第二隻 3話 ツクヴァル、強いのに溝を深める
とある夢を見た。
【……が……は……受け入れ……】
ノイズがかった声と映像が目の前で流れている。私の隣にいる女の人は呆然とした後に大泣きしていて、大丈夫ですかと声をかけようと顔を覗こうと思ったが、表情にもモヤがかかっていてよく見えなかった。
【……たの……よ……私たち……】
「?」
私が女の人の言葉に首を傾げると掴みかかるみたいに胸ぐらを掴んできた。
【負けたのよ、私たち!!!】
そこだけ嫌に明確に聞こえて、全身から汗が噴き出して。
そして目が覚めた。
汗だくになった全身の表面が嫌に肌寒いような気がして気持ち悪かったのでタオルを探して拭った。
「…………」
なんだか嫌な夢を見たなと思った。何が嫌なのかは具体的には言えないが、とりあえずそうとしか表現ができなかった。
悪夢から現実へ戻った浮遊感が気持ち悪くて窓の外を見るとツクヴァルの小屋がある。それを見てようやく「起きられたな」と実感が湧いた。
「よし」
町の役場にあった資料をいくつか机に並べて向き合う。
「安定収入のために目指せ、ギルド設立!!」
そんなわけで私たちはようやく冒険者として依頼を受けるところまで来たのである。
そしてここ数日はとにかく、とにかく忙しかった。
まず二人で協力してこれから依頼を受けに行くには明確な拠点が必要になる。ツクヴァルには自分の小屋があるから良いとして、私は住むところがない。ツクヴァルの小屋に住むとしても部屋が狭すぎる。
住む場所が無いなら宿泊施設を借りるか、継続してやるとしたら相当なお金がかかるぞと唸って悩んでいたら、
「あ? じゃあ俺作るか」
ツクヴァルがそんな信じられないことを言って、なんと本当に小屋を完成させてしまったのである。
突貫工事とはいえ雨風はしっかりと凌げるし、ベッドもまあ寝れる。自炊できる場所があるといい、と要望を出すと石と粘土で固めた小さなかまどと木製の作業台を完成させていた。
(今考えてもあいつ凄いな…………)
まさかその日のうちに寝られる場所ができるとは思わず、私がすごいすごいと騒いでいた時のツクヴァルの顔は少し得意気だったような気がする。
で、
私が住む場所やふたりで集まる場所についてはクリアできたのだが。
「…………やるとなったらなったで、もっと問題出てくるな〜〜」
……ここまでで説明していなかった、先日のことを思い出して大きなため息が出た。
まず一つ目の問題。
私が依頼書を読み、そしてツクヴァルが指示に従って動く。それについてはツクヴァル自身が案外素直に動いてくれたので全体的に上手くいった。
いったのだが、その後にそもそも根本の問題にぶち当たったのだ。
(依頼書を、明らかに回されなくなってきてる!!)
今までは町の掲示板に貼られていた依頼書だが、最近は明らかに紙の数が少なくなってきている。それなのに冒険者受付は相変わらず人が出入りしている。
原因は十中八九……私とツクヴァルだ。
「……ツクヴァルと派手に依頼をやりすぎた」
ツクヴァルは強い。
明らかに、強い。
その強さはこの前のファイアベア討伐の時に目の当たりにしたが、依頼をこなしていく中でもその実力がよくわかった。
討伐目安 2時間と書いてある依頼を普通の顔して40分で終わらせたり、そんなんだから時間が余ったとか言って別に頼まれてもない魔獣を倒して、報奨金を上乗せしてたり。
普通の冒険者なら「君強いね! ぜひもっと上位の依頼を受けない?」と言われるところみたいだが、
相手はバツ印のツクヴァルである。
(いい顔されるはずがない!!)
そんなことを続けていたら掲示板に残る依頼の内容が明らかにしょぼくなってきた。手先が器用な人募集とか店番募集とか、もうそれ冒険者じゃなくて良くない? みたいなものが。
どうやらまともな依頼は住民のコミュニティの中で回されたり紹介されているようだが、私たちがその中に混ざれるわけがない。
というか、ツクヴァルに頼みたくないからそうしている人が多いのだろう。
なんなら……
『あのバツ印の人、他の冒険者の成果でも横取りしてんじゃないの?』
なんて誤解される始末。
「ギルド設立には条件があるのにこのままじゃ良くなさすぎる!!」
バン、と机を叩くと書類がその衝撃で滑るように少し動いた。
ギルド設立にはいくつかの定められた条件がある。まず活動拠点があること、そして読み書きのできる管理担当がいること。さらには……
「……一定数の依頼実績があること、保証金があること」
先程「目指せ、ギルド設立!」と言った傍からこの状況である。
依頼を回して貰えないのであればそもそも依頼ができない、お金も貰えない。
大問題だ。
「あともうひとつ地味〜〜にヤバいのが……」
二つ目の問題、食費。
食費である。
ツクヴァルはものすごく動ける代わりにものすごく、食べる!!
その量はなんかのアスリートかそれ以上なんじゃないかってくらいで、普通の成人男性の3倍か4倍は食べている気がする。
(いや、この世界色んな種族がいるから普通の成人男性の食べる量がどのくらいかは知らないけど、あれは明らかに異常だって!!)
そしてツクヴァルはちゃんと食べないと中々動けない。お腹が空いている時は、仕事中の動きが明らか鈍っているし機嫌も悪い。だから町の安い食堂に行って栄養補給しようとしても、こんな感じで派手に動いてしまっている上に元々の扱いが扱いなのでまあ歓迎はされない。食べている時の様子を見るとかなり居心地が悪そうだ。
「ここまでの問題を整理しよう!」
商店で買った鉛筆を持ち紙にそれぞれの問題をまとめていく。
なんとか整理していって、結局辿り着いたのは……
「町の人と……馴染めてないこと……だね……」
その結論にいつも至るのだ。
依頼書を回して貰えないのも食堂の居心地が悪いのも、ツクヴァルが差別されていて町に馴染めていないのが問題なのだ。
差別されてることに関してツクヴァルは悪くない、悪くないのだが。ここを解決しないとどうにもならない。
「…………」
頬がひくつきそうになるのを堪えながらツクヴァルの小屋へと向かう。
小屋の窓からツクヴァルの様子を覗くとベッドで寝そべっていた。依頼以外ではあまり消耗したくないのか、外に出る時以外はこうしていることが多い。
「ツクヴァルさ〜〜ん……」
「あ? なんだよその呼び方気持ちわりぃな」
ドアをノックして声をかけるとツクヴァルからそう返事が来た。ガチャリとドアを開ける。ツクヴァルは寝そべっていた身体を起こし、ベッドに座ったまま頬杖をついた。
「今日はなんかやることあんのか」
「いや〜〜……実はちょっと……今日もなくってぇ……」
「あ? また依頼書剥がされてんのかよ。しょーもねえことしやがってあいつら」
「だからその……お金もなくってぇ……」
「んあ?」
ツクヴァルが片眉を上げて返事し、
「じゃあ俺が食う分減らせばいいだろ」
結局、こう言われてしまうのだ。
「いや……それはちょっと根本的解決になってないというか……」
「ねえもんは仕方ねえだろ、依頼書も回ってこねえしな。どうしようもねえならどうしようもねえんだよ」
「…………」
ズカズカとベッドに向かいツクヴァルへ近付く。
「どうしようもねえことは諦めて───────」
「どうしようもなくなーーい!!!」
ここにちゃぶ台があったらひっくり返す勢いでツクヴァルに叫んだ。長いうさぎの耳がぴんと立って目をぱちぱちさせて驚いた様子を見せた。
「どうしようも、なくなーーい!!!」
「いやそれはさっきも言ったからわかるって!!」
「ツクヴァル!! このままじゃ私たちご飯食べられなくなるよ!!」
私の剣幕にツクヴァルが後ろへと下がる。
「そ、それはまあ良くねえけど」
「良くないんだよー!!!」
「落ち着けって!!」
「落ち着いてられるかー!!」
ツクヴァルがわあわあと喚く私を何とかなだめようとして肩を軽く押さえてくる。
一通り騒いでゼェゼェと息を切らし、ツクヴァルが口をへの字に曲げたところで、
今度は私がツクヴァルの肩を掴んだ。
「ツクヴァル!!」
「私たち、『町の人たちともうちょっと仲良くなろう作戦』しないとダメかも!!」
そして、そう叫んだ。




