6 冒険者
「クソが……クソ、クソ!」
街から飛び出して森林に逃げ込んだ俺は目についた太い樹木の枝に乗り、地上を見下ろしながら悪態を吐いた。
身勝手な二人組の冒険者に。乱入して掻き回した謎のフード男に。そしてそれ以上に、あの場で何も出来なかった自分自身に腹が立つ。
目を瞑ると目蓋の裏で、前世を思い出す前の弱気で臆病な少年の心が「やっぱり無理だったんだよ」と自嘲する。
俺は木の幹に拳を打ちつけながら、誰もいない空間に向かって唾を飛ばすように叫んだ。
「違う……俺は、俺は冒険者になったんだ!」
「だから? 冒険者になったとしても僕は僕。君は君だ。何も変わらないんだよ」
「違う、違う……」
「何も違わないよ。ねえもう十分でしょ? そろそろ僕に、僕の身体を返してよ……」
「っ……!?」
目を開けると幻想は消えていた。嫌な夢を見た後のように全身から噴き出した汗が、森の空気に乾かされて身体が冷える。
それでも土と草木に獣臭の混ざった空気を吸っていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
改めて目を閉じても何も見えない。気のせいだったのか。俺は、幻覚を見るほどに追い詰められていたのか……
「は、はははっ……」
不快な考えを吹き飛ばすように息を吹き出すと、心臓が拍動して身体に熱い血が巡り、徐々に指先の感覚が戻っていく。
太い幹を持つ老樹に背中を預けて息を整えると、硬く荒々しい樹皮が背中に刺さった。
不意に風が流れて木々の枝葉がざわめき、チッチッチと鳥の鳴く声がする。
このまま自然と一つになってしまいたいと思うほどの倦怠感の中、耳を澄ますと地上から騒がしい音が聞こえてきた。
ドゴォ……バキッ、巨体が樹木をなぎ倒すような音。それらに混じって緊迫感のある人々の声……
「そっち、いったよ!」「うん、わかってる!」「まかせろ……止めた! 今だ、とどめを頼む!!」
若い、男女のグループが、一頭の大型獣……巨大な牙を持つ四足獣を追い詰めている所だった。
女性が一人、あれは土属性だろうか。属性の力で獣の足場を奪い、大柄な男女が二人がかりで重なるように拘束する。
そしてそこに、ゴテゴテと装飾された剣を握った男がのったりと近づいた。
「はぁ、はぁ……これで、終わりだぁ!」
剣術学校で習うお手本のような軌道で刃先が獣の首に振り下ろされる。剣は毛皮を貫いて突き刺さり、鈍い音と共に半ばで折れた。痛みで怒り狂った獣は全身の筋肉を躍動させて、纏わり付いていた男女を振り払う。足元の拘束も軽々と抜け出して、首筋に折剣の刃を生やしたまま身体の向きを変える。
「え……う、嘘だろっ!?」
剣士の男は折れた剣と獣の間で視線を往復させながらじりじりと下がる。「ぶもぉ」と鳴く獣に目を向けられ、竦み上がって足を止めてしまった。
「逃げて!」「逃げろっ!」「駄目っっ!!」
仲間達の声が聞こえているのかいないのか、獣に睨まれた男は剣の柄を離して取りこぼし、木の根に足を取られて尻餅をついた。のしのしと近づいてくる四足獣は脚に力を溜めて牙先を男に向ける……
そんな様子を呆然と見ていた俺はゆっくりと、枝の上で立ち上がった。
突き刺さったままの剣は致命傷になってない。脊椎を砕いていないし、動脈にすら届いていない。あのまま放っておいても数日は平気で動き続けるだろう。樹上から獣までの間に障害物はない。距離も狙いを定めるのに遠すぎることはない。
他人の獣に手を出すのはマナー違反ではあるが、この緊急事態でそんなことを言う馬鹿ではないと……信じることにしよう。
ギッギリッ……気づいたら俺は矢を取り、弓を構え弦を引いていた。
精神を研ぎ澄ませ風の流れを読み、放つ。直線に近い放物線を描いた矢は、今まさに目の前の男にとどめを刺そうとする獣の脳天を正確に貫いた。
「うわぁぁぁぁぁ……」
最後の足掻きとばかりに両腕で頭を守って叫ぶ男の目の前で獣が力なく膝をつく。彼は両目から涙を流しながら「ぇ?」と困惑した声を出した。
男に駆け寄った仲間の一人が獣に刺さった矢に気づき、射線を読むように顔を上げた。地上から見上げてくる女性は、俺を見て「あっ!」と声を上げ、樹上に向かって指を差した。その動きを追うように他の仲間達も樹上に目を向け、俺の姿は全員に見られることになった。
面倒な予感はしたが、ここで逃げる方が厄介だと判断した俺は、枝から地上に飛び降りて彼らの元へと向かった。
死体に突き刺さった俺の矢を抜き、こびり付いた血を拭ってから矢筒に戻し、そのまま立ち去ろうとするが「あのっ!」と声を掛けられたので立ち止まってしまう。
四人組の男女を代表するように、土属性で足止めをしていた女性……まだ少女と表現しても違和感のない年頃の彼女は礼儀正しく俺に向かって頭を下げた。
「あの……、危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
「「「ありがとうございます!!」」」
彼女に合わせて他三人も一斉に感謝を示すように旋毛を向けてきた。
何か気の利いた台詞を返そうとして、言葉に詰まる。感謝されるのに慣れていないせいで、純粋な言葉に腹を下しそうになる。
大したことはしていない、ただ単に拘束されて動けない獣を仕留めただけなのに、とんでもない偉業を成し遂げたような錯覚に。それは簡単に人の根を腐らせる。
俺はかろうじて「じゃあ、これで……」という言葉を喉から絞り出し、彼らに背を向けて立ち去ろうとする……
が、俺の腕は後ろから掴まれた。振り返ると、刃の砕け折れた剣の柄を拾って鞘に嵌めた男が、ぎこちない笑顔を俺に向けている。
「まあ、待てよ。あんたその格好、冒険者だろ? 危ない所を助けてもらったお礼をしたい」
「馴れ馴れしいな……礼は要らない。感謝されるようなことはしていない……」
「そう言うなって。あんたがどう思おうと、俺達は感謝しているんだ。どうだ? この後、初の討伐記念で飲み食いするつもりだが、お前も……そういえば名前を聞いてなかったな。俺はケイド。よろしくな……えっと?」
「……ルイン」
「ルイン……ルインか、良い名前だ! さあルイン、何を食べたい? 肉か? 酒か? それとも……?」
いやらしい顔をして声を潜めたケイドを突き放すと、獣の死体を処理していた女子二人が「おまたせ!」「魔石、回収したよ!」と言いながら駆け寄ってくる。
見張りをしていた残りの男も戻ってきて、彼らは当たり前のように俺を囲んで街に戻る道を歩き始めた。




