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4 初仕事

 冒険者ギルドから距離を取った程よい所で屋根から地上に降りた俺は、そのまま何事もなかったように街を歩くことにした。


 日が昇るにつれて、街道を歩く人の数も増えてくる。暖かい日の光が綺麗に整備された石畳に反射してキラキラと輝く。季節柄なのか嗅ぎなれない花の香りが漂った。どこか懐かしいようで、眠たくなるような光景。

 誰も彼も見た目に気を遣った貴族のような格好で、まともに戦えそうなのは時折見かける衛兵ぐらいのものだ。

 そして彼らも相手できるのは街の犯罪者ぐらいが精一杯で、それ以上の脅威に対抗できる装備ではない。

 前世の俺が生まれ育った国からは山と砂漠を挟んだ西側国なだけあって、魔族の脅威からは縁遠いのだろう。


 さらにはここ数十年は領土を奪い合う戦争が起きていないとのことで、数ヶ月後には他国の要人を招いて平和記念の式典を行う予定もあるらしい。

 俺の故郷である隣国との国交もまあまあ正常で、一般人が気軽に通行できるほど緩くはないが、断絶していると言うほどでもなく貿易は頻繁に行われている。

 俺の祖国からは海で採れる魚介や塩、山で採れる獣肉や毛皮などが輸入され、この国からは職人による加工品、あるいは遥か東国から運ばれてくる茶葉や香辛料などが輸出されているようだ。


 そんなことを前世の知識と摺り合わせながら歩いていると、多くの人や荷馬車が忙しなく出入りする巨大な広場が見えてきた。

 国の権力を誇示する巨大な噴水を囲むように、様々な出店がずらりと並んでいる。前世でも様々な国で見た光景だ。

 記憶と違うのは行き交う人の種類と並ぶ商品の違いだろうか。

 平和な西方国らしく、荒くれ者の姿はほとんど見られず、庶民でさえもある程度の身形を整えている。

 鍛冶屋の代わりに宝飾店が並び、刀剣の代わりに家庭用の調理器具が陳列されている。極まれに見られる武器にしても、実用性を無視した過度な宝飾のされたものがほとんどだった。


 周囲の店々を見学していると、俺はようやく目当ての店を発見する。

 他の店が張りぼてに感じられるほど頑強で、重厚な柱と壁に支えられた三階建ての巨大な建物。その一階部分はピロティになっていて、数多くの紹介人の姿があった。

 彼らはそれぞれが自家製の掲示板の前に立ち、通りかかった商人や町人に笑顔で声を掛けている。

「それなら、いくらいくらで受けますよ」「いや高い。まけてくれ」「仕方ないですね、今回だけですよ……」

 そんなやり取りと共に様々な雑用が『クエスト』として集積されている。


 いくつかの掲示板を流し見したが、割のいい仕事など一つも残っていない。

 薬草の採取、鉱山の肉体労働、下水道の清掃、害獣の駆除。そんな、誰かがやらなくてはならないが誰もやりたくないような仕事が、子供の小遣いぐらいの金額で掲載されている。まるで、冒険者として生計を立てることの難しさを物語っているようだった。

 とはいえ贅沢は言っていられない。ひとつ適当な仕事でも選ぼうと思って暇そうな仲介人に近づくが、声を掛けようとすると「ケッ」と苛立ちを隠さない態度でそっぽを向かれた。

 それでも俺はあえてそれに気づかないふりをして、図々しく話しかける。

「すまないが、仕事を紹介してくれないだろうか」

「……好きにしな。そこに貼られてるのを勝手に持っていけ。……まぁ? 冒険者ごときに文字が読めるならの話だがな」

「そうか。ではこの『煙突掃除』を任されよう。ありがとう、感謝する」

「あ、ああ……」

 掲示板から古びた依頼用紙を剥がした俺に、彼は間の抜けた顔で固まった。農村から出てきたばかりの粗末な恰好をした俺みたいな少年が、依頼内容を正しく読み上げるとは思ってもみなかったのだろう。

 前世の記憶では、たしか冒険者の識字率は二割に届かない程度だった。それを考えれば、まあ無理のない反応だ。


 さて、無造作に取ったようなこの仕事だが、本当になんでも良かったわけではなく俺には狙いがあった。

 煙突掃除というのは単純労働の割に重労働なので単純に賃金がマシというのもあるがそれだけの話でもない。

 依頼用紙に書かれていた所在地へ向かうとそこは大量の火で鉄を打つ鍛冶工房だ。高く伸びた煙突のいくつかは煙を出すのをやめている。本来であれば煙突掃除ギルド(ほんしょく)による定期メンテナンスも行っているのだろうが明らかに間に合っていないのが見て取れる。

 入り口から中に足を踏み入れると、肌がチリチリと焼ける熱波が吹き付けてきた。来客応接用の空間ですらこの様なので、工房の中は地獄のようになっていることだろう。

 俺は無人の受付へと向かい、カンカンと鉄を打つ音にまけない大声で「すみません!」と呼びかけた。どうやら聞こえていないようなのでもう一声掛ける。


「すみませぇぇん!!」

「……ぁぁ? 客か。おい、行ってこい」

「はい、親方!!」

 渋い男性の声と、それに応える若い女性の声がする。

 しばらく待つと工房から、下着の上にエプロンを直接巻いたような格好の若い褐色女性がタオルで汗を拭いながら走ってきた。

 彼女はいかにも猟師崩れの俺を見て、俺の見た目から年齢を判断したのか小さく鼻で笑った。

「あんた、なに。鏃の注文? 悪いけどうちは144個(グロス)単位でしか受けないよ?」

「いや。この依頼を見てここに来た。道具は貸して貰えると書いてあるんだが?」

「へぇーえ、あんたみたいな小綺麗な子供が、ねえ。分かった、待ってな……おやかたー! 掃除屋が来たー!!」

 工房へ戻っていく彼女の背中を見送った。

 その間、サンプルとして置かれている鏃をいくつか見せてもらう。西方国の工房にしては悪くない出来だ。流石に馬鹿でかい煙突をいくつも構える工房なだけはある。

 他にも、鍬や包丁に混ざってダガーやショートソードも作っており、どれもやはり品質が高い。確かな技術を持っていることは間違いないだろう。

 しばらく待つと、彼女が小走りで駆け戻り「着いてくるように」と親指を工房内に向けた。どうやら親方との話は付いたらしい。


「とりあえず、そこにある小煙突を掃除しろってさ。掃除棒はそこにあるのを使っていいいから……」

「いや、借りるのはスコップと台車だけで良い。すぐ終わらせるから待っていろ」

「はぁ!? そんな手抜き仕事に金は出せな……あんた、何をする気?」

 荷物を置き、手ぶらで煙突に近づいた俺を見て訝しむ彼女に俺は「まあ見てな」と告げ、体内の属性を連動させる。

 身体の芯にある属性の核から両手の小核にエネルギーを連動させると、掌の中で風が渦を巻く。

 シシシシシと風切り音が少しずつ高鳴っていく。その流れをコントロールして火の消えた炉の中へ。


 煙突の本体を傷つけないように、こびり付いた汚れを破壊する。

 ボトッ、ボトッ……と削れ落ちたクレオソートが山積みになっていくのを見て、彼女は面白そうに目を輝かせた。

「すげぇ! すげえよあんた、うっひー、こんなに詰まってたのかよ。そりゃ火力も出ないわけだぜ!」

「まあな……」

 俺自身もこの量には多少驚きを感じたが、素人と思われると不利になるので感情は隠し、両手から流れ出す風属性に意識を集中させる。そんな様子を見ていた彼女は「おやかたー!」と叫びながら工房内へと走り去った。


 風属性で煙突内を掃除する。というのは簡単な仕事だと思っていたが、実際にやってみると案外難しい。

 固くこびり付いた汚れを風だけで削るには威力も必要になるのだが、間違って煙突を傷つけでもしたら笑って済ませられないレベルの罰金がかかることだろう。

 猟師として獲物を追っているとき以上のプレッシャー。工房の熱気と相まって、全身から滝のような汗が溢れ出す。

 煙突内を風の触覚だけで探り、詰まりの原因になっている血栓のような瘤を切除して落とすと、ようやく風が引っかかりなく空へ抜けるようになった。

 まだ最後の片付けは残っているが、属性を使う繊細な作業は終わったので、一息ついて汗を拭う。そんな様子をいつから見ていたのか、親方らしき体格の良い男がパチパチと手を鳴らしながら近づいてきた。

「いやあ、すげえすげえ。猟師の格好だが、あんた冒険者かい? いやあ助かったよ!!」

「はい。ありがとうございます……冒険者のルインと言います」

「そうか、ルイン……この国じゃ珍しい名だな。まあいいか。ルイン、その後片付けはあとで俺がやっておくから、お前さんは応接室で待っていてくれや」

「いえ、そんな……受けた仕事は最後まで…………」

「ははっ! その心意気は良いが、その細腕じゃ日が暮れちまう。こういうのは適材適所でやるべきだ」

 そう言って親方は「ふんっ」と胸を張って馬鹿でかい筋肉を見せつけてきた。少しだけ悔しいが、それを真似した弟子である彼女にすら腕の太さでは勝てそうにない。

 仕方なく俺は彼の言葉に従って、彼女に案内されて別の部屋に移動した。


 応接室のソファに座ってしばらく待つと、鍛冶服から正装に着替えた親方が入ってきた。

 慌てて立ち上がった俺を見て彼は「まあまあ」と言いながら笑顔を浮かべ、向かい側の席に腰を下ろした。

「まずは報酬から、だな。受け取ってくれ……」

 そう言って彼はテーブルに正方形の和紙を広げ、その上に銀貨を三枚重ねて置いた。

 一枚あれば数ヶ月は暮らせる銀貨を三枚……銀貨を三枚!?

「ちょ、お、多すぎますよ。硬貨の種類を間違えてませんか?」

「おいおい。鍛冶師が金属を間違えるわけないだろう。ルイン、あんたはそれだけの仕事をしたんだ。受け取ってくれい」

「そんな……正規の掃除人だってこんな額は請求しませんよ」

「おうともよ! お前は正規の掃除屋を越えるだけの仕事をしてくれたって事だ! あいつら報酬を要求するばかりでお前の半分も働きやしねえんだからな!!」


 俺はありがたいという気持ちと、市場を破壊してしまうのではないかという危惧と、労力に見合わない報酬を受け取ることの申し訳なさを同時に感じながら、和紙で銀貨を包んで懐に入れる。

 いかにもみすぼらしい猟師の格好をした俺が慣れた手つきで高額貨幣を扱う様子を見て、親方は少しだけ違和感を覚えたようだ。だがそのことを気に掛けようとする間もなく、応接室の扉が弟子の彼女によって慌ただしく開けられた。

「親方! 例の奴らが来た!! 早くしろってキレてる!!!」

「お、おう来たか……それじゃあ俺は客の相手をしてくるから! じゃあなルイン、暇ならまた仕事受けてくれよな!!」

 そう言って親方は俺に背を向けて部屋を出た。工房に繋がった店の方から「ようこそいらっしゃいました冒険者様ぁ」なんて、彼には全く似合わない猫なで声が聞こえてきた。


 その後俺は息を潜めながら戸を開けて忍び足で店を出た。

 受付で親方と話をしていたのは、上級冒険者の証であるマントを羽織った女性の二人組だった。

 一人は顔に皺の目立つ妙齢の女性で、もう一人は二十代か三十代の若い女性……っと、あまりじろじろ見ると怪しまれるかもしれないな。

 整備を依頼していたと思われる武具の数々を受け取る二人から目を逸らし、俺は店の外に逃げ出した。

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