転落
トリヤは突然ふらりとし、鍛錬場で倒れそうになった。
「おっと、大丈夫か?」
「あ、すみません……疲れてるのかもしれないです」
「あんま無理するなよ」
たまたま近くにいた同僚が支えてくれたが、こんなふうにふらつくのは今回が初めてではなかった。
(どうしたんだ……よく寝てるはずなのに。早く……マリーデ様の側に行きたい)
マリーデの周囲に漂う甘美な香りを吸い込むと、霧がかかったような頭の中がすっと晴れる感覚があった。
その“すっきり”は日に日に強くなり、リリアのことは自然と頭の隅へ追いやられていった。
「トリヤが側にいると安心できるわ」
マリーデの言葉だけが、まるで蜜のように脳へ染み込んでいく。
思考がどろどろと溶けていくようだった。
「トリヤも鍛錬のおかげで逞しくなったわね」
「……マ、マリーデ様……」
その時、外が急に騒がしくなった。
ドアを激しく叩く音、何人もの足音が屋敷内に響き渡る。
「……ついにばれたみたいね。クスラ、手筈通りに」
「……はい」
マリーデはまったく焦った様子を見せなかった。
(何が……どうなってるんだ……くそっ、頭が痛い……)
トリヤがうずくまりかけたその瞬間、マリーデの部屋のドアが乱暴に開け放たれた。
「城下警備隊です。マリーデ様に“とある薬”の密売容疑がかかっています」
「く……薬?!なんのことです……?!」
マリーデは“初めて聞いた”という顔で動揺してみせる。
「香水瓶に違法薬物を混ぜ、客に渡していた疑いがあります」
「そんな……私、そんなことしていませんわ。
もしかしたら……そこのトリヤが……。
最近うちの香水を使って、なにやらしていたみたいなのです」
マリーデに指さされ、トリヤは茫然とした。
「ね?クスラ。そうよね?」
クスラはじっとマリーデを見つめ、次に城下警備隊へ視線を向けた。
「通報したのは僕です」
「な……お、お前……私を裏切ったの……!!」
マリーデは目を吊り上げ、クスラに向かって叫んだ。
「あれだけ可愛がったのに、なぜ……!!!」
「可愛がった?実験動物で遊んでただけでしょう、あなたは」
城下警備隊がマリーデとトリヤを拘束する。
「クスラ殿も、一緒に来てもらいます」
「ええ。なんでも話しますよ……なんでもね」
暴れ叫ぶマリーデとは対照的に、クスラは静かに警備隊の後をついていった。
――――――――――――――――――――――――
牢屋の中で、トリヤはただ茫然と座り込んでいた。
(何が……起こったんだ……?一体、俺は……)
奥の方から、ゆっくりと足音が近づいてくる。
「お前、とんだバカだなあ」
鉄格子の向こうに現れたクスラは、ニヤニヤと笑っていた。
「俺がどうしてこんなに身長が低いか、知ってるか?この薬のせいだよ」
「!!」
「小さい頃から、あの女にずっと薬を使われてきた。
どれだけ苦しんでも、どれだけ叫んでも……
誰も助けてくれなかった」
クスラの声は笑っているのに、どこか底冷えするようだった。
「ま、俺はお前のおかげで復讐できたってわけだ。ハハハ!」
トリヤの顔から血の気が引いていく。
「お前も捨て駒で雇われたんだよ。
全部なすりつけられる予定だったんだ。
……まあ、その計画も俺がぶっ壊してやったけどな」
「じゃあ……あの甘い香りは……俺……」
「だいぶ抜けて、頭の中がはっきりしてきたんじゃない?
現実世界に戻って幸せかどうかは……知らないけど」
それだけ言い捨てると、クスラは踵を返し、牢屋から離れていった。
残されたトリヤは、震える手で頭を抱えた。
(俺は……何をしていたんだ……?リリアに……何を……)
リリアの花屋の優しい香りが急に懐かしくなり、
それが更にトリアを苦しめた。
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