11 災害竜
店を出ると、待ちかねたようにヴェイルが早足で歩き出したので、俺はその後を小走りで追いかけた。
「それで、ヴェイル。テッサの行きそうな場所は? 何か心当たりはないのか」
「うむ……めぼしい場所は既に回ったのだがな」
ヴェイルはミラと手分けして、四人が出会った場所、四人で騒いだ店、寝泊まりした宿屋など、俺の知らない思い出の地を回り尽くしていたらしい。
そうなってしまうと、知り合ってたった一日しか経っていない俺が手伝えることはない。
それでも背中を黙って追いかけると、ヴェイルは街の中心から少し離れた広場に足を踏み入れた。
キョロキョロと辺りを見渡して、目的の人物を見つけたのか一直線に向かう。
「ミラよ、こちらはルインを見つけたところである。お主の成果は……?」
「駄目。関所を回ったけど、出国した記録は残ってないから国内にいるとは思うけど……」
「そうか……まったくあやつめ、馬鹿なことをしていなければ良いのだが」
「ちょ、馬鹿ヴェイル! 変なこと想像させないでよ!!」
ミラに小突かれたヴェイルが咳き込む様子を見て、俺は複雑な気持ちになった。
おそらく……この二人は、ケイド亡き今の状況でも上手くやっていくことが出来るだろう。
今はまだ混乱もあって、テッサや俺のことを気に掛けているが、それはいつまでもは続かない。
いずれは悲しみにも慣れて、前を向くようになる。その時に俺は、二人にとっての邪魔者になることだろう。
やはりいつかは……いや、できるだけ早い内に何らかの形で決着を付けてパーティーを抜けるのが良さそうだ。などと先のことも考えながら、今はとにかくテッサを探すことに集中した。
とはいえ粗方の場所は既に二人が探している。
この国の地理もなく出会って数日も経たない俺に手伝えることなど、耳を澄ませ目を凝らすぐらいだった。
街の喧騒の中……ふと、見覚えのある影が目を掠める。
「ミラ、ヴェイル……ちょっと」
俺は気配を殺して二人を呼び止めた。
ヴェイルは「テッサか?」と聞いてきたが、首を横に振って否定する。
ミラが「じゃあなに?」と聞いてきたので、俺は人混みに向けて指を差した。
「冒険者だ……おそらくやつが、ケイドが死んだ騒動の首謀者」
指差す先には、一般人の中で明らかに存在が浮いている女性が一人。
例の、アリスとかいう名の女冒険者が店から店へと渡り歩いていた。
ミラは彼女を見て「綺麗な人……」と漏らし、ヴェイルは対照的に「強いな……」と口にしながら身震いをする。
真剣な表情を浮かべる二人は、少ししてアリスから目を逸らして俺を見た。
「ルインよ、あやつが……『首謀者』とは、どういうことだ?」
「あの女がテッサを殺したの?」
「ああ、そうだ。この街には二人と一人の上級冒険者……いや、一人は冒険者じゃないかもしれないが、とにかく三人のやばいやつがいる。そしてその二人組は一人の男を追って戦闘を繰り返している。さっきの女はその一人だ」
俺の言葉にミラは「はっ」と息を呑み怒りの形相を浮かべた。
しかしアリスに向かって詰め寄ろうとするミラの腕を、ヴェイルが冷静に掴んで止める。
アリスは腕を振りほどこうと暴れるが、ヴェイルは簡単には離さない。
「はなしてよっ! あの女、許せない!!」
「まあ待て、ミラよ。気持ちは分かるが落ち着くのだ……」
「なんでっ!? ヴェイルはなんとも思わないの? あの女がケイドを殺したのよ!?」
「気持ちは分かる。だが……無駄だ、あの女は次元が違う。仮に我ら三人で不意打ちを仕掛けたとしても、勝ち目の一つすらない」
ヴェイルは悔しそうに、無表情で店員に話しては軽くあしらわれるアリスを睨み、奥歯をギリギリとならした。
おそらくは、相手の実力が分かるだけの眼力を持っているからこそ、悔しさが大きいのだろう。
そんな苦しそうな表情を見て、ミラは「ごめん」と謝って肩を落とした。
俺も、認めたくはないがヴェイルと同じ意見だ。
冒険者同士の争いに、国は一切関与しない。例えそれが、元は自国民だったとしても。
だからケイドの死を誰かに訴えることは無駄だし、訴えたところで誰も聞こうとしないだろう。
自由を得る代償としてすべての権利を失う。冒険者になるというのは、そういうことなのだから。
それが分かっているから、アリスに文句を言っても無駄だろう。
結局は「言いたいことがあるなら力で示せ」という一言で終わる。そして俺達には……その『力』が無いのだ。
「くそっ……」
三人の誰かがそう漏らし、三人は一斉に顔を伏せた。
「「「…………」」」
誰も何も話さない。
気がつけば、アリスの姿はどこかに消えていた。
別の路地に入ったか、あるいは単に曲がり角の先に行っただけかもしれない。
やがて俺達は誰からとなく顔を上げ、行く当てもなく歩き出した。
今の俺達に出来るのは、テッサの行方を捜すことだけなのだから。
無力さをひしひしと感じながら、とぼとぼと道の真ん中を歩いていると……
ごぉぉ……ぉん。
低く重い音がどこからか響いた。
壁に掛けられた看板がカタカタと揺れる。
誰もが「なんだ、なんだ!?」と辺りを見渡し、音の発生源を探そうとする……
どぉぉぉぉん!!
更に大きくなった。空間そのものが震えるような、まるで巨人がゆっくりと歩いた足音のような鈍い音。
音がしたのは街の中心の方向だ。
「な、なんだ!?」
とっさに叫んでしまったが、ヴェイルもミラも困惑した表情を浮かべている。
やがてヴェイルは瞑目していた目を開けた。
「わからぬ……が、嫌な予感がする。ルイン、ミラよ、お主らはここで待っておれ!」
「馬鹿言わないでよ! ヴェイルが行くなら、私も行くから!!」
「ああ、そうだ。俺も行く! あっちから聞こえた……よな?」
ヴェイルは黙って頷いて、先陣を切って進む。俺とミラはその背中を追いかける。
やがて俺達は、逃げだそうと走る人の流れに逆行して、街の中心、まだ完全には復旧されていない噴水のある広場にたどり着いた。
「ヴォォォォォォォンン!!!」
巨人が雄叫びを上げるような、低く力強い空気の振動が爆発する。
広場の中心にいたのはフードを被った例の男の姿と、その彼が剣を抜いて立ち向かうのは……
四足歩行の、肉食獣を象った大きな土塊。
それは周りの土や岩をバキバキと纏い、肥大化していく。
細く長い足は体重を支えるためか太く短く変化し、尾は長く太く、力強く伸びる。
巨大な翼を背負い、羽ばたくと暴風と共に巨躯が浮き上がる。
前世の故郷、東の国では何度も遭遇し、その度に死を覚悟した。
俺自身の、直接の死因にもなった化物を見て、俺は本能的な恐怖から腰が砕けるのを感じた。
「災害竜……だとっ!?」
なぜだ……災害竜が中央地方の山脈を越えることはないはずなのに!
だめだ、あんなのが相手では、Sランクの冒険者でも無い限り勝ち目が無い。今すぐに避難を……
尻餅を突きながら、じりじりと後退する。そんな様子を、ヴェイルとミラは立ったまま見下していた。
やがて、ヴェイルは小さく嘆息し「ルインよ、お主はこのことを冒険者ギルドに伝えに行くのだ」と叫んだ。
ミラは「あの魔獣は、私達に任せて。さあ、あんたは早く!」と言いながら俺に肩を貸し、震える足で立ち上がった俺の背中を叩いた。
「だめだ、二人とも、勝てるわけがない、逃げるんだ!」
「なに言っておる。それでは我らが何のために冒険者になったのかわからぬではないか」
「大丈夫だって! 誰も……あんたのことを馬鹿にしたりはしないからさ」
フードの冒険者はいつの間にか姿を消していた。
その代わりに、駆けつけた有象無象の冒険者が、広場の中に集まりつつあった。
災害竜はほとんど羽ばたくことなく空中に留まりながら、口を大きく開く。
「ギュアァァオオオオ!!!」
冒険者達は……アレの恐ろしさを知らない西の冒険者達は、威嚇に対して怯むこともなく手に持った武器を握り直した。
「さあ、ルイン! あんたは早く、いきな!」
ミラにもう一度背中を叩かれ、俺は戦士達に背を向け戦場から逃げ出した。
背後から「わーっ」という掛け声が上がり、そこに少しずつ悲惨な悲鳴が足されていく。
破砕音と共に暴風が吹き荒れる。大地は揺れ、舞い上がった噴煙で空は曇り、逃げ惑う人々の悲鳴が氾濫する。
気がつけば俺は、数十人から数百人の町人が避難する高台にたどり着いていた。
振り返ると、街の中心で巨大な爆発が起こった。数瞬後に大地が揺れ、数秒後に爆音が届く。
「終わりだ……こんなの、どうしようもない……」
被害はみるみる拡大し、石造りの建物でさえあっけなく崩壊していく。
逃げ損ねた者はあっけなく命を散らしていく。
やがて……数分後。冒険者の抵抗が尽きたのか、災害竜の雄叫びと共に被害は収まった。
冒険者同士の小競り合いが可愛く思えるほどの、壊滅的な被害を見て、生き残った人々は絶望的な表情を浮かべていた。
家族でも失ったのか、泣き崩れて動かない者。
家や職場が破壊され、立ち尽くすことしか出来ない者。
子供の泣き喚く耳障りな声。血と埃の混在した濁った臭い。
罪を犯した者が死後にたどり着く『地獄』が存在するなら、きっとこういう光景に違いない。
もしも冒険者が立ち向かわなければ、被害者数はもっと酷いことになっていただろう。
彼らの犠牲があったからこそ、ここにいる人達はここまで逃げることが出来たのだ。
なのに、真っ先に逃げた俺はこうして生き延びて、勇敢にも戦った彼らは……
ズキッ……脳血管が鈍い痛みを主張する。
俺は人混みを抜けて、静かな場所を求めてふらふらと彷徨った。




