第三隻 2話 魔獣って、実は食べられるんじゃ
「最初から言えーーーー!!!」
「いっ、いや俺だって別になんも考えてねえから言ってなかったわけじゃねえよ!!」
私の剣幕に狼狽えながらツクヴァルが言い返す。
ゼェゼェ息を切らしながら汗を拭い、ツクヴァルを見る。
「た、確かにあんたがやらなかったり言わなかった時ってなんか事情あるか……」
本当に何も考えていなかったわけじゃないだろうと思い直す。
「事情っつうか、戦場いた頃は普通に狩って終わりだったんだよ! 料理するやつは別だったからな! だから俺は狩ったあとにメシ作れねーんだよ!」
「煮るとか焼くとかはなんかこう……ツクヴァルはやったことないの?」
「やったことあっけどマジでクソ不味くて食えたもんじゃなかったんだよ。だから辞めた」
料理担当が他にいた。自分でやってみたけど美味しくなかった。
ここから出た情報を元に考えると…………。
「……その時さ、血抜きとかした?」
「血抜き?」
「内臓は抜いた? 食べた部位は?」
「なんだそれ。部位はなんかテキトーなところ」
やっぱりここだ。
ツクヴァルが私なら調べて済ませられそうなことを知らない時、文字が読めないことの弊害が顔を出すことがある。
文字が読めなくても血抜きや腹出しをできる人はいるんだろうけど、話の通り狩りはツクヴァルの担当で、解体と料理の担当は他にいて実践で学ぶ機会が無かったのだろう。
(その人たちに教えてもらうのがいちばん良かったんだろうけど〜……戦場じゃそんな暇ないかぁ……)
そういえば、ツクヴァルって戦場にいた時どんな風に扱われていたんだろう。
そんな考えがふと浮かんだ。
「あのさ……ツクヴァルってその料理担当の人とかとどういう感じだったの。料理担当だけじゃなくても、なんか同僚とか」
「どういう感じっつうのは」
「そのー……喋ったり遊んだり? したのかなって」
「ああ、してたぞ」
サラリと言う。
戦場にいた人に「遊んだりしたのか」と聞くのは失礼だったんじゃないかと思ったが、少なくともツクヴァルにも普通に喋ったり遊んだりする同僚がいたことは分かった。この話をしてる今も、顔を顰めたりイライラしたりする様子がないのを見ると、同僚間で虐めなどがあった訳ではなさそうだ。
(ツクヴァルって嫌な話するとすぐ顔に出るしなー)
そんなことを考えながら。
「じゃあ普通に仲良かったんだね」
「そーだな。上官はクソ野郎だったけどよ」
「でも同じくらいの立場の人とかと普通に話せてたんなら良かっ──────」
「まあ同僚ほとんど死んだけどな」
「えっ」
しまった。
軽率過ぎた。
ツクヴァルが前に話していたことを思い出す。
『そいつは十字の炎を空からどんどんと降らせやがった。そのせいで地獄絵図だ、燃えて死ぬやつもいりゃ生き延びたけど火傷跡が残ったやつもいる』
(言ってたじゃん本人が、何してんの私!)
反省する。そもそも、戦場を経験している人に対してなんも考えずに過去のことを聞くのってあまり良くなかったのかもしれない。
私がそうやって戸惑っているのを見てツクヴァルが私の内心を察したのか、また眉を下げた。
「んなオロオロすんなよ別にいいからよ」
「い、いや、けど。ご、ごめん。けど亡くなった人もいるのに」
「別に、よくあることだろ」
特に変わらぬ表情でそう話すツクヴァルを見て、少しゾッとした。
ツクヴァルにとって苦い記憶ではあるのかもしれない。だけど、そんな沢山の人間の死を「よくあること」と思わせるような環境にいたのかと思うと、背筋が寒くなった。
そうか、
これが戦争なんだ。
そう思った時、
「ッ!?」
ズキンと頭が痛む。
こめかみが締め付けられるみたいな気持ち悪さを感じた時、私の頭の中でノイズがかった声が聞こえたような気がした。
【……しか……ない……ごめんね……】
【……から……ようね……】
汗がぶわ、と出た。
ズキズキと酷く響く頭を押さえて呼吸を整えていると、
「ヒロコ! おい!! どうした!!」
ツクヴァルが声をかけてきて、ようやくそのノイズが消えた。
「…………」
ツクヴァルの顔を見る。
「い、いやなんでもない……ごめん……普通に一瞬頭痛くなっただけだから……」
「頭痛〜……? 俺祈祷師じゃねえから治し方分かんねえぞ……」
何か助けになりたいという気持ちはあるのか、私の周りをウロウロして顔を覗き込んでくる。
「ごめん、もう平気」
「……おー、そうか」
汗を拭いて気を取り直す。
(なんか、この前もこんな感じになった気が……)
首を振った。
なんとなく、これ以上思い出したくなかった。
「ごめん! それより本題に戻ろう!」
パンパン、と手を叩いて仕切り直しの合図を出すとツクヴァルが少しだけ不服そうな顔をした後に「そうだな」と言った。
「じゃあ私がもしも血抜きとか解体の本を読んであげたらツクヴァルもできるかもしれないってこと?」
「そのチヌキとかがよく知らねーけどなんかやったら美味くなんのか?」
「前にツクヴァルが一人で狩って食べた時よりは全然美味しくなると思う」
ほおー、とツクヴァルが感心したような声を出したあと、次は「いやでもよ」と続けた。
「ここの山、魔獣はたまに出るけど動物はあんま出ねえぞ。鳥も捕まえにくいしよ」
「魔獣っていうのは食べれないの? てか動物との違いってなに?」
「記憶喪失でもインテリの癖に変なところわかってねえなお前……」
訝しげな顔をされる。
「動物はフツーになんも魔法使わねえ動物だ、魔獣は毒魔法持ってるやつがみんなそうなんだよ」
「毒魔法」
「そうだよ。ファイアベアのビームにも毒あんぞ」
「待って知らなかったんだけど」
クマのビームって、毒あるんだ。
てかそもそもファイアベアってなんだ。
なんかよく考えるとシュールだなと思ったけど、一旦考えるのはやめよう。
「じゃあ毒あるなら魔獣食べるのはナシかー……」
「あたりめえだよバカ、つーかこれから魔獣ぶちのめした時に変なこと考えて素手で死体触んじゃねえぞ。あいつら死ぬと身体に毒広がんだよ、毛皮とかもダメだからな」
「うわっ、怖。気をつけ……る……」
ひとつ引っかかった。
「死ぬと広がるの? 生きてる間は触って平気なの?」
「あ? まあ平気なんじゃねーか? 俺取っ組み合いになったことあるけどそん時普通に平気だったしよ」
「いやその情報も凄いけど」
普通に魔獣と取っ組み合いをした話が出てきて一瞬気が逸れそうになるが、ひとつ考えた。
(……死んでから全身に広がるってことは、毒って元々どこかに偏って存在してるんじゃない?)
血液に毒が流れていて、死ぬと何らかの理由で肉に広がる可能性だってもちろんある。ある、が。
私が思い浮かべていたのは、あの高級食材。
フグのことだった。
【TIPS! フグに含まれている毒はテトロドトキシンと呼ばれていて、熱に安定で加熱処理では分解できないよ! 「しっかり火を通せばフグの肝を食べられる!」とはならないから気をつけよう!】
(毒を持ってることと、全身が毒まみれってことは別だし)
毒を作る場所。溜める場所。あるいは排出する場所。
もしそういう器官があって、死後にそこから毒が漏れているんだとしたら。
もしもフグみたいに内臓のどこかに毒が蓄積されているとしたら。
それを取り除けるとしたら。
食べられると、したら。
(魔獣倒して報奨金貰ってご飯まで手に入って丸儲け!?!?)
(それに、どんな味か知りたい!!!)
私の頭は完全に「節約」と「好奇心」の文字に埋め尽くされていた。
「あのさ」
「んだよ」
「やっぱ魔獣って食べれない?」
「イカれてんのか?」
そんな訳で、調べることになったのである。




