5 抗争
当初の計画では、仕事をすることで恩を売った鍛冶屋から武具を安価で買おう……などと考えていたのだが、あいにくとそれはよりにもよって冒険者に阻まれた。とはいえ親方が金払いの良い冒険者を優先したことを責めるつもりはない。
それに、想定外の収入で懐は潤っている。逆に考えれば、余計な貸し借りをする必要がなくなったと割り切ることも出来る。
ということで俺はひとまず、街に入ってから目星をつけていた衣服屋に足を運び銀貨一枚を先に手渡して適当な装備を見繕わせた。
銅貨ではなく銀貨だったのが功を奏したらしく、必要以上にカモられることもなく格好だけは田舎猟師から冒険者にランクアップしてから武器商へ。
ばら売りされている鏃から品質の良いものをいくつか選び、解体用兼護身用のナイフ、冒険者がよく身に着けているショートソードをまとめて購入する。
そうして最低限の必要な装備をそろえた俺は、もう一度クエストを受注するために件の店へと向かった。
ちゃんとした格好をしているおかげか、変にいぶかしがられることもない。そうなると視線に怯える必要もなくなって、周りがよく見えるようになった。
いや、今までがいかに盲目的だったのかと、気づかされたというのが正確か。
職探しをしているのは俺だけじゃなく、幼い子供から大の大人まで、様々な人がうろうろと彷徨っていた。
彼らはどうやら文字が読めないようで、恐る恐る紹介人に声を掛けては無視されている。
いや、無視されるだけならまだマシなのかもしれない……
幼い少年が紹介人に話しかける様子が目に入った。着ている服はボロボロに汚れているが、よく見ると素材は悪くないものが使われている。家が没落でもしたか、あるいは俺と同じように家族から捨てられでもしたか。
少し気になって遠目から観察していると、少年に話しかけられた紹介人が邪悪な笑みを浮かべるのが目に入った。
「あの……お仕事を、くださいませんか」
「ええ、ええもちろんですとも! そうですね、そうですね……ではこちらのお仕事などは、いかがでしょうか?」
聞き耳を立てていると、彼はどこかから一枚の紙切れを取り出した。
前世の記憶で見覚えがある……それは仕事の紹介などでは断じてない。
それは記載された内容を双方に強制させる『契約書』という名の魔道具だ。
単に契約内容を記しただけの一般的な契約書とは違い、そこに書かれた内容は双方が破棄を望まない限り確実に遂行される。
例えばそこに『絶対に服従する』とでも記されていた場合、本人の意思すら超越して奴隷にすることすら可能となる。
「良いお仕事がありますよ。仕事を受けたければここに拇印を押して……」
そんな甘い言葉に唆されて、少年は言われるがまま親指を朱肉に当てた。
誰もが見て見ぬ振りをして、誰も少年を助けようとすらしない。
前世であれば、俺も何もしなかっただろう。いや、もしかしたら奴隷になった少年を買って手駒にするぐらいは考えたかもしれないが……だが今世の俺は、少なからず似たような立場になったことで、彼に同情する気持ちがあった。
もしも俺が、前世の記憶を引き継いでなければ、あの少年と同じ末路を辿った可能性は十分にある。そう考えるとどうしても「自業自得だ」と見捨てる事を躊躇ってしまう。
気づけば俺の足は少年と紹介人の元へと向かっていた。とはいえ問題を大きくしたくない。なんとか穏便に解決しよう。
そんなことを考え、手を伸ばしながら口を開くと……
「ちょっと、待ったぁあ!!」
俺の口ではない別の所から放たれた大声が、床や天井に反響して広がった。
言いたいことを先に言われた俺は「がふっ」と言葉を空回りさせ、驚いて横を見る。
俺より少しだけ年上の、とはいえ若い女性だ。
その顔には見覚えがある。親方の店に訪れていた二人組の冒険者、その若い方。
セミロングの金髪はよく手入れされ煌めいていて、間近に見る顔は二度の人生で見た中でも群を抜いて整っていた。
怖いぐらいの……まるで人を魅了する目的で造られた人工物のような美しさに、俺は思わず言葉を失った。
彼女は驚いて固まった少年の手を取って、契約書から遠ざけ、ばつの悪そうな顔をする紹介人を睨み付けた。
「ふう、間に合った。危ない所だったね。君、その男に騙される所だったんだよ?」
「え……っと、お姉さんは?」
「うん。私はしがない冒険者ってところかな。趣味で人助けをしているの。君は? どうしてこんな所にいるの?」
「僕、パパとママに『いらない子』って言われて……ヒグッ! そ、それで、ぅ……ぇぇええん!!」
少年は、緊張の糸が切れたように女性冒険者に抱きついて泣きだした。
彼女は困ったような顔をしながら彼の背中を優しく撫でる。
計画が失敗に終わった紹介人は、沙汰を待つ罪人のように青ざめたまま下を向く。
そんな様子を見て、何事もなかったようにその場を離れようと後退ると、俺の両肩に後ろから手を乗せられた。
心臓が止まるかと思うほど驚きながら全力でその場を逃れると、いつの間にかそこにはもう一人の冒険者。初老の女性が立っていた。
身を屈めて手からすり抜けるようにすると、彼女は「おや」と少し驚いた声を出してから、対して興味もなさそうに相方の女性冒険者に顔を向けた。
「アリス、間に合ったかね?」
「はい、師匠! 契約前に止めることが出来ました……えっと、その子は?」
「この少年も、君と同じく彼を助けようとしていたようだ。アリス、君の方が一歩だけ早かったようだがね」
「そうか! この世もまだまだ捨てたものじゃないですね!! 私はアリス。君の名は?」
この世の光を全て束ねたような快活さに、俺は前世の嫌な記憶を思い出しながら「チッ」と舌打ちをする。
クソが、こんなことになるなら、変な正義感を出さなきゃ良かった……などと後悔しても意味が無い。
この場から逃げだそうとして重心を移動させるが、老婆は目敏く退路に割り込み、逃げ道はあっけなく塞がれる。
二対一という時点で厄介なのに、どうやらそもそも一人一人が俺より強い。俺は逃げることを諦めてアリスと名乗った女性冒険者を睨み付けた。
「俺は、ルイン。冒険者のルインだ……」
「そうか、そうかルインというのか。ではルイン。私から提案がある、聞いてくれ!」
彼女は抱きついていた少年を離し、頭に手を置いてなだめながら俺に目を向けた。
その瞳はまるで、獲物を狙う肉食動物のようにギラついている……口では「提案」と言いながら、俺を逃がす気はないらしい。師匠と呼ばれた女冒険者は「やれやれ」と呆れたように笑いながらも、微塵も油断を見せることはない。
もうだめか……と諦めそうになった瞬間だった。
邪悪な気配。としか形容の出来ない、悍ましい空気が周囲に充満する。フードを深くかぶって顔を隠した怪しい何者かが、カン……カン……と固い足音を立てながら、近づいてくる。
その姿を見た瞬間に他の紹介人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。少年を嵌めようとしていた紹介人だけは何かを知っているようで、頭を抱えながら「ごめんなさいごめんなさい……」と狂ったように連呼した。
アリスとその師匠は警戒しながらマントを脱ぎ捨て腰に佩いた刀を鞘から抜き、彼女達の属性核が静かに励起する。
対する敵は、二人の上級冒険者を見ても動じる様子がなく、それどころかフードの中でニヤリと表情を歪めるのが見えた。
「おいおい、何事かと思ってきてみれば、冒険者様とはな!」
若い、男の声だ。
フードマントの中から小ぶりなショートソードが出され、粘り着くような属性が付与される。呼応するように冒険者達も刀に水の属性を流す。
「師匠、あいつが……?」
「まだ確証はないが、油断するなよアリス! 来るぞ!!」
ガギィ……鈍い金属音と同時に、師匠の刀と男の短剣が交差していた。師匠がアリスに目配せをすると、俺はアリスに首根っこを掴まれて店の外まで引きずられて運ばれる。
「ルイン、悪いが君と話をするのは後だ。安全な所まで逃げてくれ!」
それだけ言って彼女は戦場と化した空間へと戻る。フードの男はもう一振りの短剣を取り出し双剣でもって二人の冒険者を相手取る。
刃と刃、属性と属性がぶつかり合う。動きが速く、複雑すぎて俺には何が起きているのかすら理解が及ばない。
ただその表情を見る限り、どうやら優勢なのは冒険者達のようだ。フードの男は徐々に追い詰められ……握っていた短剣を投擲した。誰もいない場所に……いや、そこにはちょうど、怯えて震えていた紹介人がいた。くるくるとちょうど一回転した短剣が、彼の肩に突き刺さる。「いぎぁぁぁぁあああ!」という悲痛な声が聞こえたかと思ったら、短剣が突如として燃え上がる。数秒後、火が鎮まると紹介人の身体は炭化して跡形もなく崩れた。その隙にフードの男はどこかに姿を消していた。
ガラン……と、短剣が床に落ちる音を聞いて我に返った俺は「しまった……逃げられました」と悔やみながら焼死体に近づいて検分しようとする彼女達に気づかれないように、街の人混みに紛れた。




