に入ると角のある黒髪の男性がこちらを見て一瞬ギョッとしたが、苦笑いに近い作り笑いをして対応してきた。
「いらっしゃい、肉ならそこに」
「あ、この人…………」
思い出す。
『角がついた店員が苦笑いしながらケチャップと水を運んできた。』
「いつもご飯運んでくれる店員さん」
「お、そいつか」
ツクヴァルが私の横で閉まったドアにもたれかかりながら言うと途端に店員の顔が険しくなった。男の制服には「パルヤ」と書かれた名札がついており、これが名前なのかと初めて知った。
パルヤがこちらへ向き直り、黒髪の隙間から一本の角が覗く。
「……いつもどうも」
「いえ!こちらこそ!安くて美味しくて助かってます!」
明らかに社交辞令で挨拶されたが負けない。なるべくハキハキ話す。
「レッドポークでも買いに来ましたか。それならそこに──────」
「あの!買いもするんですけど聞きたいことがあって!」
また一段と顔が険しくなる。
「聞きたいことって」
「なんか……あれだよ、肉どこで仕入れてるか聞きてえんだよ」
「はい!ここのお肉ってすごい美味しいじゃないですか、仕入れ先に行ってその……市場調査したくって!」
嘘はついてない。
そして私の言葉を聞いた瞬間にぴくりと男の角が揺れた。
「肉の仕入れはそのまま冒険者からだよ」
「え?」
「来た動物を僕が捌いてるんで、あの肉。まあどういうのが美味しいやつかなとかどこの部位をどう切れば良いかなっていうのは結構勉強してるつもりなんで」
なんと、元から切られたものを買っていたのではなく自分で肉を捌いて店に出していたようだ。
パルヤは少しだけイキイキしているように見えた。私が「ここのお肉は美味しい」と言ったからだろうか。口数が増えた店員を見て、私の中でさらに希望が見えてきた。
「えっ、すっ、すごい!一人でやってるんですか!」
「まあそうだよ。店長が、僕が肉とか捌くの上手いから『店来ないか』って声掛けてくれて働いた感じだし」
「…………」
ツクヴァルが私たちの会話を見て若干眉を顰めている。
「なに構ってもらえないからって不機嫌なってんの」
「なってねえよ」
私が小突くと店員……パルヤの険しかった顔が本当に少しだけ綻んだような気がした。
「まあ欲しいのあるなら一緒に見るよ。飯屋やってる時は人来るけど肉売ってる方は人が来るのも珍しいし」
「あんまり来ないんですね?お肉も色々揃ってるのに」
「来ない。飯屋の印象のが強いのかも」
パルヤがお肉のケースの方へ案内する。密閉されたガラス容器の中に弱く冷たい風が吹いていた。前に話された四大魔法はこういう所でも使われているのかと思い、生活の必須魔術であることを実感した。
「んでこいつが肉切ってんなら、聞きてえことそのままこいつに聞けるんじゃねえの」
ツクヴァルが話を戻した。
「あ、そうなんです。お肉は後でちゃんと買うのでちょっと聞いていいですか」
「なに。まあ……答えられそうな範囲なら別にいいけど」
一瞬パルヤの眉間にシワが寄ったが、まあいいかと呟くと、すぐに調子を戻した。
この調子なら穏便にいける。
「その、実は他の国の食文化?みたいなのが知りたくて……」
「食文化?」
「はい、その……ここの国じゃもしかしたら信じられないかもしれないんですけど、魔獣を食べる国とかってあるのかなって!」
私がそう話した瞬間、
「……は?」
そこまで和やかだった雰囲気が急にピリつき、そしてパルヤが睨むように私を見つめてきた。
その威圧感にびくりと震える。
なにかおかしいこと言っちゃった?
「え、あ、その、知りたいだけなんですけど……答えられなかったらその、全然……」
「…………帰れ」
「え?」
「帰れ!!!」
───────パルヤが怒鳴ってきた。
すごい剣幕で私の方に近づいて追い出そうと押してくる。
「帰れ!!出てけ!!買わなくていい、もう来んな!!」
「えっあっ、ごめんなさい!!私、もしかしてなにか嫌なこととか言って─────」
「帰れって言ってんだよ!!」
パルヤが私のことを思い切り押す。その衝撃で尻もちをついてしまった。
「いたっ!」
「……おい!!」
そして、すぐ反応したのはツクヴァルだった。
「なんかが気に食わなかったのかもしんねえけど押すこたねえだろうが!!」
「黙れバツ印の癖に!!お前だって最近迷惑なんだよ!!依頼達成したって話もどうせ他のやつからパクって嘘ついてんだろ!!」
「てんめぇ!!」
ツクヴァルがパルヤの胸ぐらを掴む。ぎゃあぎゃあとふたりが言い合いになっているのを、私は震えながら見るしかできなかった。
(やばい、どうしよう!!)
聞くだけでこんなことになるとは思わなかった。
私何をミスった?なんでこんなに怒ったの?どうしよう───────
そんなことを考えていたら、
コツン。
私の足元になにかが当たった。
「……ん?」
拾い上げる。
白い尖った石みたいなもの。
それを見た瞬間、パルヤの顔がサッと青ざめた。
「ッ、返せ!!」
ドン、とツクヴァルを押しのけてパルヤが急いで私の方に手を伸ばす。ひったくるように思い切りその石みたいなものを取り上げた。
パルヤの顔を見た。
「あ?」
ツクヴァルが目を見開いて、尋ねた。
「お前、アノト?」
───────パルヤの頭にあったはずの角が、一つなくなっていた。




