第二隻 4話 差別を乗り越え仲良くなろう作戦!
「町の人ともうちょっと仲良くなるぞの作戦~~~!!!」
私がツクヴァルの肩から手を離してぱちぱちと拍手をすると、彼は一瞬怪訝な顔をした。
「そうしないと仕事も回してもらえないし、ご飯屋さんも行きにくいままでしょ!」
ベッドに座って頬杖をついたままのツクヴァルをぐいぐい引っ張り、床に座らせようとする。「わかった、わかったから」とぶつぶつ言いながら、ツクヴァルは自分から床に腰を下ろした。
さっきから気乗りしなさそうに耳をぺたんとさせているツクヴァルを見て手をぶんぶんと振る。
「いやそりゃ! ツクヴァルだけだと色々嫌なこと言われたり怖がられたり……するかもしんないから! 私も一緒に頑張るよ!」
「おう……そりゃどうも……」
ツクヴァルが床であぐらをかく。
「で、何すんだよ。その仲良し作戦ってのはよ」
「まずめっちゃ話しかける!!」
表情がさらに怪訝になった。ツクヴァルは確かに嫌かもしれないけど今後上手くやっていくためには仕方がない。説明を続ける。
「そもそもどんな人か知ってもらわないと誤解されたまんまでしょ。だからまずは挨拶! 町の人とすれ違ったらこんにちはー! って声かける! コミュニケーションの基本!」
「いちいちやんなきゃいけねえのかそれ」
「いちいちやるのが大切なの!」
そうと決まれば私もいろいろと準備をしなきゃいけない。私の事を知ってもらうためにも努力せねばと思い、町の地図を見て広めの市場の位置を調べた。
「どっか行くのか」
「広い市場! 新人挨拶と言えば菓子折りでしょ! クッキー作んの!」
立ち上がりバタバタとしながらも山から町の方へ降りる準備をする。
「砂糖とか必要になるし! 高くついたらどうしよ……いいや必要経費! うん!」
「…………」
「ほらツクヴァルもついてきて! 氷もできれば買いたいから!」
「引っ張るな引っ張るなって!」
ツクヴァルが大きなため息を吐いて私の後をついてくる。
(何とか頑張るぞ!)
息をふん、と吐く。今後の期待を胸に町へと走った。
市場では小麦粉と砂糖、それから使えそうな油脂を買い込んだ。
卵は思ったより高かったので一度棚の前で固まったが、結局「必要経費、必要経費……」と唱えながら籠に入れた。
山に戻ってからは、作ってもらったばかりの小さな炊事場が早速役に立った。
石造りの炉に火を入れ、生地を混ぜ、焼いていく。オーブンなんて便利なものはないので多少苦戦したものの、何度か試しているうちにそれらしい焼き菓子にはなった。
(生地冷やせるかヒヤヒヤしたけどツクヴァルの魔法あってよかった~~!!)
氷の上に水が染みないペーパー……っぽいのを敷いてその上に生地を置いて冷やすというあまりにも無理やりな作戦を行ったが、ツクヴァルが「俺が何とかできる」と言って氷を溶かさない状態に保ってくれたおかげで生地の冷却も何とか成功した。
【TIPS! 「クッキー生地を寝かせると落ち着く」にはいくつか意味があるよ! 生地を休ませることで、こねたり伸ばしたりして緊張したグルテンがゆるみ、生地が縮み戻りにくくなるんだ。さらに冷蔵すると油脂も固まるので、型抜きしやすくなったり、焼いた時に形が崩れにくくなったりするんだ!】
(ん? てかその魔法しれっとやばいことしてない?)
そういえばツクヴァルの魔法について知らないことが多いが、ひとまず後で聞こう。
「苦戦したけど味はおいしい!! ほらツクヴァルも食べて」
「んぐ」
ひとつ口に押し込んでやるともぐもぐと咀嚼した後に「うめえ」の一言のみを言った。
「レシピ見なくても分量なんとなく頭入ってるんだよね! 昔っから作ってたからさ!」
「ふーん……ん?」
「早速行くよツクヴァル!」
焼き菓子を小分けに包み、籠いっぱいに詰め込む。
我ながら見栄えも悪くない。少なくとも人に渡して恥ずかしい出来ではないはずだ。
籠を両腕で抱えて、ツクヴァルを引き連れ山を下りる。
何度か往復したおかげで、この道にも随分慣れてきた。石の多い坂道を下っていけば、木々の隙間から少しずつ町の屋根が見えてくる。
町へ入るころには、夕方前の市場がある程度賑わっていた。野菜を並べる店、肉を吊るした店、何に使うのかよく分からない乾燥した草を束にして売っている店。店先では客と商人の会話がいくつも聞こえてきた。
そして、その中に入った途端。
ちら、と何人かの視線がこちらに向いた。
……正確には、私ではなくツクヴァルの方に。
「…………」
ツクヴァルが腕組んだのを見て軽く背中叩き、目が合った町の一人に挨拶する。
「こんにちは! 最近山の方に住み始めたヒロコって言います!」
「……ども」
「ツクヴァル! 元気に!」
またバンと背中を叩くとほんの少しだけ覇気の出た声で「どうも」と言った。
「これ良かったらどうぞ! 今後も仲良くさせていただきたいので!」
籠から包みをひとつ取り出して差し出す。
「あー……いいんですか? ありがとうございます」
「いいえ!」
よし、まずは一人に渡すことに成功。
次は角の生えた身長の大きい男性に挨拶する。
「こんにちは! 山の方に住み始めたヒロコです! これどうぞ!」
「あぁ! こりゃ丁寧にどうも!」
「……うまいですよ」
ツクヴァルがへったくそな笑顔を向けたのを見てちょっと笑いそうになったが、彼も努力しているんだと思うと嬉しかった。この調子で声をかけていく。
「こんにちは!」
「ヒロコです!」
「クッキーどうぞ!」
そんな調子で、
十数人に声をかけて回っているうちに、籠の中のクッキーはすっかりなくなっていた。
達成感で少し身体が熱くなり片腕で汗をぬぐう。
「頑張ったじゃんツクヴァル!」
「どちらかといえばめちゃくちゃ頑張ってたのお前だろ」
「いやいや! ツクヴァルなんか慣れてなさそうな笑顔とか頑張ってやってたし!」
「馬鹿にしてんのか??」
「してないしてない! 褒めてる!」
そんなことを言い合いながら、空になった籠を抱えて市場をあとにする。
(思ってたより全然いい感じじゃん!)
断られたことも何度かあったけれど、それでもほとんどの人は受け取ってくれた。
少なくとも、最初の一歩としては上出来なんじゃないだろうか。
「よーしこの調子で仲良くなっていくぞ!」
「毎日とかはやめろよ」
「二日に一回くらいだって!」
「多いわ」
なんて話しながら角を曲がったところで、ふと足を止めた。
道の端に見覚えのある紙が落ちている。
水を通しにくい、少しざらついた紙。さっき私が焼き菓子を包むのに使ったものと同じだった。
そのすぐ横には、割れたクッキーが一枚。
ほとんど齧られてすらいない。
「……あ」
一つだけなら、落としたのかもしれない。
そう思って顔を上げた。
その先には、住民たちが使う共同のごみ捨て箱が置かれていた。
中に何気なく目を向けた。
バレないようにという意図なのかはわからないが、白いちり紙で包まれたクッキーの袋らしきものがあった。
だけど風やら捨てたときの衝撃やらでちり紙がずれて、袋がわずかに顔を出していた。
それが一つだけではなく、いくつか見えた。
「…………」
私は空になった籠を見る。
さっきまで、全部配れたことが嬉しかったのに……
今は、その空っぽの籠が宙ぶらりんになったみたいに軽かった。
「受け取らなくてよかったんじゃないか……」
急に現実が押し寄せてきたみたいに、住民の声が後ろの方から聞こえてきた。
「断ったら面倒そうでしょ、あのバツ印といるんだし」
「それは俺も思うけど……」
「それにねぇ」
その声が嫌にはっきりと響いた気がした。
「あの子だって明らかによそ者じゃない、あんな暗い髪のアノトってこの辺じゃ見ないでしょ? どこから来たのかしらほんと……」
暗い髪のアノト。
自分の青色の髪の毛を見る。多分、私のことだ。
よそ者。
よそ者、よそ者、よそ者。
その言葉で冷水を頭からぶっかけられたみたいに目が覚めた。
(そうか)
(私)
ここの人じゃ、ない。
ツクヴァルを町の人に馴染ませなきゃ。
ずっと、そう思っていた。
まるで自分は最初からあちら側にいるみたいに。
違ったのだ。傲慢だった。
私も────
(ツクヴァルと同じ、こっち側だったんだ)




