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第二隻 最終話 それでも、生きていく

 心臓が冷えたみたいに重くなる感覚がした。

 町にあるものすべてが他人の場所に見えた。これから馴染んで、上手くやっていこうと思っていた場所なのに。


 私がいられるスペースだなんて用意されていなかったのだ。


(そもそも)


(初対面の人にお菓子渡されて警戒しないわけないじゃん、なに空ぶってんの。恥ず)


 不安と一緒に恥もこみあげてきて動けなくなった。

 そうすると、あの小屋すらも帰る場所だと思っていいのか分からなくなってきた。


(私は、この世界にいるべき人間じゃ、なくて)


(そもそも、アノトってやつも、あんま知らなくて)


 震えた。


(だから、あの小屋も)


(本当は帰る場所なんかじゃ────)


 そこまで考えたとき、


「おい」


 ツクヴァルの声で目が覚めるように我に返った。

 横を見る。


 ツクヴァルの顔に、大きく青筋が浮かんでいた。


「テメェら後ろでこそこそと喋りやがって……!!」


 住民の方へと歩いて行こうとする。


「俺はともかく!! こいつは仲良くやろうってしてただろうが菓子まで配り歩いてよ!! んな聞こえるように愚痴吐く必要あんのかよ!!」


「つっ、ツクヴァル」


「テメェらのその偉そうな態度が────」


「ツクヴァル!!!」


 ガタガタと震えてしまった手でツクヴァルの裾を引っ張った。


「やっ、やめ」


 そう呟いた私の表情を見て、ツクヴァルの顔から怒気が抜けた。


「…………」


 さっきまで吊り上がっていた眉がゆっくりと下がる。

 ぴんと立っていた耳まで力をなくしたように伏せた。


 見たことがない、悲しそうな顔だった。


 その切なそうな表情を見ているのが辛かった。


「チッ」


 ツクヴァルが舌打ちをして山の方へと早歩きしていく。


 一瞬ぼうっとしてしまったが、


「ツクヴァル!!」


 私もすぐに追いかけた。

 そこまで離れていないはずなのになんだかすごく距離があるように感じて、走って走ってあとをついていって、そしてようやく追いついた気がした。


「…………」


 私がすぐ後ろにいることに気がついたツクヴァルが立ち止まって、そのまま振り向かずに話しかけてきた。


「俺と一緒にいなけりゃあそこまでは言われなかったと思うぜ」


「…………」


「さっきキレちまったしな。お前がニコニコして努力してたのによ」


「あの」


「けどよ」


 ツクヴァルが振り向いて、


 寂しそうな顔をしながら口を開いた。


「俺たちがさ、クソみてぇな理不尽な努力して歩み寄る必要ってあんのか?」


「結局こうなるんだよ、結局な。何も変わんねえよ」


 いつの間にか辺りは随分と暗くなっていた。

 山へ続く道の向こうで、沈みかけた太陽が空の端を薄く赤く染めている。

 さっきまであれだけ賑やかだった町も、遠くから見ればぽつぽつと灯りが点き始めていた。


 風が少し冷たい。


 空になった籠を抱えたまま、私はその場に立ち尽くした。


 ツクヴァルの顔も、夕暮れの影に半分沈んでいる。


 それでも町の方は次々と明かりが灯っていく。

 誰かが帰る家の明かり。

 誰かが食事をする店の明かり。


 そのどれもが、今の私には遠かった。


(どうしよう)


 ツクヴァルの言葉に上手く反論できなくなっていた。

 だって頑張る姿勢を見せても結局こうなってしまったのだから。


 じゃあ次はクッキー渡すのをやめて農作業でも手伝うか? 結果は同じだろう。


 根本的にうまくいかなかった原因は、そういうところではないのだから。


「戻るぞ」


 首だけ振り向いていたツクヴァルがまた山の方へ向いて歩き出そうとする。


(そうだよね)


(私たち、別に悪くなくない? それなのになんでこんな傷つかなきゃいけないの?)


 そうだ。もう無駄なことなんてやめればいい。

 あんな人たちと分かり合うって無理だ。確かにクッキーはやりすぎだったかもしれないけど、町の道やゴミ箱にわざわざ捨てる人たちなんて。


 やめればいい、けど。


 そしたら


(私たちって多分)


(一生、いなくていいものとして扱われ続ける)


 立ち止まった。

 拳を握った。


 思いきり歯を噛みしめて涙が出そうになるのを堪え、叫んだ。


「ツクヴァルーーー!!!」


「うおッ!?」


 びょんとツクヴァルの長い耳が飛び跳ねるように立って、私の方へ体ごと振り向いた。


「な、なん」


「ツクヴァルのせいじゃ、ない!!!」


 ツクヴァルが目を見開いた。


「俺と一緒にいなければここまでにならなかったとか、キレちゃったとか、言ってたけど、ツクヴァルのせいじゃない!!!」


「…………」


「悪いのはあんな態度取ってくるほうじゃん!! なんで私たちこんな思いするんだろうね!? クソじゃん!! クソすぎ!!!」


「お、おま」


「でも!!!」


 叫びすぎて息切れした喉でまた振り絞るように、叫んだ。


「そんな理不尽でクソみてぇな努力を!!! これからも一緒に続けてくれませんか!!!」


「私たちがいないことにされないために、ここにいるぞって言ってやるために!!!」


 ここまで叫びきった時、ぼろぼろと勝手に涙があふれてきて、声を上げて泣いた。

 初めてここに来た時、祈祷師がツクヴァルの治療を断ったのを思い出した。


 そうか、

 これがいないことにされるってことなんだって。


 今、強く実感した。


「お、おい……」


 ツクヴァルが明らかにうろたえた様子で私の方に近寄り、行き場の無い両手をふらふらさせていた。


「泣くなよ……」


「泣くでしょお!! あんな扱いされたらぁぁ!!!」


「…………」


 ツクヴァルが酷く困ったような表情をしたあと、


「わかった」


 そう言った。


「付き合うよ、これからも。クソみてぇで理不尽な努力」


 ハンカチを持ち歩いてないからなのか、なんと自分の上着を脱いで差し出してきた。


「けどよ、そのたびにお前こうやって泣くつもりか?」


「すげえ辛いと思うぞ」


 上着を受け取った。

 さすがにこれで涙やらなんやらを拭けないので、そのまま羽織った。


「…………」


「んな思いするくらいなら────」


「だから」


「ん?」


「努力の方向を、作戦変更します」


 …………。


 数日後。

 私たちは今日も、依頼を探しに町へと出た。

 まともなものは残っていなかった。


 そして、


「…………」


 ツクヴァルと顔を見合わせて、


 頷き


 受付の方へと歩いていく。


「すいませーーん!!」


 私が声をかけると猫耳の女性が驚いて思いきり背筋を伸ばした。


「はっはい! なんでしょうか!」


「あそこにある依頼、全部ちょっと合わなさそうなんで!!」


 バン、と一枚の紙を受付に置いた。

 報奨金や仕事内容の目安を、私なりにまとめてきた紙だ。


「こんな感じの依頼、ありますか!?」


 図々しく、堂々と聞くことにした。


『……分かり合えないんだったら別に分かり合わなくていいかも』


 あの夜のことを思い出す。


『んじゃどうすんだよ』

『ビクビクしたり居心地悪そうにしないで、超堂々とするの』

『……ほお?』

『だって私たち』


「こうやって聞く権利が、あるので!」


 ……その日は受付や町の人たちに良い依頼がないか聞き回り、スモールドラゴンの討伐依頼を見つけた。

 その報奨金でまたご飯屋さんに行き私はオムレツを、ツクヴァルはレッドポークのステーキを頼んだ。


「あーー美味しい!!! すいませんケチャップって追加で頼めたりしますか!!!」


「おーうめえな! 俺も水くれ……くださいよ!」


 厨房から漂ってくるバターの良い香りの中、角がついた店員が苦笑いしながらケチャップと水を運んできた。


 私とツクヴァルは、二人で顔を見合わせて笑った。



 ………。


「いらっしゃいませー」


 そして、またどこかで日常の音が聞こえて……。


 私たちはその彼と、新たに関わることになる。



【第二隻 完】


【第三隻目が旅立つ】

個人的にすごく書いてて楽しかった話です!感想やブクマいただけたら大喜びします!


次の話で2人のビジュアル手描きイラストを挿入しますのでよければご覧になってください。

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